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ランナは震える足に力を入れて立ち上がると、ベッドに伏せているモニカの肩に触れて呼びかける。
「モニカ様……モニカ様!」
数回の呼びかけでモニカは瞼を薄く開いた。伏せていた顔を上げてランナと目を合わせるが、その碧眼は虚ろで曇っている。
「ランナ……さん、私、どうしたのでしょう……」
「モニカ様。アサ様が……ヒルくんが……」
「……アサ様?」
ランナが涙を浮かべて必死に言葉を伝えようとしているのに、モニカの反応は薄い。アサの名前を耳にしても瞳すら動かない。
その違和感でランナは気付いた。アサが死んだという事は、モニカにかけられた魅了の呪いは解けてしまったという事に。
それでもランナは、モニカの愛が本物だと信じて真実と願いを伝える。
「モニカ様、落ち着いて聞いてください。アサ様とヒルくんの人格は……消えました」
「アサ様……が……」
「私とポーラ姉さんの仕業ではないです……誰のせいでも、ないんです……」
もちろん両親のせいだとも言えない。ランナは言葉を繋げる途中で何度も大粒の涙を零して、息継ぎもままならない。
「でも魂までは死んでいません。まだ救えるから……だからお願いします。私たち王妃の、聖女の力で……」
モニカはやっと青空のような瞳を見開いたが、またすぐに目を細めた。涙が出ないのは、ランナが代わりに大泣きしてくれているからかもしれない。
「ランナさん、ごめんなさい。本当は私、呪いにかけられているって分かっていましたわ。これでも聖女ですもの」
「……え?」
「それでも良かったのです。アサ様が私を必要として愛してくださるだけで幸せなのです」
モニカは自分の左手の薬指にはめられた白銀の指輪にそっと唇を落とす。その瞳には本物の愛情が込められている。
「私はレッドリア国の聖女ですが聖力は弱くて、幼い頃から家族にも虐げられてきました」
聖なる国・レッドリアは、能力の高い聖者と聖女が多く輩出される国。その中で聖力の弱い者は社会的立場も弱い。
アサは最強の聖女になれる資質を持つという理由でモニカを娶ったはずだが、事実は違った。
「そんな時にアサ様と出会いました。そして虐げられていた私を見て仰ったのです」
アサとの出会いを語るモニカの碧眼は涙に覆われて海のように波打っている。
やがてモニカの片目から一筋の涙が流れていく。
「僕が必ずあなたを最強の聖女にする。一生、愛を注ぐから……結婚しよう、と」
それがアサからのプロポーズだった。アサは聖力の弱いモニカを本気で愛した。いや、聖力なんて関係なかった。
アサとモニカが結婚に至るまでに、どれだけの愛を育んだのかをランナは知らない。
それでも確実に言える事がある。ランナは今、ようやく理解した。
(アサ様とモニカ様は純愛だった。恋愛結婚だったんだ)
それでもアサはモニカに魅了の呪いをかけたが、それは愛を深めてモニカを最強の聖女に育てたいという思いと、純粋に独占欲でもあった。
目的のために手段は選ばないアサはやはり悪魔だが、モニカへの愛は本物だった。
ランナの決意の強さは増した。真実の愛を知ったからこそ、全ての愛を救いたい。
「モニカ様、ジョルノ国に伝わる昔話を知ってますか? 三匹の悪魔の物語です」
「えぇ、レッドリア国にも伝わるお話ですわ……もしかして!」
「はい。答えは全て、その物語にあります」
ヨルが次にどこへ行き、何をしようとしているのか。そして聖女たちの力で奇跡を起こす方法も。
「モニカ様、一緒に行きましょう。ポーラ姉さんも一緒に」
「……はい!」
もう足は震えていない。二人は顔を合わせて頷くと同時に立ち上がる。出入り口のドアに体を向けた時、そこにはいつの間にかポーラが立っていた。
「……ポーラ姉さん?」
ランナが問いかけてもポーラは返事をしない。ポーラの頬には涙の筋が流れている。涙によって呪いの闇色が流れ落ちたのか、瞳の色は本来の金色を取り戻していた。
ランナは、そのポーラの瞳の色だけで全てを察した。
「姉さん……地下牢に行ったのね?」
「……やっぱりランナが毒を作るなんて考えられなかったから……」
「父さんと母さんに会ったのね?」
「えぇ……」
感情が溢れたランナは飛び込むようにしてポーラの胸に抱きついた。ポーラはランナの背中と頭に腕を回して抱きしめ返す。
「ランナ、ごめんなさい……私のせいで、誰も救えなくて……」
「ちがうの、姉さん。誰のせいでもないの……」
ヨルにかけられたポーラの呪いは解けている。ポーラは自身に呪いがかけられていた事も、呪いが解けた事にも気付いてはいない。
やはりポーラもランナと同じく最強の聖女の血筋。呪いを解かなくても、自らの強い思いだけで呪いの効果を打ち消した。
これでヨルに対するポーラの愛も消えたかと思えば、そうではなかった。ポーラの金の瞳は今もヨルへの愛に満ちている。
「でもお願い、ヨル様を責めないで。ヨル様は孤独なお方なの。常に殺される恐怖に怯えていて……敵を殺す事で自分を守るしかないの」
誰よりも魔力が強いヨルは、誰よりも心が弱かった。親からも他人格から命を狙われる恐怖と憎しみで、他人を殺す事でしか身を守る方法を知らない。
アサのように国民の誰からも慕われている訳でもなく、ヒルのように親に愛されていた訳でもない。
太陽の日の下で照らされているアサとヒルとは対照的に、ヨルは常に日の当たらない影の存在。常に暗闇に身を置く夜の人格だった。
ランナはもう一度モニカと顔を見合わせると同時に頷く。
「分かってるよ、姉さん。私たちはヨル様を憎んでいない」
ヨルを責めるつもりもない。ヨルを動かしているのは、遠い昔に封印された悪魔の魂。ヨルを苦しめているのは、遠い昔の聖女エリスの呪縛。
現代の『最強の聖女』である王妃の三人ならば、その呪縛からヴァクト陛下の三人格を解き放てる。
「私たちでアサ様、ヒルくん、ヨル様を救いに行こう」
ランナの凛とした金色の瞳は真っ直ぐに前だけを向いている。