「13人も死んだ。おかしくないか?」
黒く艶やかな軍服が、淡く暖かい太陽に光る。いきなり死者の話をされてきょとんとしていると、徇は受験生の名簿を見ながら、苛立ちげに続けた。
「オレが助けた数も合わせれば、少なくとも50人は死の危機に直面していたということだ。125人いて50人以上が死にかけるなんざ、余程のポンコツまみれだったか、何かの手が動いていたかの2択しかないだろ。」
「なるほど。つまりジュンは、ジュンのところの受験生に出来の悪い子が多かったか、何かが裏で企まれていたのか、そのどちらかだと言いたいんだね。」
徇の隣に座っている少年が言う。体がとても小さく、見た目で判断するに恐らく10歳ほどであろうか、彼の周りにある机も椅子も、やけに大きく感じられる。しかしその顔からは、この場にいる誰よりも「只者ではない」といった雰囲気が漂っていた。
「……オレ、そう言ったよな。言い換える必要があったのか?」
「ううん、ない。そんなことは置いといて、その何かを企んでいる人たちに心当たりはあるの?」
「ああ、そうだ、その話がしたかった。今回の実技試験で起こった大量殺人の犯人をとっ捕まえることが、オレたちの当分の課題になりそうだ。オレにはさっぱりだから、お前たちの考えを聞こうと思ってな。」
「うーん。ジュンたちに言っていいのかわからないけど、実は今、本業の先輩たちが追っている犯罪組織があるらしい。その組織は鄼哆王国に拠点を置いていて、縷籟を初めとした色んな国で犯罪行為を横行してるんだけど、縷籟の警軍が逃がすはずなくて。結構追い詰められてるみたいだから、今回、テロみたいな形でスパイを送り込んで殺人したのかもね。」
「へぇ、それは大変だ。鄼哆の警察は何してんの?」
「鄼哆は昔に政府が倒産して、今は無法地帯になってるよ。店もないし会社もない、唯一稼働してるのは、自称「政府の意志を受け継いだ」大きな組織が運営している鉄道だけ。あ、この大きな組織と、今縷籟が追ってる犯罪組織はまったく別ね。学の無さが露呈したね、トトくん。」
その小さな少年・鈴村 灯向は、向かい合うように座る長身の男を馬鹿にしたように笑った。
「はっは。レント、バカだからわかんなーい」
「これは重大な話だ。いーんちょ、レント、ふざけるのはやめてくれ。」
「ボスが先にふっかけてきたんでしょ。俺悪くないから。」
トト、レント……そう呼ばれた男が、上唇を尖らせて灯向を見る。
「しっかりしろよ、オレたち、もう最高学年なんだぞ……なあ。」
窓から風が吹いた。それに連れられ舞い込む桜は、新たな生活を送る者たちの背中を押している。
その場の4人は、黙った。そのうち、先程までずっと黙っていた1人が、まるで詩を詠むかのように話し始める。
「小難しい話はやめようよ。空が、雲が、風が、桜が、まるでボクたちの未来を明るく照らすかのように、ふわふわと光ってるじゃないか。」
彼の長い髪は後ろにまとめられ、首元には、先程の言葉にはとても似合わない、薄汚れたゴーグルがある。
3人は何も言わなかった。ただ、不思議な雰囲気に包まれた教室で、彼の次の言葉を待つ。
「ほら、外を見て、1年生だ。もうすぐ入学式も始まるでしょ、今は存分に、あの子たちの入学を祝わなければ。彼らにとって、ボクらが入学式に出向くこと、それはボクらが思っている以上に、とても価値のあることなんじゃないかな。」
「……そうだね。ユウがそう言うなら、この話は先生方に任せよう。ジュン、トト、ユウ、式場に行こうか。」
3人はバラバラに頷く。
風に運ばれた桜と緑の香りを残して、特待生4年の4人は、静かにその場を後にした。
「只今より、縷籟警軍学校 第213期 入学式を開式いたします。」
綺麗に並べられた椅子には、約100人もの生徒が、背筋を伸ばして座っていた。
説明会の時の会場と変わらないはずなのに、今日はやけに狭く感じる。入学が決まったことで、縷籟警軍学校への憧れの感情が薄れ、無意識のうちにここをただの母校だと脳が理解したのか、はたまた後ろにいる大勢の先輩方のせいか。それぞれにカスタマイズこそされているものの、似通った真っ黒な軍服を着て美しく着席している先輩方は、それはもう輝いて見える。
縷籟警軍学校の入学式は特殊である。いや、縷籟警軍学校自体が特殊である、というほうが正しいかもしれない。この学校は学習面において、所謂「義務教育」といった一般常識程度の知識しか教えないが、何歳からでも入学可能なうえ、あくまで「警軍」を育成する場なので、長ったらしい校長の話や誰かも知らない来賓の言葉などが全て省かれるのである。
この入学式で執り行うことといえば、どちらかと言えば寮の部屋割りやクラス発表が主であり、その多くはあまり入学式らしくない。彼らが唯一緊張感を持って臨むのは、特待生紹介、たったそれだけだ。新入生だけでなく、先輩や教員たちまでもが、この特待生紹介を心待ちにしている。
するとさっそく、司会の者が、言葉に力を込めて言った。
「まず初めに、今期の特待生を紹介します。名前を呼ばれた生徒は起立しなさい。」
緊張が走った。
今期の4年、つまり灯向や徇の年には4人の特待生がいるが、年が経つにつれ、その人数は1人ずつ減っていっている。昨年度の特待生はわずか2人しかおらず、しかもその2人ともが特待入学ギリギリだったので、縷籟警軍の人材不足は明白だ。もちろん、奇跡の世代……今年の4年生4人が優秀すぎたが故に後輩が見劣りしてしまったのも1つの原因である。果たして今年はどうなるのか、全員が期待をしていたのだ。
