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「このたびは……!
我らを救って頂き、大変感謝いたします!」
土下座せんばかりに頭を下げるラミア族の男性の
前で、私は正座を、ジャンさんはあぐらをかいた
姿勢で座っていた。
彼の隣りでは、恐らく親子関係であろうエイミが、
そして離れた場所では―――
「パック君、ある程度血は抜き取ったから、
浄化してー」
「わかりました。
アルテリーゼさん、メルさん。
切り分けお願い出来ますか?」
パック夫妻がテキパキと貴重な素材を仕分け、
私の妻たちに解体を指示していた。
「よいしょっと。
首はひいふうみい……
まとめて縛っておこうか」
「胴体もある程度分割せんとのう」
スプラッターな現場から目を背けるようにして、
私たちは会話を再開させる。
「あのー、やはりエイミさんのお父さん
なんでしょうか」
「あ、ああ。
自己紹介が遅れて申し訳ない!
私は、この一帯に住む―――
そちらから見れば亜人族というのだろうか。
その長をしているニーフォウルという。
ヒュドラを倒してくれた事、
娘・エイミは元より仲間を代表して感謝する!
いや、感謝してもしきれぬ!!」
そう言って彼はペコペコと頭を下げまくる。
そこでギルド長が手の平を前にして、
「あー、ヒュドラは退治された。
これでめでたしめでたし……ってところだが。
今後は何とかなりそうか?
何でも、ガキどももいるって話だったが」
あー……
そうだ、そこは聞いておかなければ。
さすがはジャンさん。
組織のトップとして、緊急性の高い順から
質問しているのだろう。
するとニーフォウルさんとエイミさん父子は
顔を見合わせて、
「ヒュドラがいなくなった今―――
大人であれば、狩りを再開して何とかなると
思うが……」
「子供たちに関しては、正直厳しいかと」
まあ、それはそうだろう。
ヒュドラが現れたのは3ヶ月くらい前だと
言っていたから……
貯えなんてほとんど底をついているだろうし。
ニーフォウルさんの体も筋肉質ではあるが、
少しあばらが浮いているようにも見え―――
恐らく子供たちに優先的に食料を渡してこの
状態なのだから、推して知るべしだろう。
「なあ、シン。
しばらくはドラゴンの2人に食料を空輸して
もらうか」
ギルド長の提案に私は少し考え、
「それもいいですが……
いっそ、子供たちだけでも町に来てもらうのは
どうでしょうか?」
意外な申し出だったのか、ラミア族の2人は
きょとんとして、
「はあ」
「と言われますと?」
そこで私は具体的な話を詰めていった。
まずラミア族の子供たちを、近くの村で
保護してもらう。
食料はドラゴンに空輸してもらうが、帰りは
そのドラゴンに子供たちを何人か乗せて帰る。
それを何度か繰り返し、子供たちを町へ移送。
まだ手のかかる子供なら母親も一緒に―――
父娘はコクコクとうなずいて聞いていたが、
「しかし、大丈夫なのだろうか。
この姿は―――
子供とはいえ、人間の町が受け入れて
くださるかどうか」
まあ当然の反応だろう。
近場の村ならともかく、全く交流の無かった
人間の町へ行くのであれば……
だがそれを聞いてギルド長はフッ、と苦笑し、
「ウチの町にゃガキどもを預かる施設も
あるが―――
そこには人間の孤児の他に、ドラゴンの子、
ゴーレム、魔狼の子供もいる。
半人半蛇のガキが入ったところで今さらだ」
「以前、獣人族の人も町におりましたし―――
亜人や人外に対しては、他よりは免疫があると
思いますよ」
話を聞いた2人は、しばらく理解に時間が
かかったのか無言だったが、
「……魔狼やゴーレムまで……
しかし―――」
「お父さん。
