「あぁ……れ? 俺、すげー寝てた?」
ふわふわと心地良くて、まだまだ寝れそうだ。
……てか、空が近い。正確には雲が、だ。
「掴めそうだ……あぁでも、眠てぇな」
勝手に瞼が下りてきて、目を開けていられない。
でもまるで、大空の中で、ハンモックにでも揺られてるみたいな開放的な浮遊感。
風も、頬を撫でるどころじゃねぇ。全身を抜けていくような――。
ていうか、俺はどこで寝てたんだっけ。記憶がハッキリしねぇ。
いや……待てよ、確か古い友達に「金貸してくれ」って呼び出されて、額が額だから借用書は書いてくれって言ったら逆ギレされて……そっから記憶ねーんだわ。
――おう?
その後、もんのすごく長い夢を見てたような……。
「フッ。そうだ、異世界転生した夢だったよな」
いやいやそうじゃない……確か俺、あいつに刺されたんだよ。
だから俺、秘密フォルダがやべぇと思いながら気ぃ失って……。
だけど、ロックかけてるから大丈夫か? なんて思って。
変なことだけ覚えてるな。
「――う~ん。それより俺……浮いてるよなぁ」
もう一度なんとか開いた目は、ようやく現状を認識し始めてくれた代わりに、さらなる状況整理を求め出した。
つまり、今自分に起きていることを飲み込めないぞと、見えているものを受け入れられずにいる。
どこかの電波塔にでも登ったのかってくらいに地面が遠いし、なんなら手足も体も無い霧状だし。風が吹くだけで散り散りになりそうな姿なんだよ。
てか、下の景色も平原と森しか見えん。つか、四方八方地平線が見えてんじゃん。
「まじで、どこ? アメリカ? サバンナ?」
俺、霧じゃなくて日本人だったと思うんだけど。
目に飛び込んできた景色から、断片しかない記憶を寄せ集めようと必死になりかけていると、横から女の声がした。
綺麗な声だった。
「あ、ようやく気が付きました? ていうか、そのまま消滅しないかなーって思ってたんですけど、しぶとく残ってますね」
そちらを見ると……銀の卵を逆さまにして、天使の輪っかとちっさい翼をちょこんとくっつけたような物体エックスが居た。
こいつが喋ったのか?
というか、消えればよかったとか初対面なのに酷いぞ。
「……性格の悪いタマゴだな。銀色だからって調子乗んなよ?」
こういうのは、舐められたら終わりだ。ガツンと行かないとな。
「はぁ? あなたなんて体も無いクセに、この女の敵が!」
なんか意味不明なことで怒ってるぞこいつ。
けど、声は好みだ。
「可愛い声だなぁ……タマゴから孵ったら美少女とか出てこねぇかな」
「最悪。きも。死ねばいいのに」
こいつの当たり、キツ過ぎないか?
「いや俺、死んでるのは薄々と気付いてんだよ。どうなってんの俺」
この逆さタマゴ、訳は分からんけどいい感じで突っかかって来るから、本題を聞くのに遠回りしちまったぜ。
「すぅ……ハァァ。あのね、あなたは死んで転生しましょって時に、先ず! 天使の私を口説いてたんです。かなりの勢いで。私、ちょっと本気にしちゃったんですけど。その後すぅぅぐに、女神様を口説き始めたんですよねぇぇ。覚えてますぅ? あまりにしつこいから女神様怒っちゃって、肉体を消滅させられたんですよあなた。馬ァァァ鹿! ざまァァァです!」
銀の逆さタマゴは、かなり喋るやつだった。
「そ、そんで? お前は何でここにいんの?」
ここは下手に出よう。状況がかなり悪そうだからな。
肉体消滅させられたとか、エグイよまじで。
「幽体のあなたが、消滅するか成長していくか、見てろって言われたんです。あなたのせいで! 私を口説いてたあなたのせいで、巻き添えです。ほんとうに、今すぐ私が消滅させてやりたいくらいにはイライラしてますよ」
「なんで口説かれたお前が巻き添え食うんだよ」
俺、悪くなくね?
