コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ただいまぁ」
「おかえり~」
「あれ? 良い匂いがする」
しばらくすると妹が帰宅。彼女は姿を現すなり犬のようにクンクンと鼻を動かし始めた。
「ジャガイモ茹でてる匂いだよ」
「ジャガイモ? 何を作ってるの?」
「肉じゃが」
「えぇっ、まーくんが!?」
「ふふふ。だとしたらどうする?」
「嘘つくのやめようよ。超が付くほど料理ヘタクソじゃん」
「……それはお互い様じゃないか」
自分も彼女も料理は全くしない。なので驚きのリアクションは至極当然の流れだった。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま。もしかして華恋さんが料理をしてるんですか?」
「はい。ダメだったでしょうか…」
「いや、むしろありがたいです。助かります」
「とりあえず手を洗ってきたら? うがいもしてきなよ」
「あ、そだね」
女性陣が言葉を交わす。他人行儀な口調で。
指摘されて気付いたが辺りが香ばしい。食欲をそそる匂いが家中に充満していた。
「……お腹空いてきたな」
その後、日が沈む前に両親も帰宅。華恋さんの事もあるので早く仕事を切り上げてくれたらしい。タイミング良く肉じゃがも完成したので皆で早めの夕食をとる事になった。
「美味しい~」
「本当。華恋ちゃん、料理上手ね」
「いえ、そんな事ないです」
「お母さんも料理得意だったからその遺伝かしら」
「そ、そうですね…」
各々が賛辞の言葉を口にする。お世辞ではなく本心で。
「アンタ達もちょっとは華恋ちゃんの事を見習わないと」
「うぅ…」
しかしその出来事は別のトラブルを生成。母親から皮肉のような台詞を浴びせられてしまった。
「あの…」
「ん?」
「もし良かったらこれからは私が料理を担当しようかと思うんですが」
「え!?」
箸を進めていると華恋さんが意見を掲げる。全員の意識を集めてしまうような内容の提案を。
「晩御飯を毎日作るって事?」
「はい。出来れば夜だけじゃなく朝や昼なんかも」
「1日の食事を全て担当するって大変よ?」
「大丈夫です。私、やります」
「でも…」
「それに1日中この家にいるから時間はタップリありますし」
「う~ん…」
母親がすぐに反論。だが彼女の決意は少しも揺らがなかった。
「本人がやりたいって言ってるんだから良いんじゃない?」
「けどねぇ…」
「華恋さんがご飯作ってくれるなら母さんも助かるだろうし。僕も香織も料理を教わる事が出来るしさ」
「まぁ…」
横から助け舟を出す。どちらにも角が立たない言い方で。
きっと彼女は何を言われても一歩も引かないだろう。それに何かしらの役割を持たせてあげた方が遠慮せずに我が家に馴染めるんじゃないかと考えていた。
皆で話し合い、朝は今まで通り母親が。夕御飯は華恋さんが担当する事になった。
「でも来週からは華恋ちゃんも学校に通わなくちゃならなくなるんだから無理はダメよ」
「はい。ありがとうございます」
「お礼を言わなくちゃいけないのはこっちの方よ。ありがとうね」
「えへへ…」
食卓の場に明るい返事が響き渡る。張り積めた緊張感を解してくれる笑顔が。
「あともし良かったら皆さんのお部屋もお掃除しようかと考えてるんですが…」
「い、いや……僕の部屋はいいです」
「え?」
続けざまに彼女が口にした意見を即座に拒否。どんな理由があれ自室には絶対に踏み込んでほしくない。本棚の裏側に秘密の花園が隠されているからだ。
それから夕御飯を済ませた後は皆でテレビを見ながら寛ぐ事に。順番に風呂に入り1日の疲れを洗い落とした。
「そういえば華恋さんの着替えとかはどうするの?」
「何着かは持ってきてあるけど、それだけじゃ足りないかもだから香織のを貸してあげて」
「ほ~い」
新しい家族についての打ち合わせを繰り広げる。入浴中でいない本人不在の場で。
「あと週末にでもアンタ達で買ってきてほしいんだけど」
「僕達が?」
「土曜日は母さんと学校行かなくちゃならないから日曜日に。はい、お金」
「ん、了解」
思いもよらない任務が発生。母親から一万円札を受け取った。
「へっへへへ…」
どうやら彼女と一緒に買い物に行けるらしい。しかもかなりプライベートに踏み込んだ案件で。もはや頭の中からは痴漢行為をしてしまった過去や、同居に反対していた感情が消え失せてしまっていた。