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※注意※
本作品は非公式の二次創作です。
原作・公式関係者様とは一切関係ありません。
作品内には独自解釈、捏造設定のほか、 一部に暴力表現、精神的に重い描写、暗い表現が含まれます。
苦手な方は閲覧をご遠慮いただき、閲覧は自己責任でお願いいたします。
完結したらタグは削除します。
少し歩きながら、僕は無意識にさっきまでの空気を思い返していた。車を止めた先はひどく静かだった。
夜の街の光が遠くで滲んでいるのに、ここだけが少し切り取られたみたいに白く、無機質に見える。高い壁に囲まれた細いスペース。コンクリートの地面。端に寄せられた設備類。中央には、屋根とも換気口ともつかない、低い三角形の構造物がぽつんと置かれている。 昼に見ればただの受注場所のひとつだと思えるのに、夜だと妙に冷たく見えた。
車のエンジンを切る。
数秒遅れて、静けさが落ちてきた。
一人になって少し歩きながら、僕はさっきのやり取りを思い返していた。
JDさんの呆れた顔とか、トピくんの笑い方とか、コウくんの困ったような優しい声とか。 ああいう空気が自然になってきたのは、いつからだっただろう。
868にいる時間は、不思議と肩の力が抜ける。
誰かの隣にいるのが当たり前みたいになっていて、別にそれを言葉にすることもない。 でも、そういうのって案外ちゃんと残るんだなと思う。
「……さて」
小さく息を吐いて、視線を前に戻す。
「お、一人だ」
知らない顔。
けれど、妙な違和感というほどではない。
この街では、見たことのない人間がいること自体は珍しくない。
最近来た人間なのか、この場所を知っているということはどこかの組織に入ったばかりの人間なのか、そのくらいにしか見えなかった。
「こんにちは」
先に声をかけられて、自分も足を止める。
「あ、こんにちは」
柔らかく返すと、男は少しだけ笑った。
「初めまして、ですかね」
「そうですね。たぶん」
「お名前は?」
「自分ジョシュアマーキルっていいます」
「ジョシュアさん。よろしくです」
「私は×××です」
聞いたことない名前。最近来たか、全然起きてなかったか。
「最近来たばっかりで。まだ全然わかんなくて」
「へえ、そうなんですね」
話し方は自然だった。
少なくとも、最初の印象としては。
「最近、結構人多いですよね」
「今日は特に、ですかね」
「やっぱり何かある日なんですか?」
「まあ、なんか色々あるんだと思います」
あえてぼかして返すと、男は「なるほど」とだけ言って、特に深く追及はしてこなかった。
「あなたは、どこのギャング…なんですか?」
少し探るような言い方だったけれど、街に来たばかりなら珍しくない質問でもある。
「さあ、どこでしょうね」
「はは、言わないか」
軽く笑いながら、男は僕の横に並ぶように数歩だけ位置を変える。
「でも、雰囲気ありますよね」
「何のです?」
「仲間いる人の雰囲気」
その言い方に、少しだけ引っかかるものがあった。
「そうですか?」
「ええ。さっきも何人かいましたよね」
「……見てたんですか」
「いや、たまたま」
さらっとした口調。
けれど、たまたまにしては見ている範囲が広い。
「仲良さそうでしたね」
「まあ、そうですね」
言いながら、少しだけ警戒が滲む。
それを悟られないようにしつつ、男の顔を見る。年齢も雰囲気も、特別若いわけではない。どちらかというと落ち着いていて、妙に余裕がある。最近来た人間にしては、空気に迷いが少ない気がした。
「868…であのポーズ流行ってるんですか?」
その言葉で、心臓が一つだけ打つ。
「……なんで知ってるんです?」
問い返すと、男は一瞬だけ目を細めた。
けれど次には、何でもないような顔で肩をすくめる。
「有名ですよ」
「そういう意味じゃなくて」
「ちょうどニヶ月前くらいにMOZUと色々あったんでしょう?」
今度ははっきりと足が止まる。
