テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
32
私立東寺田中学校の朝は、いつも騒がしい。しかし、その日の喧騒は明らかに異質だった。登校中の廊下、下駄箱、そして教室。至る所で男子中学生たちが頭を突き合わせ、スマートフォンを片手にひそひそと、しかし興奮を隠せない様子で囁き合っている。
「おい、マジかよ……あの瑠衣が、だぞ?」
「他校の女子からの告白、一発でソッコー断ったらしい。しかも理由がヤバい」
「『好きな男がいるから』って、直球で送ったってマニアの間でスクショが出回ってるらしいぞ!」
東寺田中学校において、瑠衣という存在は一際目立つ。顔が良くて、勉強ができて、運動神経抜群で、おまけに気取らない「面白い」性格。他校の女子からも当然のようにモテる彼が、まさか同性を好きだと言い放った。男子校という閉ざされた空間において、それは爆弾級のニュースだった。当の本人は、教室の自分の席に座り、いつもと変わらない爽やかな笑顔を浮かべている。周りのクラスメイトたちが
「お前マジなのか!?」
「誰だよその男!」
と群がって問い詰めても、瑠衣は困ったように眉を下げつつ、どこか楽しそうに受け流していた。
「まあまあ、落ち着けって。プライバシーに関わるからさ」
「プライバシーもクソもあるかよ! 東寺田の生徒なのか? それとも他校?」
「さあね。でも、すごく一途にその人のこと考えてるよ」
そんな風に、否定も肯定もせず絶妙に噂を煽る瑠衣。その姿を、教室の片隅の席から呪わしげに睨みつけている男がいた。
(……本当に言いふらしやがったな、あの変態筋肉ダルマ……!)
渉は、机の下で爪が食い込むほど拳を固く握りしめていた。学年トップを争う頭脳を持ちながら、いたずら好きでひねくれ者。小柄な体を揺らし、いつも不機嫌そうに斜に構えている彼は、周囲から「愛嬌皆無のクソガキ」と称されている。昨日、テストの勝負で勝った渉が、瑠衣の完璧なイメージを壊して失脚させるために下した最悪の命令。それが『他校の女子の告白を、男が好きだと言って断れ』だった。男子校でそんな噂が立てば、プライドの高いイケメンなら絶望して頭を抱えるはず――。そう思っていたのに、現実はどうだ。瑠衣は絶望するどころか、ノーダメージで噂の中心を楽しんでいる。それどころか、まるで新しいおもちゃを手に入れたかのような目で、チラチラとこちらを見てくるのだ。予鈴が鳴り、群がっていた生徒たちがしぶしぶ自分の席に戻っていく。張り詰めていた空気が少し緩んだその瞬間、瑠衣がすっと席を立った。そして、あろうことか、真っ直ぐに渉の席へと歩いてきたのだ。クラス中の視線が、自然と2人に集まる。いつも瑠衣に突っかかっているクソガキの渉と、それを余裕でいなす瑠衣。いつもの光景だ。だが、今日ばかりは渉の心臓が嫌な音を立てて跳ね上がった。
「おはよう、渉。ちょっといい?」
瑠衣は渉の机に軽く手を置き、いつもの極上のイケメンスマイルを向けた。
「な、なんだよ! 話しかけるな、筋肉ダルマ! あっち行け!」
渉はガタッと椅子を引いて立ち上がり、あからさまな嫌悪感を露わにした。いつものクソガキ全開の態度。しかし、瑠衣は一歩も引かない。それどころか、周囲の喧騒に紛れ込ませるようにして、渉にだけ聞こえる低い声で、耳元に顔を寄せた。
「他校の女子にさ、『その好きな男ってどんな人?』ってめちゃくちゃ追及されてさ」
「知るか! お前が勝手に適当な嘘ついて誤魔化せばいいだろ!」
「いや、命令通りちゃんと答えたよ。『頭は飛び抜けていいけど、背が低くて、ひねくれてて、愛嬌が世界一ないクソガキ』って。そしたら、そんな奴が本当にいるのかってみんな今、必死に心当たりを探してるよ」
「っ――――!!」
渉の顔が、一瞬で耳の先まで真っ赤に染まった。頭が良いはずの脳みそが、羞恥心で完全にオーバーヒートする。自分の特徴そのままだ。東寺田中、いや、この界隈でそんな条件に当てはまる人間は、目の前の瑠衣にいつも突っかかっている自分しかいない。
「お前、お前お前お前……!!」
「みんなにバレるの、時間の問題だと思うよ? 楽しみだね、渉」
瑠衣はクスッと意地悪に笑うと、渉の動揺を楽しそうに見つめた。完璧超人のプライドをへし折るはずが、気付けば自分がその「男が好き」な噂の渦中に引きずり込まれ、包囲網を狭められている。
「死ね!!! 変態筋肉ダルマ!!!」
限界を迎えた渉は、怒りと恥ずかしさのあまり、瑠衣の足の甲を思いきり踏みつけた。「いって!」と瑠衣が声を上げてのけ反った隙に、渉はフンと激しく鼻を鳴らし、教室のドアを乱暴に開けて廊下へと飛び出した。背後から「あ、また渉が瑠衣に突っかかってキレてる」「相変わらず可愛げねえなー」というクラスメイトたちの呆れた声が聞こえてくる。
(違う! あいつが変態なだけだ! 僕は絶対に認めないからな……!)
廊下を全力で走りながら、渉は自分の心臓が、怒りのせいだけではなく、うるさいほどバクバクと高鳴っていることに気付いてしまい、さらに深く足を踏み鳴らすのだった。
コメント
1件
おお、第3話読みました! 渉、まんまと瑠衣に逆襲されてて笑っちゃいました😂 「変態筋肉ダルマ」呼ばわりしてるけど、最後に心臓がバクバクしてる自覚しちゃうところが渉らしくて可愛い…いや、でもこれ、渉の負けフラグ立ってませんかね? 続きが気になる! らるあるとさんのキャラ同士の駆け引き、いつも絶妙で大好きです🫶