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うめぼっち

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#恋愛
水無月 京
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伊藤さんの奇妙な訪問は、何かの前触れのようで、結局なんだかわからないままだった。彼のニヤケ顔が鬱蒼とまとわりつく湿気を彷彿とさせて気分が悪いけれど、しばらくは自分の心の中に留めておくしかないんだろう。
「なんか弓家さん、いつもと違う?」
豆さんとは相変わらず顔をあわせる機会は少なかったけれど、Web会議で時々話はしていた。画面オフなことがほとんどだし、割と業務に関連した事務的な話ばかりをしていたから、変化を悟られた理由がわからない。
突然そんな切り込み方をされて、戸惑った、というのが正直な感想だった。
「そ、そうでしょうか」
「うん、なんかよくわかんないけど」
あっけらかんと言い放つ彼は、多分微細な変化を捉えてそのまま言葉にしているだけ。心配しているんじゃない、事実確認だ、と自分に言い聞かせる。
そうでもしないと、いちいち心が揺れてしまいそうで。勝手にときめく自分がなんとなく許せないから。
「元気ない気がするんだよね」
「…それは」
そんなことはないですよ。
元気よく返せたと思ったのに、喉から出てきたのは少し掠れた声で。
「そう」
少しだけ疑問の色を含んだ返事が、言外に私は嘘をつくのが下手だと言っているような気もするけれど。
「今度さ、メシ行こか」
「へ?」
「え?」
やっぱり若い子にメシっていうのはよくないの今時?
私の反応の遅れはコンプライアンス上の理由に起因すると早合点されてしまったようで、少ししょげた声が聞こえてくる。
「行きましょう、ぜひ」
「大丈夫なの?通報されない?」
「しませんって」
「それならよかった。この間の作業のお礼ができてなかったから」
流石に作業料を給料に上乗せするのはできなさそうで、とまるですでに確認済みかのような発言をするけれど…まさかね?
豆さんの秘書なんだから、あの作業だって業務範囲ですよ、と一応反論してみたけれど
「普通、秘書の業務にあんなモンないだろが」
と一蹴されてしまったので、おとなしく引き下がっておくことにする。
議論で勝てる気もしなかった、というのはあくまで建前で。豆さんとご飯に行く機会があるなら、断るよりも享受したいという下心の方が断然勝っている。これは、私の中だけのちょっとした秘密だ。
ちょっとした幸せな約束を胸に、猛暑の1日を駆け抜けようと決める。
しかし暑い。暑さの中に身を置くのが年々苦痛になって、平日は家とオフィス以外の往復に終始する。今年は、ランチすら地下のコンビニに頼り切りで過去一番不摂生な自信がある。
今日は久々に豆さんが出社する日だった。
いつもよりも服を選ぶのに時間がかかったのも、メイクの出来に納得がいかなくて何度か直したのも、きっと気のせい。
玄関を開けた瞬間に潜り込んでくる熱風すら、どこかに清涼感を感じさせて顔を撫でていくから不思議だ。
弊社の各フロアには、大小さまざまの会議室が用意されている。その中に、パートナーのみが使用できる会議室も存在する。故に滅多に使われず、会議室難民となっているスタッフたちからは垂涎の的となっている…のが常だが。
その会議室は、最近使用頻度が増している。出入りするのは豆さんをはじめとしたこのセクターのパートナーが主だ。足早に、そして厳しい表情で次々と入室しては、毎度丁寧に全方位のブラインドが降ろされている。
これは、機密事項を議論する際の弊社の慣習らしい。
逆説的に、何か隠し事をしていることが明示的になっちゃうと思うんだけど…頭のいい人が考えることはよくわからないな。
そして、今も。
基本的に豆さんや関連パートナーの予定を調整しているのは私だから、会議のアジェンダが何かは知っている。でも、具体的に何を議論しているのかは知る由もない。
「えーまた会議」
「そうなんですよ」
「しかもあれじゃん、ヤバいやつ!」
一瞬相談したいことがあったんですけどねー、とすごすごと肩を落として去っていくマネージャー。
気軽に部屋に押しかけてちょっと相談をしたい、という気持ちはよくわかるので、すいませんと何故か代わりに謝って、さっき買った飴玉を渡す。
個人的にも豆さんにはプロジェクトとか、クライアント業務に集中してほしいところだ。本来そっちの方が輝ける人でもあるから。
「でもまあ、仕方ないか」
社内政治と揶揄したところで、降りかかってくることが不可避な状態なら。それならば、せめてベストな形で決着をつけてほしいかもしれない。
豆さんの健闘を祈りつつ、私はここ数日続けてる法務とのバトルを再開しようか。お互い上司の代わりに戦う、ただの代理戦争だ。あまりモチベーションも上がらないけれど、仕方ない。
よし、と代理戦争用のチャット画面を探し当て、少しスクロールして議論を遡る。必要なエビデンスを理解し、どうやって収集しようかと思考を巡らせようとした時。
「秘書さん」
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