その情報を、最近来たばかりの人間がそんな自然に口にするのはおかしい。今も変装をしているし、さっきの客船の受注のときもみんなしていたはずだ。
「どこで聞いたんですか」
「さあ」
「さあ、じゃないでしょ」
声が少しだけ低くなる。
別に隠しているわけじゃないが、普段生活しているだけじゃ手に入らないような情報を持っている。でも868のグループチャットには探られているという共有はなかった。
男はそれを見ても、慌てる様子はなかった。むしろ、どこか面白がるように薄く笑っている。
「そんな怖い顔しないでくださいよ」
「……誰から聞いたんです?」
「君、真面目なんだね」
答えない。
曖昧に笑って流すだけのその態度に、違和感が少しずつ輪郭を持ち始める。
「ちょっとだけ、こっち来てもらっていいですか」
男が、さりげない調子で言った。
「なんでです?」
「ほら、隣の花屋賑わってるよ」
「声小さくすればいいじゃないですか」
「それじゃあちょっと、ね」
笑っている。
でも、笑っているだけではない。
ほんの少しだけ、空気が変わるのを感じた。
怪しい。最近この街に来たにしてはおかしい。頭の中では行かないほうがいいとは思っている。
今なら、まだ戻れる気もした。
無線を入れることも、距離を取ることもできたはずだった。
でも。
868が狙われている可能性が少しでもある以上見逃せなかった。
「……少しだけですよ」
そう返してしまったのは、たぶん僕の甘さだった。あるいは、まだ本気で危険だとは思っていなかったからかもしれない。
男の後を追って、少しだけ場所を移す。
受注場所からほんの少し外れた、視線が通りにくい位置。
ほんの少し。
本当に、それだけの距離だった。
「で、何ですか」
立ち止まって問いかけた、その瞬間だった。
背後から腕を取られる。
「っ、は?」
何が起きたのか理解するより早く、手首に金属の冷たさが食い込んだ。
手錠。
「は……?」
反射的に振り返ろうとしても、後ろから押さえられてうまく動けない。いつの間にいたのか、背後には別の人間がいた。
やられた。
そう思った瞬間、無意識に手元を探る。
ポケットの中の無線に指先が触れた。
一回。
二回。
三回。
ピコピコピコ。
短く続けて鳴らす。
「おっと」
すぐに横から手が伸びてきて、無線ごと奪われた。
「それは困るな」
男の声は、変わらず穏やかだった。
「……何が目的です?」
問いかけながらも、頭の中では必死に状況を整理する。何人いる。どこに連れていく。何がしたい。
「まあまあ、そんなに怖い顔しないで」
手錠をかけられたまま押されるようにして車の方へ連れていかれる。 この街では、誰かが誰かを連れていく光景自体は珍しくない。だから、今この瞬間だけを見れば、きっとおかしくは見えなかった。
車のドアが開く。
「乗ってね」
「嫌だって言ったら?」
「無理やりになるだけかな」
その言い方に冗談の軽さはなくて、僕は小さく息を吐いた。
押し込まれるようにして座席に乗せられる。その間にも頭の中では、ずっと考えていた。
何者だ。
なんで自分なんだ。
なぜそこまで情報を持っている。
最近来た人間の顔じゃない。
それとも、最近来たふりをしていただけか。
「……何がしたいんです?」
もう一度問うと、前の席に座った男がミラー越しにこちらを見た。
「そのうちわかるよ」
それだけ言って、薄く笑う。
その直後、鼻先に妙な匂いがかすめた。
「……っ」
甘ったるいような、薬品みたいな匂い。
息を止めようとした時には、もう遅かった。
視界が、少しずつ滲んでいく。
「……は?」
おかしい。早すぎる。即効性の薬?
意識を保とうとしても、うまく力が入らない。
頭の芯がぼやけていくみたいだった。
「っ、何……した……」
声になりきらないまま、言葉が落ちる。
知らない薬だ、と思った。
この街で見たことのないやり方だった。
ぼやける視界の向こうで、誰かがドアを閉める音がする。
「出すぞ」
運転席から聞こえたその一言を最後に、意識が沈んだ。