マッドハッター 〜 パザローマ砂漠にて 〜
クルデンを出て四日が経った。目の前に広がるのは砂ばかり。ここ、ロパライアに続く<パザローマ砂漠>をひたすら進むアルマロス。現在の気温は約三十度。定期的に水分を取らなければ熱中症で死んでしまうだろう。
「今は、ここだから…。」
「ハッタあぁぁぁぁ、暑いよー…。」
部屋の中で大の字になってフローリングに張り付いているスパイキー・スパイク。一方でクロウはテーブルの上に乗って、汗だくで瞑想している。
「暑いって言うから暑く感じるんだ。」
私は窓を開けて、熱風を肌に感じながら地図を見ていた。予定ではもう少しで目的地の<ロパライア>に到着する。しかし、アルマロスが今のままのペースだと<ロパライア>に着く前に私達は干からびて死んでしまうかもしれない。
「お前は本当にマイペースだなあ。」
砂煙を立てながら、前へ前へと一歩ずつ足を動かすアルマロス。もう少し、足の早い魔物を創造するべきだったと後悔している。窓から離れて、冷蔵庫にある冷え切ったコーラを一本開ける。
「スパイキー・スパイク。コーラをやるから起きろ〜。」
「飲むーー!!」
プシューっと炭酸の音が鳴ると、スパイキー達はすぐに起き上がり肩までよじ登ってきた。こういう時だけ動きが俊敏になるのはなんなんだろうか。
肩によじ登ってきたスパイキー達に開けたコーラをあげ、テーブルに一個の金魚鉢をおいた。
「我が主、それは?」
「最近始めた、テラリウムだ。」
最近、と言っても数時間前に暇つぶしとして始めたテラリウム作り。手頃な金魚鉢があったので造花などを金魚鉢の中に添えてみる。ついでになにかの魔術で使っていたガラス玉も入れてみた。
「どうだ、水のようにキレイだろう? これで少しは涼むんじゃないか?」
「そう? お水とか入れたらもっと涼しむんじゃないのー?」
「水は貴重だ。こんな作品にリアリティを求めるな。」
あくまでインテリアとして作ったものだ。さっきも言ったがこんな作品にリアリティーはいらない。ブーブーとふてくされるスパイキー達を相手にしていると、ふと熱風に混じって雨の香りがした。
「…雨?」
暑さで嗅覚が馬鹿になったのか、頭が馬鹿になったのか。私は窓から顔を出して、空を見上げた。空には風に乗って一部の雨雲が近づいてきていた。それも、雨雲から雨がありえないほど降っていた。
「ハッター、あれ…。」
「…クロウ、望遠鏡を。」
クロウはテーブルに転がっていた望遠鏡を急いで持ってきた。クロウから望遠鏡を受け取ると、雨雲を覗いて見た。雨雲に混じって何体もの魔物を確認できた。それは何万体もの集団を成している魔物。
「あれは…<スイギョ>の集団だ。」
「<スイギョ>?」
「<スイギョ>。別名<空飛ぶ魚>だ。彼らは、ああやって集団で雨雲に乗って移動して、大気中にある水分を身に纏って雨を降らせているんだ。雨を降らせる以外に水を操ることができる魔物だ。」
スイギョの集団がアルマロスの真上に差し掛かった時、望遠鏡がなくても肉眼でスイギョ達の姿を確認できた。水槽にいる金魚のように空を泳いでいる様々な種類のスイギョ達が沢山いた。
「わあー! キレイだね?」
「そうだな。これで、アルマロスが少しやる気を出してくれるといいんだが。」
スパイキー達が肩から降りて、窓辺に移動すると、るんるんでスイギョ達を眺め始めた。私はというと、あまり濡れたくないので窓から離れた。背後から「わっ!?」とスパイキー達が驚いた声がしたので振り返って見ると、何かが私の横を通った。
そして、テーブルの方からポチャンっと水の音がしたので今度はテーブルの方を見た。
「なんだ!?」
テーブルに置いていたテラリウムは水一杯で満たされていた。そしてその中を優雅に泳ぐ影が一つ見えた。恐る恐る、そのテラリウムの中を覗くと、中には一体のスイギョがいた。
「スイギョが入ってきちゃった!?」
窓辺にいたスパイキー達はテーブルの上に乗り、テラリウムの中を泳ぐスイギョを見ていた。このスイギョは青いベタのようで、体には鮮やかな色の鱗があった。元々水分を身に纏っていたので、テラリウムはこのスイギョが入ったことで一瞬で金魚鉢と化した。
「おい、ここはお前の家じゃない。さっさと出ていけ。」
金魚鉢、もといテラリウムを掴んで窓まで持っていく。しかし、中にいるスイギョは出ていく気がないらしい。住心地がいいのか、このテラリウムが気に入ったのかわからないが、ここに置いておくわけにはいかなかった。
「仲間のところに戻れ! おい!」
装飾として飾った造花に見を隠してしまったスイギョ。今すぐこのテラリウムごと窓からぶん投げてやろうとフルスイングした。
「お、お待ち下さい! 我が主!」
クロウが制止の声を上げた。この時、私は物凄く嫌な予感がした。
「そのスイギョ、我が主と従臣の契約を結んでしまっております! 今、そのスイギョをこの砂漠に放てば、我が主の命が危ないですぞ!」
「…ああああああああああああああああああああああ!!!!」
頭を抱えて思わず叫び散らかした私。予想していなかったハプニング? で勝手に従臣の契約を結ばれてしまった。手の中にあるテラリウム。もとい金魚鉢の中で呑気に泳いでるスイギョを睨みつける。
スイギョは、ぷいっとそっぽを向いて泳いだ。その態度に思わず、金魚鉢を素手で割ってやろうかと思ったがそうも行かず。諦めて、テーブルの上に置いた。
「なんて、ことだぁ…。」
「…あら、もう新人さんをスカウトしたの?」
テーブルに寄りかかって頭を抱えていると梟のエヴァンが飛んできた。さっきまで私の部屋にあるドレッサーの上で眠っていたのに。
ちなみに、ドリーマーは私の枕元で(常にだが)眠っている。
「すまない、起こしたか…。」
「ええ、誰かさんの間抜けな叫び声が聞こえたからきてみれば…、あら、スイギョじゃない。しかも、雌。」
「こいつに性別があったのか。」
「同じ女だからかしら? 一目でわかったわよ。」
まさかの雌のスイギョ。勝手に従臣関係を結ばれたからには、彼…ではなく。彼女に名前を与えなければならない。金魚鉢の中で名前はまだかと、不機嫌そうな顔でこちらを見てくる。
「…はぁ、わかったわかった。主として、お前に名前を与える。<ウンディーネ>。それがお前の名前だ。そして、ようこそ? 我らが団。<魔のサーカス>へ!」
金魚鉢に人差し指を軽く当てると、ウンディーネは応えるようにガラス越しに人差し指に鼻先? をちょんと当てた。名前も気に入ったようで優雅に、そしてまったりと泳ぎ始めた。
これからサラマンダーを仲間にするにも関わらず、予想していなかった出来事で新たな仲間が加入した。深いため息をついて窓の外を見ると、砂でできた城とそれの城を囲むように様々な民家の影が見えてきた。
「さぁ、諸君。見えてきたぞ、あれが砂漠の町<ロパライア>だ!」
砂漠の町<ロパライア>。ここでまたまたトラブルに巻き込まれるのはこれからの話でわかるだろう。