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ここは魔法も呪いもある世界。
そんな世界のどこかにある平和で暖かな王国、グラナートゥム王国。その中のどこかにある、沢山の生命が息づくアメシスの森の中に、一人の呪術師が住んでいる。
歩く度にしゃなりと揺れる長く艷やかな黒髪。長い睫毛に縁取られた謎めいた光を放つ紫水晶の瞳。雪のように白く透ける肌に、すらりとした肢体。深く深く被られたフードの隙間から覗くその飛び抜けて優れた美貌は、一度でも目にすれば一生忘れることはできないと言われるほどだ。
それは近くの村に時折現れては男女構わず人々の目線を奪っていく、人呼んで「魅了の魔女」。
魔術師も、呪術師も、不可思議な力を操る者達として人々にとっては少々近寄りがたい存在だ。それにも関わらず、度々心を奪われた男達は彼の人へ愛を囁きに森へと向かう。森の中の罠や獣に追い払われる者がほとんどであるが、なんとか辿り着いた者は皆一様に口を揃えてこう言う。
「愛しい彼女、どうか俺と結婚してください!」
それを聞いた呪術師はため息を一つ吐いてから、決まってきっぱりと、そして力強くこう答える。
「俺は!男だっつーの!!」
「お、男……?」
「あぁそうだよ!どいつもこいつも間違えやがって…おら、さっさと帰りやがれ!」
呆けた表情のまま動かなくなった村の男(…のはず)の尻を蹴って帰ろうとすると、男がぼそぼそと何かを言っているのが耳に入った。これまでの人生経験上なんとなく内容は推測できるが、一応耳をすませてみる。
「……す」
「す」
「素敵だ…!性別なんて些細なことだ!やっぱり、俺と結婚してください!」
爛々と目を光らせて息巻く男に怒鳴る気力も沸かない。こうなる輩はこれまでも一定数いたが、率直に言うと皆一様に怖い。なんというか、俺を見てないんだよな。視線が俺の上っ面を滑っているだけというか…。
ローブの内ポケットから明るい空色の液体が入った瓶を取り出し、遠慮なく男にぱしゃりとかける。本当は飲むのが一番だが、かけるのでも充分効果はある。なんたって俺が何度もそうやって使っていて、事実充分効果があるのだから。
びっくりして目を白黒させている男に向かって、にこりと笑ってから心からの一言。
「一回振られたら脈無しだ!帰れ!!」
「そんな!!」
ショックを受けた顔をした男が光に包まれてそのまま消えた。俺は優しい呪術師なので断じて消滅させたりはしてない。瞬間移動薬をかけただけだ。ああいう開き直った野郎は自分からじゃそうそう帰らない。思い込みが激しいというかなんというか…我を取り戻させるのが決まって面倒。だから力技で帰すのも立派な正当防衛ってやつだ。
ふと空を見上げる。
思い出されるのは今の俺の住処にもともと住んでいた魔女…ババアが死んでからの7年間。最初の頃はババアがひっそりと追い払ってくれていたらしい男共が虫のようにわらわらと次から次に現れてくることに、本当に恐怖を感じた。一応毎回律儀に断ってるから年を追うごとに少しずつ人数は減ってきている…はず。そうだと信じたい。というか何でまだ尽きないんだ。
今では対処も慣れてきたものだが、それでも…。
「はー…怖気が止まらねぇぜ」
ゆったりと方向転換をし、今日はもう家へと戻ることにする。さっき使ったせいで貯蓄が減ってしまった瞬間移動薬を調合しておかないと…。
なんだかどっと疲れたような気がする。自分でも悪い癖だとは思うが、今日もため息が止まらない。それもこれも全て、毎日かわるがわる来ては求婚してくる厄介な野郎共のせいだ。
「明日は誰も、来ねぇといいな…」
俺の切実な願いを込めた呟きは、森のざわめきの中で虚しく木霊した。