何が問題なのですか?」
エイミさんが不安そうな顔で父親に問う。
「…………
そこまでして頂いても、我々にはお返しする
ものが無いのだ。
無論、要求があれば可能な限り飲むつもりだが」
……ああ、つまり―――
『借り』を作るのが怖いのか。
確かに彼らに取って、こちらはヒュドラの
討伐者にして命の恩人だが、それだけに
恩としても戦力としても抗えない。
例えば、子供の何人かを『報酬』として寄越せと
言われたら―――
彼もまた組織のトップなのだ。
今こうしている間も、リスクを計算して
いるのだろう。
「お返しなら―――
『ヒュドラ』の出現情報を教えてくれたのと、
それに本体をもらおう。
コイツが出たら軍を動員する騒ぎになるんだ。
あと死体は素材として、どれくらいの価値に
なるかわからん。
所有権を引き渡し、その事について今後一切
文句を言わない事―――
という条件でどうだ?」
ヒュドラを倒したのはこちらだし、また救援要請を
受けての事なので、所有権も何もないだろうが……
『高価な素材の所有権の放棄』という条件で、
お互いに角が立たない落としどころとして、
ジャンさんは提案したのだろう。
ニーフォウルさんもトップとして、そこを
理解したらしく、
「その条件でよろしくお願いする。
子供たちの事も―――なにとぞ」
彼とその娘が深々と頭を下げると、
「シンー、だいたい解体終わったよ」
「これからどうするのじゃ?」
メルとアルテリーゼに続いてパック夫妻も
手を振って、
「ギルド長、配分は―――」
「どの部分をどれくらいもらっても?」
するとジャンさんは腰を上げて、
「とにかく、一度王都まで運んじまおう。
あそこならより細かく解体してくれるはずだ」
そして亜人の父娘に振り返り、
「アンタらは近場の村へ行って説明を頼む。
子供たちの受け入れ態勢やその準備も」
「そうですね。
もし何かあれば、私の名前を出しても結構です」
パックさんも話を後押ししてくれて、ギルド長は
最後に私の方を向いて、
「じゃあシン、行こうぜ」
「?? 私も王都へ、ですか?」
「当たり前だ。
お前と一緒に倒したんだからな。
ライオットの野郎にも報告しなきゃならんし」
まあジャンさんと一緒とはいえ、『能力』を使っての
討伐だし―――
一応話をしておいた方がいいか。
こうして私たちは、まずいったん王都へ
ヒュドラを運ぶ事になった。
「発生時期が―――で―――
出現場所が―――で……
取り敢えずこんなところか」
王都・フォルロワの冒険者ギルド本部、
その本部長室で、私とギルド長はライさんに、
ヒュドラの討伐状況と知っている限りの情報を
説明していた。
「ドラゴンに逃げ道を通せんぼさせて、
シンの『能力』で再生無効化か……
それでもよく倒せたもんだ」
「首の復活さえ無けりゃ、ただのデカイ蛇の
集合体よ。
いやーいい運動になったぜ」
実際、ジャンさんの戦いを後ろで見ていたけど……
獲物を噛む時の蛇の、いわゆる鎌首からの
攻撃って、すごく早いんだよね……
それが複数いろいろな角度から来るわけで。
ギルド長と同じ位置にいたら、3秒もたない
自信があったよ。
微妙な表情になる私を差し置いて、旧知である
2人は話を続け、
「魔物を研究する機関は、臨時で予算を組むって
言ってたぞ。
何せヒュドラの討伐記録なんか、ここ百年でも
3度あるか無いかだ」
「おう。それで―――
報酬はどのくらいだ?」
「軍も動かさずにほぼ単独撃破だからな。
危険度は低い魔物だが、それでも
金貨1万2千枚は固いだろう。
後は素材の売買に期待してくれ」
「まぁそんなモンか」
……?
会話の流れに矛盾を感じ、思わずそこへ
割って入る。
「えっと……金貨1万2千枚なんですよね?