「あなたみたいな軽薄なゴミを、転生リストに乗せちゃったからですって。不遇な死に方をした者はとりあえず全員、とか言われてそのとーーりにしてたんですけどね。あなたが軽薄なクソ野郎じゃなければ、私は巻き添えとか食らわなかったんです。女神様の命令じゃなければ、今すぐ消し飛ばしてやりたいですよねぇ?」
「お、俺に聞くなよ。てか、やんなよ?」
こいつ、イラついてそうではるが、いかんせん顔も何もない逆さタマゴだからなぁ。
声だけじゃ読み取れねぇ。
かといって本気の本気だった時のリスクを考えたら、これ以上刺激するのはダメだしな。
「とにかく……。適当にさまよって、適当に消滅してください」
苛立ちも情報も、どうやらガチっぽいなぁ……。
「いや待ってくれ。聞いた限りじゃ俺のせいらしいが、まだ記憶が曖昧なんだ。謝るのは思い出してからにさせてくれ」
いくら何でも、身に覚えのないことで謝りたくねぇよ。
「はぁ。……まぁ、このまま消えてしまったら、私が女神様に怒られますから。助言はします。とりあえず、あの森まで降りて力を付けましょう。チート能力、使ってみたいでしょ、どうせ」
めっちゃでかいため息って、傷付くわぁ。
でもやっぱ、これって転生系なんだな。チートだってよ。
ズルやバグみたいな能力か……実際にはどんなものなんだろうな。
「えっと、じゃあ、よろしく頼む。で、頼むついでに、どうやって移動するのかも教えてくれ」
手足も体も、何もない霧みたいな状態で、今にもほんとに霧散しそうな気がするんだよ。
それが怖くて、『動く』なんて出来ない。
正直なところ今は一番、この状態にビビってる。
「えっ?」
「うん?」
「いえ。意外と素直だったので驚いただけです」
「そんなにかよ」
何のことはなく、行きたい方向に意識を向けるだけですんなりと移動できた。
森の中まで入り、木々の枝葉に当たろうともすり抜ける新感覚。
それらに、実際には触れているわけではなさそうなのに、異物感はしっかりと感じるのだ。
この感触、体が無くても意識や実感があるというのには、ぞわぞわとしてどうも慣れる気がしない。
自分自身が透けて、水みたいに切っても千切っても元に戻る体。
幽霊って、こんななのか……。
「それじゃ、ホーリーサークルと唱えてみてください。この森なら、死霊みたいなのがたくさん居そうなので。倒してレベルアップしましょう」
「へ?」
自分の存在に戸惑ってるのに、この逆さタマゴは空気を読まねぇ。
その唐突なゲーム的発言に、不可思議な現実味という感傷が一気に消し飛んだ。
やっぱりこれは、夢オチが待っている、というやつかもしれん。
「なんです?」
「いや……。ていうか、レベルとかあるのか?」
「ある……ようなナイような? あってもあなたには見せませんが」
「そこは見せてくれよ」
銀色の逆さタマゴは、俺をからかっているのかもしれない。
そも、夢であるなら何でもござれだろうが。
「あ、ケチだな~とか思いました? こいうのは天使の特権なんです。なんでも便利に分かっちゃったら、さすがにズルいじゃないですか」
「……おぉ。そうだな」
チート能力がアリなら、その数値化された情報も開示してくれよ。
それならいっそ、夢なので。と言われた方が、いくらかマシだったんだが。
この銀タマゴ、ちょっとズレたやつだな。
「さぁ、それより唱えてください。待ってるの面倒なので」
「急に冷たいなお前。あぁもう、わかったよ。ホーリーサークル。これでいいのか?」
魔法っぽい感じだが、シラフで口にするのはかなり恥ずかしい。
俺もさすがにゲームはしても、なりきって声に出して遊ぶなんてガキの頃に卒業してるはずだからな。
「なぁに照れてるんですか。私を口説いてる時の方が恥ずかしかったでしょうに。あぁ、お忘れなんでしったっけ」
なんという冷たい声を出すんだ、こいつは。
