「ちょっと寒いかな」
そのまますぐそこの暖房がきいた応接室に入れば良かったかもしれない。
(けどあの部屋にはベッドがないし、それに――)
実篤はちょっと迷って、結局くるみを抱き抱えたまま廊下を抜けると、突き当たりにある十畳間――自室――に彼女を連れ込んだ。
「ここ……」
「――俺の部屋」
不安そうに自分を見上げて来るくるみに端的に答えると、腕の中の愛しい彼女をベッドにそっと下ろしてもふもふ手袋を脱ぎ捨て、暖房のスイッチを入れる。
そのまま性急にくるみの上に覆いかぶさるようにして彼女をベッドに縫いとめながら、付けっぱなしになっていた頭の獣耳も乱暴に外してベッド下に落とした。
「ホンマは部屋が温もるまで待ってあげたいところなんじゃけど……ごめん。――俺が待てそうにないけん」
言いながら、実篤が熱っぽい目でくるみを見下ろすと、
「実篤さんだけズルイ。一人だけ耳も手袋も外してからに。何かうちだけ取り残されてコスプレしちょるん、恥ずかしいじゃ……?」
照れ臭さを誤魔化すためだろうか。
くるみがわざと悪戯っぽく睨み付けてくるのがいじらしくてたまらない。
実篤はクスッと笑ってそんなくるみの唇を指先でなぞった。
「ねぇ、それ、本気で言いよぉーる? 今から俺、くるみちゃんが着ちょるん全部脱がして、もっともっと恥ずかしい格好にするつもりなんじゃけど。――今からそんなで耐えられそう?」
わざと声を低めて意地悪く問いかけて。
くるみの口元をなぞっていた指を彼女の頬に添えると、実篤はグッと顔を近付けた。
そのまま唇が触れるか触れないかの距離で一旦止めて、「口、開けて?」とささやくようにくるみをそそのかす。
***
「実篤、さん……」
そんな実篤をくるみが潤んだ目で見上げてきて――。
オオカミに変装させたからだろうか?
いつもヘタレワンコな実篤が、やけに強気に攻めてくるのが落ち着かないくるみだ。
自分が望んだ状況のはずなのに、いざ実篤にこんな風にガンガン迫ってこられると、経験値の低いくるみはどうしたらいいか分からなくなる。
***
実篤はくるみの頬に触れた指先をほんの少し動かして、彼女の耳たぶに掠めるように触れて。
「くるみは俺に食べられたいんじゃろう? 素直に言うこと聞いてくれんと、凄く食べ辛いんじゃけど?」
いつもは「ちゃん」付けで呼びかける名前を敢えて呼び捨てにして、スリスリと赤らんで熱を持ち始めた耳をくすぐったら、
「ふぁっ、……実篤さっ、そこ、ダメぇっ……っ」
くるみがくすぐったそうに首をキュッとすくませて、小さく抗議の声を漏らした。
実篤はその瞬間を逃さず、くるみのセリフを言葉半ばで封じるように口付ける。
初めてのキスがいきなりディープなものだったからだろうか。
くるみが驚いたようにビクッと身体を跳ねさせた。
それをあやすみたいに口中を優しく舌先で撫でると、おずおずと彼の求めに応じるように舌を差し出してくれて。
そのぎこちなさがたまらなく愛しく感じられた実篤だ。
「くるみちゃん、めちゃ可愛い」
唇を離してくるみを真正面から見下ろして思ったままを口にしたら「恥ずかしいけん、言わんちょいて?」とか……煽られているようにしか思えない実篤だ。
「ね、くるみちゃん。このまま進めても構わん?」
今のキスの感じから、積極的に誘ってはくれたけれど、くるみはそれほどこういう行為に慣れていない気がして。
ヘタレワンコを返上すると心に決めつつも、実篤は一応年上の節度ある彼氏として、そこだけは確認せずにはいられない。
もしくるみの言う「食べて」と、実篤の思うそれとにズレがあったら大変だからだ。
実篤としては是非ともこのまま続行したいところだけど、くるみの意志が最優先事項であることに変わりはない。
キミに触れることを躊躇わないとくるみに宣言するのと、無理矢理押さえつけて行為を進めるのとでは全く違うから。
くるみが恥ずかしそうに視線を逸らしながらも小さく頷いたのを確認して、実篤は応接間ではなくこの部屋を選んだ寝具以外のもうひとつの理由に手を伸ばした。
実篤が使っているベッドは、宮棚の一部が引き出しになっていて、ものが収納できるようになっている。