(日本円で金貨1枚=2万円。
1万2千枚で約2億4千万円)」
「ああ。ギルド本部から出すのはそれくらいだ。
まあヒュドラだしな」
私はライオットさんからジャンさんへ
視線を変えると、
「あの、ヒュドラって危険じゃないんですか?」
「んん?」
一瞬、意図がわからないという顔をするが―――
本部長がそれを察したのか、
「危険の意味合いがチョット違う。
確かに、強いわ毒持ちだわ再生するわで、
相手にして厄介な魔物だが……
行動可能な場所が限られているからな。
最悪、水辺に近付かなきゃいいわけだし」
「そういうこった。
以前呼ばれた時は確か、どこぞの川で……
いわゆる船着き場、交通の要衝に出やがったんで
対応せざるを得なかったんだよ」
ライさんとジャンさんの説明に、なるほど、
とうなずく。
この世界、水魔法があるから水源は絶対必要という
わけではないし―――
水中か水辺にしか出現しないのであれば、そこへ
移動制限をかければ事足りる。
「だから、『危険性は低い』んですね」
「ああ。
空でも飛ぶようなら、金貨10万枚かけてでも
討伐する対象だが」
からかうように笑う本部長につられて、私と
支部長も笑い出す。
「―――じゃあ、そろそろ帰るとするぜ」
「今日、戦ってきたばかりだろ?
一泊くらいしていっても」
ライさんが止めるが、ジャンさんも私も首を
横に振り、
「帰りが遅くなったら、町にいる連中に
心配させちまうからよ」
「それに、早く切り上げないと知り合いの
貴族の人たちとかが来て、面倒な事に
なるかと……」
ただでさえドーン伯爵家ほか、ロック男爵家、
レオニード侯爵家、グレイス伯爵家、今度は
シィクター子爵家と伝手が広がっているからなあ。
そして私はジャンさんと共に、まずは下の階の
厨房へと向かった。
2人が出て行った後、部屋の主が残され―――
彼がしばらく何枚かの書類に目を通していると、
ノックの音が窓の方から聞こえてきた。
「……サシャか?」
書類から目を離さず、ライオットは声だけで
応じる。
すると女性の声だけが応じ、
「例の、ヒュドラの解体が終わった
そうなのですが―――
後で本部長に見て欲しい物があるとの事」
「わかった。
深夜になったら向かおう」
そのやり取りの後、室外の気配は消え―――
彼はそのまま事務処理を継続した。
「よいか、骨は火で焦がすのじゃぞ。
その方が良い香りが付く」
「あとウドンは本来なら数時間は放置して。
そうすれば味も形もしっかりと―――」
厨房へ到着すると、アルテリーゼとメルが
料理人たちへ新作料理の講習を行っていた。
「……と、シン!」
「もう話は終わったの?」
「ああ。
パックさん夫妻は?
まだ解体に付き合っているのかな?」
もらえる素材、部分の交渉もあり、彼らは直接
解体してくれる施設へ行っているのだが―――
「あ、みなさん!」
話をすれば―――
ちょうどそこへパックさんが現れた。
しかし、彼の妻の姿はなく……
「む? シャンタルはどうしたのだ?」
「受け取った素材を持って、もう門の外で
待っています。
それで私はみなさんを呼びに」
ヒュドラの一部分だけでも大荷物に
なるだろうしな。
それは正しい判断だろう。
そして私たちは王都ギルドに別れを告げると、
そのままシャンタルさんと合流し、町へと
戻る事にした。
「日が暮れる前に帰れて良かったねー」
「全くじゃ。
ラッチも心配しているであろう」
ヒュドラの一部―――
首2本と胴体の肉をロープで縛り上げ、
シャンタルさんがそれを吊り下げながら飛ぶ。
また肉も多少買い付け、それはアルテリーゼが
運んでいた。
(代金はジャンさんがライさんに借りた)
「死体を浄化しておいて良かった。
解体する職人に喜ばれたし」
「浄化前に取っておいた血も―――
研究機関の方々が貴重な素材だとすごく
感謝していましたしね。
帰ったら、実験したい事が山ほど
ありますよ、パック君♪」
2人にかかれば、ヒュドラすら研究対象に
過ぎないんだなあ……
と感心していると、
「そういや、ヒュドラ討伐の報奨金が出たぞ。
金貨1万2千枚だそうだ。
後で送金されてくると思うが―――
6人いるから、1人2千枚ずつの山分けで
いいか?」
突然の申し出に、5人はしばらく返事が
出来ないでいたが―――
「わたくしはパック君にお任せします。
人間のお金の価値はよくわからないし」
「妻としてシンに一任する」
「同じくー。
シン、任せたー」
と、妻に丸投げされた夫たちは、
「しかし、いいのでしょうか?」
「ジャンさんが一番戦っていたと思うのですが」
聞き返す私たちに、ギルド長は
「どうせシンに渡したところで、町のために
使うってのはわかっているからな。
パックさんも研究結果で出来た新薬は、
真っ先に町に卸してくれるし。
ま、今後ともヨロシクってやつだ」
私とパックさんは空中で顔を見合わせて、
「まあ……」
「そういう事であれば」
と、話を承諾して―――
町への帰還を急いだ。
「遅いですよギルド長!