顔がなくてこれなら、あったら相当に非難の目を向けてるに違いない。
「ごめんて」
覚えのないことでネチネチ言われるのは、辛いものがある。ゆえに流れで謝ってしまった。
「はいはい……って、え? このホーリーサークル凄すぎません? 一体、何キロ囲ったんですか? こんなのただの人間に出来るはずが……」
「え、なになに、すごいの? 俺?」
「凄いも何も、神でもなければこんな……。まさか女神様、こんなやつにこんな……信じられない!」
こいつ、俺に話してるってよりは、ほとんどひとり言なのか。
顔がないから分かりにくいんだよ。
それに……魔法を使った実感もなければ、何の効果があるのかも全く分からんからひとつも面白くない。
とんでもない爆発が起きるとか、そういうのなら分かりやすいのに。
「なぁ、何がどうなってるか教えてくれよ。さすがにつまらん――」
そう言いかけた時に、一気に色んな情報が頭の中に浮かんだ。
――俺の記憶だ。
俺の、ふたつの人生の記憶。
日本人だった最初の人生と、もうひとつはこの異世界に転生して村で育ち、そして――。
「そうだった……俺は……」
また、殺されたんだった。
一度目は、妹の手術代のために五百万を貸してくれと言われ、借用書を書いてくれと言ったら刺されて死んだ。手術の話も嘘だったんだろうけどな。
そして次の人生は、この世界に居た。
強くなって殺されないようにと剣の腕を磨いたのに、襲われている女の子を助けようとして殺された。
英雄のようにはいかなかった。六人くらい居たのか、あっけなくやられた。
ただのお人好しでは駄目だし、少しくらい強くなってもあまり意味がない。
正直、落ち込んだ。
二度目に死んだ時は、その後に空の上の、雲の道を歩く時間があったから、歩きながら考えた。
どうすればいいだろうかと、やたらと長い雲の道で。
何カ月も歩き続けた中で、俺は見出したんだ。
――人のために生きる前に、自分のために生きるべきだ、と。
じゃないと、襲われてる女の子を助けようにも、真っ先に俺が死んだら意味が無いからな。
自分を捨てるのが早すぎたんだ。
俺はすぐ、自分を犠牲にすれば何とかなる、なんて考えがちだったから。
だから俺は……。
「おーい。ラースウェイトさーん。起きてますか~? あなたも顔が無いんですから、返事してくれないと分からないんですよー。おーい。捨てていきますよ~」
――おっと、一気に情報が来たもんだから、そっちに意識が持ってかれてたな。
「思い出したぜ」
「もう! ぼーっとしないでくださいよ。で、何を思い出したんです?」
「一回目の人生と、二回目の人生。それから、長い長い雲の道の事と、お前と女神セラに会った時の事」
転生するのに行列待ちで、その緩和に雲の道を歩かされてたのも驚いたが。
その直後に会った大天使だったこいつと、女神セラのことまで忘れていたなんてな。
「すごいですね。魂が今の状態で安定した証拠ですよ。良かったですね、滅びなくて」
「……え? 今なんか、滅びるとか怖い事言った?」
「滅びれば良かったのに」
「それって、死ぬのと何が違うんだ?」
「魂が滅びたら、もう二度と蘇ることはありません。消滅です。転生も何もない、完全な消滅を意味します」
「オレ……そうなりかけてたってこと?」
「惜しかったですね!」
「なんでお前はそういうツンなのよ!」
こいつは元々、淡々としていて素っ気ない感じではあったが……感情を出したら出したでツンツンしてるってどうなのよ。
「私を口説いたことも思い出したはずですよね? その直後に女神セラ様に心移りしたことも!」
「あ~……、えっと、ちょい待てよ? たしか……。いやお前、めっちゃめんどくさそうに断ってたじゃねーか」
「それでもかなりの時間、めげずにしつこく迫って来てましたよね!」
「完全に相手されてなかったけどな。だから諦めたんだよ。その後の女神セラだから、オレは悪くないだろ」
