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「……帰って来てしまった」
学校が終わると友人と別れて真っ直ぐ目指す。見慣れた自宅を。
「う~ん、う~ん…」
家の中には華恋さんがいた。まだ学校に通っていないから外出という可能性はゼロに等しい。両親は仕事で妹も不在。つまり間に立ってくれる人間が1人もいなかった。
「はぁぁ…」
寄り道でもするべきだったのかもしれない。本屋かゲームセンターにでも。謝罪や自己紹介は未だに実行しておらず。罪悪感と恐怖感だけが精神を往復していた。
「……ただいま」
立ち尽くしていても仕方ないので中へと入る事に。静かにドアを開けてコソコソと進入した。
「んっ…」
リビングの様子を窺うが人の気配を感じられない。トイレやバスルームにも。廊下を進むと床が軋む音が反響。普段は気にも留めない存在だが今だけはとても耳障りだった。
「……あ」
「げっ!」
「お、おかえりなさい」
どうにか階段付近までやって来るが運悪く見つかってしまう。襖を開けて出てきた人物に。
「……やべ」
「え?」
「とうっ!」
声をかけられたのとほぼ同時にダッシュを開始。傾斜が急な段差を大慌てで駆け上がった。
「ふぃ~」
自室に突入すると扉を閉める。冷たい床にへたり込みながら。
「ゴホッ、ゴホッ」
まさか見つかってしまうなんて。焦りと混乱が思いもよらない行動に駆り立ててきた。
「う~ん…」
咄嗟に逃げ出してしまったが挨拶をしてくれたのに無視してしまったのはマズい。ただでさえ良くない印象を益々悪化させてしまったかもしれない。
「ま、いっか」
かと言って今さら引き返してただいまと言うのも変だろう。余計な事はしないに限る。能天気な思考はこのまま大人しく部屋に引き籠もっている決断を下した。
「……しょっと」
汗ばんでしまった制服を脱いで私服へと着替える。窓を開けると空気の入れ替えを開始。なんの制約にも縛られない自由な時間を過ごした。
「どうしよう…」
30分ほど漫画を読みふけっていると体に異変が訪れる。大抵の生物に備わっている自然現象が。トイレは一階にしか無いため用を足すには階段を下りなくてはならない。同時にそれは華恋さんと遭遇してしまう危険性も秘めているという事だった。
「よし…」
覚悟を決めると一階へと向かう事に。部屋のドアを開けて転ばないように階段を下りた。
「ふいぃ…」
そして不安を他所に任務は無事に成功する。何のトラブルもなく達成出来た。
「あはは」
恐らく向こうもこちらを警戒して出歩けないのだろう。何故だか勝ち誇ったような気分が湧き上がってきた。
「……ん」
同時に別の感情も発生。憫然にも近い虚しさが。
いきなり知らない家で生活させられる事になったのに朝から夕方まで放置。話し相手もいやしない。同じ立場に立たされたら誰でも嫌になるパズ。そう考えると次第に彼女の事が可哀想に思えてきてしまった。
「あの…」
「あ、はい」
「喉乾いてませんか?」
「え?」
客間へとやって来ると襖を開ける。控え目な口調で話しかけながら。
「烏龍茶とリンゴジュースならあるんですけど飲みませんか?」
「あ……大丈夫です。さっき水道のお水貰いましたから」
「な、なるほど」
当たり障りのない話題で接触。しかし返ってきたのは拒否を示した台詞だった。
「じゃあ、お腹空いてませんか?」
「お昼におばさんが用意してくれていたおにぎりを食べたから大丈夫ですよ」
「そうですか…」
次は食べ物の話題に。だがまたしても空振りで終了。
「リ、リビングに行ってテレビ見ませんか?」
「テレビ……ですか」
「この部屋って何もないから退屈でしょう。じゃあ、こっちこっち」
「あ、はい」
それでもめげずに声をかけ続ける。努力の甲斐もあってか部屋から連れ出す事に成功した。
「そこら辺に適当に座っちゃってください」
「……すみません」
彼女をソファに座らせるとキッチンへ。冷蔵庫から烏龍茶のパックを取り出し、2つのグラスに注いだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
リモコンに手を伸ばしてテレビの電源をつける。画面に映し出されたのは時代劇の再放送だった。
「今日ずっとあの部屋にいたんですか?」
「一応…」
「退屈じゃなかった?」
「えっと、まぁ…」
「ですよね。1人だから話し相手もいませんし」
「……あはは」
問い掛けに対して乾いた笑いが返ってくる。緊張している心境が窺える仕草が。
「勝手にテレビとかつけちゃって良いですよ。他に誰も見る人いませんし」
「は、はぁ…」
「喉が乾いた時も冷蔵庫の中の物を飲んじゃって構わないですから」
遠慮する彼女に対して半ば強引に行動を指示。こうでも言わないとずっと窮屈な生活をする羽目になってしまうだろうから。
「あれ? クッションが温かい」
「あ……天気が良かったので外に干しておきました」
「そうなんだ。ありがとうございます」
何気なくソファに置かれている物体に接触。手に気持ちの良い温もりが伝わってきた。
「あの、もし良かったら私が夕御飯を作ろうと思うのですが…」
「え? いやいや、そんな。悪いですし」
「でもおばさん達が帰って来るのって結構遅い時間になりますよね?」
「……まぁ、そうだね」
思わず否定してしまったがよく考えればとても助かる提案。両親が共働きという環境を考えれば余計に。
「料理は得意なんですか?」
「得意……という訳ではないのですが何かお力になれれば良いなぁと思いまして」
「なるほど…」
もし実行してもらえるなら母親の負担も減るハズ。何より彼女の手作り料理に興味があった。
「ならお願いしちゃっても良いですか?」
「わかりました。何か食べたい物のリクエストはありますか?」
「に、肉じゃがで」
「はい?」
提案したのは定番中の定番料理。他にも候補を考えたのだが結局ベタに落ち着く事に。
「え~と…」
「材料揃ってますか?」
「はい、何とかなりそうです」
キッチンへ移ると冷蔵庫の中身を確認する。必要な具材を取り出しテーブルの上に並べた。
「僕も手伝いますよ」
「いえ、私1人で大丈夫ですからソファに座ってらしてください」
「でも…」
いくらなんでも任せっきりというのは悪い。心の奥底から湧きあがってくるのは普段は持ち合わせていない使命感だった。
「雑用なら何でもやります。野菜を切ったり鍋をかき回したり」
「……すみません、なら玉ねぎの皮を剥いてもらえますか」
「わかりました」
強情な態度を貫いていると彼女が折れる。茶色い物体を2個渡された。
「ほっ、ほっ」
サッと終わらせた後は華恋さんに渡す。作業後は役に立てそうな仕事が無かったのでソファに座ってテレビを見る事にした。