そこから未開封の小さな細長い小箱を取り出すと、封を切って中から正方形の平たい包みが連なったものを取り出した。
「……避妊具?」
くるみがポヤッした顔をして実篤の手元を見上げてきて。
実篤は恥ずかしがっていたくせに、時折あっけらかんとこんな発言ができるくるみに苦笑してしまう。
何だかそういう掴みどころがないところがくるみちゃんの魅力なんよね、と思いながら、これに関しては自分も開き直ることにする。
「そう。まだくるみちゃんを妊娠させるわけにはいかんけんね」
何気なく言って、「そう言や、これ手に入れたん、八雲が家でる前じゃったわ」と思って、「使用期限!」と今更のように思い至った実篤だ。
弟の八雲は実篤と違って結構プレイボーイで。
このコンドームも八雲が「兄ちゃんも頑張れ」と家を出るときに餞別代わりに押し付けていったものだった。
「ちょ、ちょっと待ってね」
くるみの上にまたがったままパッケージに記載の文字を追っていたら「ひょっとして賞味期限、切れちょるん?」と問いかけられて、実篤は思わず吹き出した。
「くるみちゃん、これ、食べたらいけんやつよ?」
ククッと笑いながら揶揄うように言ったら、くるみが真っ赤な顔をして「イヤんっ。今の忘れて……っ?」とつぶやいた。
(可愛すぎか!)
実篤はくるみのおかげで肩の力が抜けた気がして。
おおらかな気持ちで使用期限の文字を追うことが出来た。
「ん、大丈夫じゃ」
使用期限まで、まだあと半年以上ゆとりがある。
八雲が家を出た時にもらった気がしていたけれど、もしかしたら盆だか正月だかに実家に戻ってきた時にくれ直したやつだったかも?
そんなことを思ってホッと胸を撫で下ろしてから、俺、そんなにくるみちゃんとエッチしたかったんか!と可笑しくなって。
(いや、したいんじゃけど)
すぐさまそう思い直したことにも何だか笑えてククッと喉を鳴らしたら、「あの……実篤さん?」とくるみに不安そうな顔で見上げられた。
「そんな顔せんで?」
言ってくるみの頬をそっと撫でると、
「今のはくるみちゃんを笑うたんじゃなくてね。使用期限大丈夫じゃって思うたら、凄くホッとしてさ。俺、そんなにくるみちゃんとしたかったんじゃって自覚したら、自分の猿っぷりが急に可笑しゅうなったんよ」
言って、くるみのおでこにチュッと口付けると、
「ねぇ、くるみちゃん。ゴムも大丈夫じゃけ、このまま続けるけどさ、もし――もし不安で今日はやっぱり無理って思うんじゃったら今のうちに言うて? 始めてしもうたら俺、途中でやめてあげられる気がせんけぇ」
実篤は、先ほどまでとは打って変わって真剣な顔でくるみを見下ろした。
くるみはそんな実篤をじっと見上げて小さくうなずく。
「え、えっと……大、丈夫なの、で……その……続行の方向で……よ、よろしくお願いします?」
小首を傾げて言うのが可愛くて、実篤は思わずくるみの手を引いて起き上がらせると、腕の中にギュッと抱きしめた。
「実篤さっ、苦し……っ」
くるみが小さな声で抗議して、慌てて腕の力を緩めて――。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
実篤はくるみの耳元でそうつぶやいた。
(えっと……この首んトコの紐を解いたらええんじゃろうか?)
女の子の服にうとい実篤は、とりあえず目の前にある蝶々結びにされたホルターネックの紐を引っ張りながらそんなことを考える。
どうやらパッと見た感じ、どこにもファスナーはないようで。
前についた三つのボタンも飾りボタンの様だし、それを外したからといって前が開くと言う感じでもない。というか、そもそもただ縫い付けてあるだけで、外せるボタンではないみたいだ。
「あの……くるみちゃん、これ……」
結局情けなくも、「脱がし方が分かりません」とくるみ本人にSOSを出す羽目になってしまった実篤だ。
(八雲じゃったら、こんな変わり種の服が相手でも卒なく脱がしてしまえるんじゃろうか)
そんなどうでもいいことまで考えてしまう始末。
腕の中のくるみが実篤の言葉に「ん?」と身動いで、二人の間にほんの少し隙間が出来る。
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