心配したんですからね!」
「スマンスマン。
ヒュドラの解体と報告のために、一度王都へ
寄ってきてな」
町のギルド長の部屋で―――
娘に怒られる父親のごとく、ジャンさんは
ミリアさんに頭を下げる。
ちなみにパック夫妻はヒュドラの素材搬入、
私の妻であるアルテリーゼ、メルはラッチの
お迎えと再度ウドン作りの仕込みのため
宿屋『クラン』へ行ってもらい―――
私とジャンさんだけで報告を行っていた。
「落ち着くッス、ミリア。
だいたいオッサンとシンさんとドラゴン2人で、
かつパックさんとメルさんもいるのに、
どうやったら負ける事が出来るッスか」
「そういう事を言っているんじゃないっ!!
このバカー!!」
言われてみれば、町の最高戦力を上から順に
連れて行ったようなものだからなあ……
レイド君がなだめようとするも、却って逆鱗に
触れたのか余計に怒られる。
「取り敢えず風呂に入ってさっぱりしてぇ。
しかし本当に暑くなってきたな……
今日はウドンにするのは止めておくか」
「そーッスねえ。
朝なら何とか食えなくもないッスけど」
「ですね。まだ寒い時なら―――
温まるオイシイ食事とは思いますが……」
すでに興味は夕食に移ったようで、
父と息子、娘のようにメニューについて話し出す。
「確かに今日は暑いですから……
冷やしにしてみますか?」
その言葉に若い男女は振り返り、
「ヒヤシ?」
「何スか、それ?」
興味津々の目でぐいぐいと圧をかけてくる。
「あー……
あの麺類っていうのは、基本的に
汁に付けて食べるものなんです。
いったん茹でたら水で冷やすので、
それをそのまま冷たくした汁にひたして
食べる事も」
フンフン、と聞いていたギルド長がずい、と
身を乗り出して、
「氷魔法を使えるファリスもいるし……
シン、ひとつそれを食わしてくれ」
「俺もッス!」
「アタシもー!!」
こうして、少し遅めの夕食は―――
宿屋『クラン』で、冷やしうどんを食べる事に
なった。
「ズルズルッ、うめぇなコレ。
それにさっぱりしていて―――
暑い日にゃもってこいだ」
「これなら、チビたちも喜んで食うっしょ」
「元は小麦粉で、それでいて食いでも
ありますからねえ」
ジャンさんとレイド君、ミリアさんが、
冷やしうどんに舌鼓を打ち―――
「ラッチ、美味しいのはわかるがこぼすでない」
「ピュルル~♪ チュルルッ」
「冷たくて美味しい食事なんてあったんだねー。
さすがは旦那様♪」
家族も満足してくれたようで何より。
「お米もいいですけど、ここに来て小麦の
新たな可能性が……!」
そして、スープを冷やすのに大活躍してくれた
ファリスさんも、ツルツルと喉に流し込む。
冷やすと言っても直接ではなく―――
彼女に氷を大量生産してもらい、さらに
ブロンズクラスに割ってもらって、氷水を作る。
それを大きな桶や容器に入れて、スープを入れた
鍋やずんどう鍋をそこへ投入、温度を下げる、
といった手順だ。
