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ランナが3歳の時に突然、両親は失踪した。街の人たちからは死んだと聞かされていた両親が今、目の前にいる。
両親の死の真相を知りたいとは思っていたが、まさか生きていて会えるとは思わなかった。
あまりにも突然すぎて涙なんて出ない。驚きや喜びの感情すら起こらない。思い浮かぶのは数々の疑問だけ。
「父さん、母さん、なんで……」
なんで幼い姉妹を残して消えたのか、なぜ今は王城の地下牢にいるのか。聞きたい事は山ほどあるが今は時間がない。
涙を浮かべて声が出せないエリーナに代わってガイスが冷静な口調で語りかける。
「ランナ。父さんと母さんはヨル様に投獄されて16年間、ずっとこの地下牢で暮らしていた」
「ヨル様が……? なんで、そんな……」
ヨルはランナの両親を殺したと言っていた。それは表向きの世間体で、極秘で生かしておいたと思われる。
罪や口封じでの投獄ならすぐに殺すはず。ずっと生かしておくのは利用価値があるからだ。
「ランナも分かるよね? 僕たちの特別な能力。それを利用するためだよ」
「魔法薬の調合……!」
ランナとポーラが薬師になるまでは、魔法薬を処方できる聖者はガイス、調合できる聖女はエリーナしかいなかった。
他人格を殺したいと考えていたヨルは、魔法薬を作れる貴重な聖者である夫婦の能力を利用しようと考えた。
「それでも僕たちは毒薬を作る事を拒んできた。だけど昨日……作らざるを得なくなった」
「毒薬を……作ったの?」
「あぁ、仕方なかったんだ……ランナとポーラに毒薬を作らせたくはなかった」
「…………!」
ヨルは、ランナとポーラを人質のような扱いにして両親に伝えていた。当然、両親は娘たちに罪を背負わせたくない。
そんなヨルの冷酷非道さよりも、パンの材料に含まれた毒は両親が作った魔法薬だという事実に衝撃を受ける。毒からポーラに似た生気を感じたのも納得する。
両親は事情を何も知らない。ランナとヒルの関係も何もかも。ただ娘たちを守ろうとした両親の行為を憎めるはずもない。
全てを知ったランナは誰も憎くはない。全員を救いたいと思う気持ちは今も変わらない。
「父さん、母さん、ありがとう。必ずみんな助けるから、もう少し待っててね」
両親から受け継いだ聖女の能力を誇りに、そして決意を胸にしたランナは力強い足取りで地下牢を抜け出す。
階段を上って地上に出ると城の裏側に出た。薄暗い城壁の隅には鉄製のダストボックスが数個並んでいる。
そのすぐ側には裏口のドアがある。そこから城内へと入ると、昼の城の廊下に繋がっていた。
(やっぱり、なんかおかしい……城の中も人が少ない気がする)
おそらくまだ昼前だが、廊下を歩いていても誰ともすれ違わない。ランナは走り出すと昼の城から朝の城へと繋がる連絡通路を一気に駆け抜ける。
アサの部屋の前まで来ると、躊躇いなくドアを開ける。今は何よりもアサを解毒するのが先決だと思った。
……しかし、アサが寝ていたはずのベッドには誰もいない。その傍らには上半身をベッドの上に乗せて顔を伏せているモニカの姿だけがあった。
(どういうこと? モニカ様……)
ベッドに近付いてモニカの顔色を確認しようとするが、よく見えない。眠っているというより気を失っているように感じる。
その時、急に背後に人の気配を感じたランナの背筋が凍る。聖女の本能だろうか、振り向かなくても体が邪気に反応する。
「残念だったな、昼の女」
空気さえも凍らせてしまう重い声。愛しい人と同じ声のはずなのに、それはランナの魂すら震わせる。
恐る恐る振り返ると、目に飛び込んだのは夜にしか見た事のない彼の黒髪。ヴァクト陛下の夜の人格・ヨルだった。
「な、なんで……」
魂の震えが唇まで振動させてランナの声が激しく乱れる。今はまだ昼前のはず。ヨルの人格がこの時間に現れるなんて、ありえない。
それが意味するのは、アサの人格が『死んだ』という残酷な真実。
それなのにヨルは腕を組んで笑っている。勝ち誇ったようにしてランナを見下している。
「アサとヒルは死んだ。オレがこの体の全ての時間を支配した」
ヨルが何を言っているのか分からない。いや、それを認めたくない。それでも現実を確かめるために壁掛け時計に視線を移す。
時計の針は昼の12時を過ぎたところを進んでいる。それを認識した瞬間にランナの思考回路が激しく乱れる。
「う、そ……」
昼の12時を過ぎてもヒルの人格は現れない。目の前のヴァクトの髪は今も漆黒の夜の色。
アサの朝日のような穏やかな笑顔も、ヒルの太陽のように眩しい笑顔も、もうヴァクト陛下の中には存在しない。
別れの言葉を交わす事もなく、最愛の王妃を残して……二人の人格は消え去ってしまった。
「当然の報いだ。オレを殺そうとする者は全て殺す」
「い、や……」
「安心するがいい。王妃は三人ともオレの妃として生かしてやる。聖女の能力はオレの役に立つ」
「いや、いやっ! いやぁぁ!!」
ヨルの言葉なんて頭に入ってはこない。今は悲しみよりも、ヒルを失ったという喪失感だけがランナの心を乱し壊していく。
髪を振り乱し泣き叫んでも、この感情は収まらない。皮肉にもこの時になってランナはヒルを愛していたのだと自覚した。
「オレにはまだ手に入れるものがある。オレの第三王妃・ランナよ、そこで待っているがいい」
床に座り込んでいるランナを置いて背を向けるとヨルは部屋から立ち去る。
残酷な結末を迎えてもランナは止まる訳にはいかない。体も思考も動かないが涙だけは常に流れ続けている。
(止まってはダメ……私は、ヒルくん……ヒル・ヴァクトの妃なんだから)
崩れ落ちた左手に力を入れて唇の下まで持ち上げる。その薬指にはヒルから贈られた呪いの……いや、愛の結婚指輪。
ヒルの髪と同じ金色の輝きを持つ指輪に口付けて、ランナはヒルに愛と決意を伝える。