そうだ。あれでこいつが付き合ってくれてたら、いくら自分のために生きると決めた直後でも、女神に心変わりまではしなかったはずだ。
……それにこいつはもう、あの美人とは似ても似つかないタマゴ姿だけどな。
「くっ……それは……そう、ですけど。なんかハラが立つんですよ、直後に他のひとに行かれるのは!」
「しらねーよ。振ったのはお前じゃねぇか」
「……そうですけど」
「んだよ。なんで怒るんだ」
「ふーんだ……」
なんか、めんどくせーなこいつ。
「天使っつっても、ガキみたいなもんだな」
「何か言いました?」
「いやっ! 何も言ってないです!」
せめてあの、金髪美人のグラマーな姿だったらなぁ。
どこをどう見ても逆さタマゴでしかない。
銀色ってところが、レアっぽいってだけで……ツイてないぜ。
「まったく! 転生リストの情報では、もっとお人好しの典型みたいな不幸に突っ込んで死んじゃう人って書いてあったのに。人違いなんじゃないです? ほんとにラースウェイトさんで合ってますぅ?」
「合ってるって。ラースウェイトだよ。てか、それよりさっき驚いてたのは何だったんだよ。魔法が上手くいったのかくらい教えてくれよ」
こいつの感情に引っ張られてたら、話が進まねぇ。
「あぁ……そうでしたね。なんか、これもハラが立つんですけども、ものすごい広範囲にホーリーサークルで囲ったせいで、かなりの悪霊的なのを片っ端から消滅させたみたいですね」
「その魔法の効果を知りたいんだって」
「名前のまんまですよ。神聖な囲いです。囲った範囲内の邪悪なものを浄化するんです。悪霊とか瘴気とか、目に見えないけど良くないものってあるじゃないですか」
「あるじゃないですか。って言われてもなぁ。なおさら実感が無いんだわ」
「フツーの人間でしたもんねぇ」
「いちいち絡むんじゃねーよ」
「あら。ほんとのことを言っただけですけどー?」
こいつ……イイ性格してやがるぜまったく。
「……そんで? 上手く行ったその魔法の次は、何したらいいんだよ」
――あ、まてよ?
その広範囲魔法が凄かったお陰で、俺のレベルみたいなのが上がったんじゃないのか?
だから魂も定着したんだろうし、俺の記憶がはっきりと戻った。そういうことか?
「まぁ……最終的には魔王になれって。言われてますよね」
「ほ~ん……。魔王か……」
「なれそうです?」
「……って、なんで魔王なんだよ! 英雄とか勇者とかじゃないのかよ!」
「ツッコミが遅い……と」
「お前と漫才する気はねーよ!」
「え、だって。女神様の指示がそうなんですから」
「せめて理由を言ってくれ」
「めんどくさいですねぇ。なんかね、人間同士で戦争ばっかりするから、倒された魔王の代わりになって、人間の敵になれってことらしいですよ?」
「ですよ? じゃねぇんだわ。いぃぃぃいやだよ! 俺には味方いなくね? しかも転生勇者とかに殺される役じゃねーか!」
「ふふふふふ」
「なんで笑ったのよ」
「だって、あなたが死んだら胸がスッとするだろうなって思って」
「ひでぇタマゴだなてめーはよ!」
くそっ。
転生の瞬間を覚えてねぇ。
女神セラに何と言われたのか、全く。
その美しい姿と、口説き始めたことしか記憶にない。
そこからこの、霧状の姿になるまでがすっぽ抜けてやがる。
魔王になるなんて、本気で言ってるのか。
……まぁ、人間に転生じゃなくて、こんな幽霊みたいなものにされたんだもんな。
言われた通りにしてみるか。
人間を殺せと言われたわけではなく、敵になれ、だからなぁ。深めの意味でもあるんだろ。
ようは、拮抗した状態にしろってわけだ。
――それでも、綺麗事じゃない以上は、多少の犠牲者は出るだろうが。
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