「そういえば、お米でも出来ない事は
ないですねえ。
炊いたお米を冷ましてから、冷やしたスープを
かける食べ方もあって……」
そこで食堂にいた全員の目がギラリと光り―――
「是非とも!」
「それも経験しないと帰れませんよ!」
マーローさんとフレンダさんも近くの席に
いたようで……
急いでご飯の追加が行われる事になった。
翌日の朝―――
取り敢えずシィクター子爵家の方々を王都へ
戻す事が決まり、関係者と一緒に見送りに。
子爵へのお土産に魚醤を5本ほど持たせると、
『よ、よろしいのですか!?』と恐縮されたが、
襲撃メンバーの処分を軽くする事と引き換えだと
話し、その後彼らは馬車へと乗り込んでいった。
また、途中ドーン伯爵家へ寄るとの事なので、
そちらにも魚醤を10本―――
また贈答用に10本持って行ってもらった。
ウドンのレシピも付けたが、近いうちに直接
教えに行った方がいいだろう。
「シン、今日はこれからどうするんだ?」
ジャンさんが伸びをしながら聞いてくる。
「取り敢えず『クラン』へ行って―――
魚醤の配分を相談しようかと」
「そういや、アルテリーゼやシャンタルといった
ドラゴン組は、今日から半人半蛇の亜人族の
子供たちを連れてくるんだっけか」
「ええ。メルも付き添ってますので」
するとギルド長は『ん』と相づちを打った後、
「じゃあ、『クラン』へ行った後、また
冒険者ギルドまで来てくれねーか?
ちと相談したい事があってな」
「?? 別に構いませんが……」
その後私は宿屋『クラン』へ寄って、町の
魚醤の配分を決めた後―――
ギルド支部へと向かった。
「あれ? クーロウさん」
「おお、シンさん。
お久しぶりです」
支部長室へ通された私の目に―――
いつものメンバーと、クーロウ町長代理が
席に着いているのが入ってきた。
「おう、シン。
魚醤の件、どうなった?」
「あー、あれはですね……」
ジャンさんの雑談に答える形で話す。
魚醤は115本取れたのだが―――
まず東の村の試食で2本減り、また生産地でも
ある事から、20本ほど置いてきた。
残り93本のうち、シィクター子爵家へ5本、
ドーン伯爵家へ贈答用含め20本を献上、
町へ戻ってきてからさらに2本消費されており、
残りすでに66本。
ブリガン伯爵領の東地区、カルベルクさんの
ところへも10本ほど贈ろうと思っているので、
町には56本ほどが残る計算だ。
「ホントーに貴重品ッスねー」
「でも出汁と一緒に併用すれば……
それに新メニューの一つだと思えば」
1年はともかく、それなりには持たせる事が
出来るだろう。
「それで、あの―――
相談したい事とは?
クーロウ町長代理と何か関係が……」
「ええ、実は―――
確か半人半蛇の亜人族の子供たちを
受け入れる、とか」
あ、そうか……
そりゃ町長さんに話を通さないとダメだよなあ。
「言いにくいから、もうシンが言っていた
『ラミア』族でいいだろ。
でな?
