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「本当に大丈夫か?」

朝、起きてから仕事に行くまでの一時間半ほどの間に、雄大さんが同じことを五回は聞いた。

「大丈夫だってば!」

「けど——」

「私まで休んだら、雄大さんの浮気を認めるようなものじゃない」と言って、私はジャケットを羽織る。

雄大さんは心配そうに私の後をついて歩く。

「それにしても——」

「もうっ! しつこい!! 雄大さんは折角の休みなんだから、ゆっくりしててね」

エプロンこそしていなかったけれど、雄大さんは私より早く起きて、朝食を準備してくれた。私が出る時には、洗濯機も回っていた。

社内で笑いものになるのを心配して、雄大さんは私にも会社を休むように言ったけれど、私は堂々としていたかった。

雄大さんにやましいことはないし、それを声に出してあげられるのは、私だけだから。


あの様子だと、大掃除でも始めそうだな……。


電車の中で、思った。

「そりゃ、心配にもなるでしょ」

真由がコーヒーを片手に、言った。

「ま、逃げたくないって馨の気持ちもわかるけど」

社内で、私は『婚約者に裏切られた可哀想な女』と位置付けられたらしく、腫物を扱うよう。私がいつも通りでいるのも、そう頑張っているのだと同情されている。

「で? 部長はどうしてるの?」

「しばらくは専業主夫するんだって」

「はぁ……。言い方を変えれば『ヒモ』ね」

澪さんも同じことを言いそうだな、と思った。

「雄大さんには言わないでおくわ」

「副社長に呼ばれたことも、言わない方がいいかもね」

「うん」

午後一番で副社長室に呼ばれた。

副社長は社内で最も権力ちからのある雄大さんの味方。私を呼んだということは、副社長はまだ雄大さんを見捨てていないということだと思う。そう、信じたい。

真由とのランチの後、化粧と身なりを整えて、副社長室のドアをノックした。

名乗ってからドアを開ける。応接用のソファには、副社長と専務が座っていた。思っていたよりも空気は悪くない。

「座りなさい」

「失礼します」

私は副社長の角向かいで専務の正面に座った。

「呼ばれた理由はわかっているね?」と、専務が切り出した。

「はい。槇田部長のことですよね」

「そうだ」と言ったのは、副社長。

「昨日、槇田はやましいことはないと言ったが、本当のところはどうなのかを聞きたくてね」

「部長の言葉が真実です」

「君はこれを見ても疑わないと?」

副部長が、プリントアウトしたメールの画像をテーブルに広げた。

「はい」

「その根拠は?」

「盗撮して社内メールで一斉送信するなんてやり方に悪意を感じるからです」

「——というと?」

副社長と専務が、少し前のめりに座り直す。

「部長が女性と会っているところに偶然居合わせて、偶然写真を撮り、偶然その時の女性が産婦人科から出て来るところに居合わせて、偶然写真を撮った、なんてことがあるとは思えません。たとえ、偶然が重なったとしても、撮った写真を社内メールで一斉送信されるなんて、偶然には起こり得ません。しかも、送信元は社内のアドレスではありませんでした」

「アドレスについては聞いている」と、専務が言った。

「槇田はハメられた、と?」

「はい」

私は、断言した。

婚約者を庇うとか、惨めになりたくなくて現実から目を背けるとか、そういうんじゃない。

「犯人に心当たりがありそうだな」

『犯人』という表現を使った副社長に、私は望みをかけた。

「限りなく黒に近い人物なら」

「誰だ?」

「黛賢也営業部部長補佐です」

「黛……!?」と、専務が驚いたように語尾を高くして聞いた。

副社長は眉間に皺を寄せて、静かに息を吐く。

「そう思う根拠はあるのか?」

「……はい」

どこまでのことをどう話せばいいのか、考えた。

立波リゾートについては話せない。桜のことも。

「——ですが、証拠がないので根拠をお話ししてもいいのか、判断しかねます」

「槇田も、自分が黛にハメられたことを知っているのか?」

「はい」

「それを話さなかった理由は、君と同じか」

「そうだと思います」

副社長という立場上、一方の話だけを鵜呑みにして社員を糾弾することは出来ないだろう。それならば、知らない方がいい。

副社長は口端をギュッと結び、鼻で深く息を吸った。

「私は黛にしつこく言い寄られていた時期がありました」

副社長がギョロッと私を見た。

「槇田部長と付き合い始めてからも、別れるようにと迫られました。脅しにもとれる言動もありました。事実に近い噂では、前回の槇田部長に関する社内メールを送信した社員と黛が、社内で性的な関係を持っていたそうです」

厳しい表情をしてはいるけれど、副社長も専務も、私の言葉を叱責しない。

「デリケートな問題なのでこれ以上は言えませんが、他にも黛が今回の犯人だと確信が持てる事実があります。以上が、副社長のお耳に入れていいのか判断しかねる理由です」

副社長が、フンッと笑った。

「前回の騒ぎの時、写真の女性が槇田の元恋人で宇宙技術研究所の社長補佐であることを私に伝えたのが黛だ。確かに彼の言葉には悪意を感じたが、それだけで犯人扱いは出来ない。だから、私は三十八日以内に犯人を特定する証拠と槇田の潔白が証明出来ることを願っている。偶然にもこの三十八日とは槇田の有給休暇と同じ日数だ。そういえば、停職中に有給休暇の申請をしてはいけないという規則はないことを、君は知っていたかな?」

副社長が雄大さんの味方で良かった、と思った。

「はい」

「それは良かった。話は以上だ」

「失礼いたします」

私は深々と頭を下げて、副社長室を出た。

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