孤児院で受け入れる事になるんだろうが―――
また拡張しようって話が出てるんだ」
「そういう事でしたか。
予算なら惜しみませんが」
そう言う私に、クーロウさんは微妙そうな、
申し訳なさそうな顔になり、
「それがですのう……
ちと聞いて欲しい事がありまして」
「??」
そこで初老の町長代理は、説明し始めた。
「ああ……
確かにそれは問題ですね」
一通り話を聞いた私は、ただ肯定するしか
出来なかった。
「下手すりゃ、孤児院の方がいい生活
送れるッスからねえ」
「食事といい、住まいといい……
それより下の家もあるでしょう」
レイド君もミリアさんも同様の反応だ。
つまるところ―――
本来、最低限の生活を保障していた孤児院の
レべルが高くなり過ぎて、逆転現象が起きて
いるのだ。
さらに輪をかけたのが『教育』で……
実のところ、この世界でも一般家庭はそれなりに
読み書き計算くらいは出来るし、子供にもそれを
教えている。
歴史を紐解けばわかるが―――
搾取される対象は意外としたたかなのだ。
またそれが出来なければ死活問題でもある。
では何が輪をかけたかと言うと、『料理』だ。
もし有効な魔法が使えるようにならなくても、
手に職をつければ、という考えから―――
孤児院の子供たちには私が作った料理を
再現出来るようにと、教えていたのである。
結果、一夜干しからマヨネーズ、ハンバーグ、
米の炊き方や各種デザートに至るまで彼らは
マスターし、
結果として―――
『知識の格差』も生み出してしまっていた。
「シンさんのせいではないとわかっては
おるのですが……
何かいいお知恵があればと」
多分、苦情か要請がクーロウさんに向かったの
だろう。
知らなかったとはいえ、迷惑をかけて
しまったな……
「とはいえなあ。
シンだって神様じゃねぇんだから」
ジャンさんがフォローするように口を開く。
確かに相談としては、応える義務も責任も
無い事だけど―――
「シンさんのせか……
元いた村では、どんな感じだったッスか?」
「孤児院はともかく、普通の子供たちって
どんな扱いだったか、とか」
若い男女も、解決策を求めて話を振る。
この世界の成人年齢である15才までなら、
小中と義務教育を受けるが……ん?
「そうですねえ。
ここまで来たらいっそ、子供を全員
預かってしまうというのは?」
私の提案に、3人の視線が集中する。
「ぜ、全員……ですか?
ええと、今のこの町の未成年は……
確か300人ほどで―――
それに他の地域からも預かっている子も入れると
350人ほどになりますが」
町の人口を把握しているミリアさんが、
その総数を説明する。
「自分の村では、子供は全員ひとつの施設で
学ばせていたんですよ。
それは孤児であろうがなかろうが関係なく。
別に全員寝泊まりさせる、という事では
ありません。
自宅から通ってもらっていて―――
食事は給食というものが出てまして……」
こうして、孤児院改め『学校』について―――
またその拡張規模について、みんなで話し合いが
行われた。
「シンー!
こっちも結構開けているけど」
「そうですね。
こちらも候補に入れておきますか。
どうでしょうか、職人のみなさん」
私の言葉に、20代~40代の、いかにも
肉体労働者といった感じの男たちが振り向く。
「新規開拓地区と同じ規模なら―――
ここはうってつけかもな」
「ああ、適度に平地だし」
学校の話が出た翌日―――
私とメルは職人たち、そして護衛の
ブロンズクラス数名を引き連れて、
『下見』に来ていた。
子供たち全員を通わせる学校兼孤児院の建設と
共に、将来的にさらに町を拡大させる必要が
あるとの話が出たため、
現在の東西開拓地区から、さらに南北方面へ
伸ばす事を想定して、その候補地を求め現地へ
足を運び、検分していたのである。
食料問題は収穫期が来て、米の増産が思った以上の
成果だったので、いったん落ち着いたが……
ラミア族の受け入れも考えると、やはり農地の
拡大が急務だろう。
さて、これで西側の候補は絞れた。
次に東側を……と思っていると、
「シンさん!」
私を呼ぶ声と共に現れたのは―――
魔狼ライダーの一人、ケイドさんだ。
赤毛のボサボサ髪と無精ひげ、年齢は確か
ギリギリ20代だったはず。
魔狼側が求めたパートナー条件……
若いオスがいいと言われたのだが、その中では
一番年上の人間である。
当然、他の若いメンバーに交じっての動きは
ワンランク落ちるが―――
しかし、例の魔導爆弾事件で、それを真っ先に
見つけたのは彼とパートナーの魔狼であり、
今や魔狼ライダーのリーダー的な位置にいた。
「どうしました?」
「リリィが何か察知したようです。
ですが様子がおかしく……!」
リリィとはケイドさんが乗る魔狼だが、
確かに威嚇するかのようにグルルルル……と
ある方向へうなり声を上げ続けている。
魔狼ライダーには最近、漁や猟をする人たちの
護衛もしてもらっていたのだが―――
その運用・目的は危険察知であり、
動物や魔物との無用なトラブルを避けるためで、
戦闘は二の次だ。
ただ、ほとんどは人間側を察知すると向こうが
逃げていくので……
安全確認という側面が大きかった。
「念のため、職人さんたちは西側の新規開拓地区へ
急いでください。
ブロンズクラスの人たちは彼らを護衛しつつ、
一緒に避難を。
ケイドさんとリリィは『何かがいる』方向へ
案内してください。
メル、行くぞ!」
「あいあいさ♪」
魔狼ライダーの後について、『その方向』へと
向かう。
最近は動物や魔物と遭遇する事が多くなったと
聞いているが、それには心当たりがあった。
言うまでもなく、新規開拓地区を作って人間側の
生息地域が拡大したためである。
結果としてお互いの生存圏が近付き―――
また漁や猟へ出かける人員も増えているので、
バッティングする確率も当然増える。
だけど……
「大勢の人間がいるとわかっていて、
逃げていない―――
って事だよねえ」
「むしろ向かって来てんじゃないのコレ?
何かあっちから木々をなぎ倒すような音が
聞こえてくるんだけど」
走りながら夫婦で危機感の無い会話を続けて
いると―――
ついに『それ』と鉢合わせした。
「……これは……」
「グルルルルゥッ!!」
直立し、こちらを見下ろすその巨大な獣に、
魔狼ライダーのコンビは警戒態勢を取る。
「キィエエエエエッ!!」
大きいフェレット、が一番自分にはしっくりする
表現だが―――
可愛らしさなど微塵もなく、血走った目で
こちらを見つめ、口元からはダラダラと
ヨダレを垂らしていた。
「イタチ……のでかいヤツか。
メル、これは何ていうんだ?」
「『ヒュージ・ウィーズル』か『グラトニー』
だと思う。
倒して持って帰ったらわかると思うけど」
しっぽを入れれば、全長10メートルは
あろうかというその魔物に対し、すでに
討伐前提で話す夫婦を前に、魔狼コンビは
困惑していたが、
「ケイドさん、いったん町に戻って人を
呼んできてください」
「は、はい! 増援を……!」
「あ、違う違う。
これくらいの大きさの獲物を運べる人数で
来てって事。
それじゃお願いねー」
私とメルのお願いに、彼は目を白黒させながらも
この場を離れていった。
後に残ったのは、私と妻だけで―――
「……ね、今考えたんだけど、アルちゃん呼べば
よかったかも」
「ダメ。なるべく人員を使う方向で動かないと。
ドラゴンだけに頼っていたら、不安になる人も
出てくるかも知れないし」
その会話を前にして―――
巨大な魔物は手を出せずにいた。
まるで自分の事など存在しないかのように
振る舞う彼らの仕草は……
特に男の方は、わずかどころか魔力を全く
感じさせない身でありながら―――
危険を少しも感じていないように見えた。
それは不審を通り越して、動物的な本能か
恐怖すら感じさせるもので……
「まあ、じゃあ―――
『目撃者』もいなくなった事だし」
「サクッとやっちゃって♪」
ようやく自分の方を見た2人に、魔物は
身構えたが、男は何やらささやくように
声を発し、
「―――その巨体をそんな細い手足で支えるなど、
・・・・・
あり得ない」
声が終わると同時に、魔物の体は突然何かに
覆いかぶさられたように、地面に張り付けられ……
獣が本能と直感が正しかったと理解した時には、
全てが終わっていた。