そしてついに、待ちに待った特待生の名前が呼ばれていく。
「木頭 光。」
「七瀬 みずな。」
「氷高 翔空。」
「雨宮 颯希。」
「首席合格……小城 桜人。」
5人。なんか、多くないか……そんな困惑も混じりながら、会場は大きな拍手に包まれる。
期待、尊敬、羨望、嫉妬。色々な視線を浴びながらも立つ5人は、明らかに、会場の中の何よりも美しかった。
「帝王の仰せの下に。縷籟警軍学校、特待生にようこそ。すでに会ったことある奴もいるが、オレはこの学校の特待生、そして風紀委員長をしている、4年の黒瀬 徇だ。縷籟の民に序列など存在しない、好きに呼ぶといい。オレに限った話でもない、ここでは、先輩に敬意を払う必要などないからな。人を呼んでくるから、待っていてくれ、自己紹介でもしてれば良い。」
徇がいなくなると、その場には、気まずい空気が流れた。入学式が終わり、いきなり憧れの先輩が来たかと思えば、初対面の人たちを置いてどこかへ行ってしまったのだから、無理もない。
「あー……これ、自己紹介したほうがいい感じか?」
長髪の少年が、少し笑いながら先手を切った。
「よぉ、俺は氷高 翔空。ヒダカ、トアだ。よろしくな。」
この人間社会は昔から、彼のような「コミュ強」に支えられているのであろう。翔空の言葉は聞き取りやすく、無邪気に微笑むその顔は少々生意気さが滲み出ていたが、少なくとも悪い奴ではなさそうである。
「じゃあ、ぼくも。ぼくは小城桜人だ。呼びにくいだろうから、サクラって呼んで。」
「サクラの友人の木頭 光だ。よろしく。」
傘は貸したが、友人になった覚えは無い……そんな視線を桜人から感じながらも、光はなんとか自己紹介を終える。光は翔空や桜人と違い、複数人の前で話すのは得意ではない。
さて、残り二人だ。一方は興味も無さそうにダンマリしているため、仕方なく、もう一方が微笑みかける。
「私は雨宮 颯希っていうの。勘違いされるけど、ちゃんと男だよ。みんなとは仲良くなりたいと思ってるんだ、よろしくお願いします!」
確かに、女子のような髪型にヘアピン、声は高く体つきも華奢だ。それはもう、どんな方法であの過酷な実技試験をくぐり抜けたのか疑問に思うくらいには上品で可愛らしい。世の中、色んな人がいるものだ……残りの1人を見ると、彼は4人から目線を逸らした。
こちらも颯希ほどではないが、随分と可愛らしい見た目をしている。それに気が付かなかったのは、彼の表情から滲み出る愛想の悪さが原因なのだろうか。しばらくして、彼はやっと口を開いた。
「……七瀬 みずなです。気持ち悪いからそんなに見ないで。」
みずなはキッパリと言い切った。初対面でこれから友人になろう相手にダンマリを決め込み、流れを無視し、挙句の果てには「気持ち悪い」……。
あぁ、こいつとは仲良くなれない、その場の全員が察した。もっとも、本人を見るに、こちらとつるむ気は到底あるとは思えない。
少しギスギスした空気がしばらく流れた。何分経っただろうか、そろそろ何か言った方がいいのでは無いか、すると突然、部屋のドアが開いた。
「こんにちは〜、帝王の仰せの下に。俺は2年の月山 陸っていいます、よろ〜。えーっ、新入生かわいいのだが〜!」
色が抜かれた髪と眉、腰に巻かれた上着に、ベルトからジャラジャラとなる多くのキーホルダー。間違いない、これは所謂「ギャル」というやつである。
「お前たちの面倒を見てくれる、ツキヤマ リク。見ての通り相当頭の弱い奴だが、一応特待生だ。意外と頼りになるから、なにかあったらそいつを、そいつにも無理そうなくらい重大なことはオレかいーんちょか、それか生徒会長を頼れ。」
「ちょ、頭が弱いってなに?ジュンちゃんひっど、パワハラだ〜!」
「……こんな奴だが、仲良くしてやってくれ。じゃあ、オレは用があるから、案内は頼んだぞ。」
徇は去っていった、1年生からしてみれば絶望である。このノリの先輩に案内されるのか、なるほどキツい。
「ジュンちゃんね、用があるって言ってたけど、今から君たちの夜ご飯つくってくれるんだよ。メロいよね〜!」
「え〜、マジで?メッロいな、クロセやべー!」
「お、君は話がわかるねえ。トアくんだよね、俺ら仲良くなれそう〜」
いきなり順応する翔空の圧倒的陽キャ感に眩しさを感じながらも、陸に連れられ、1年生は部屋を出た。
「そうだ、俺の友達を紹介させて。」
陸の口からスラスラ出てくる説明を聞き流して、しばらく経った頃。2年生の教室を通りかかると、陸はそう言って、教室に入っていった。
彼は騒がしい人だが、どうやら、思っているほど馬鹿な人間ではないらしい。徇がどのような基準で彼のことを「頭が弱い」と評価したのかは不明だが、説明のわかりやすさを始め、様々な言葉の端々から、彼がただのギャルではないことが伺える。もっとも、彼は特待生だ、そんなことは当たり前なのだが、そう感じてしまうほどに、最初のインパクトが大きかったのだ。特待生とはもっと凛々しく、近寄り難い孤高の存在であるというイメージは、どうやらかつての自分たちが抱いていた、特待生への憧れが見せた幻らしい。
しばらくすると、陸は、1人の少年の腕を引っ張って戻ってきた。ただ、その少年は少し抵抗しているように見える。
「紹介するよ、俺の友人のソラちゃんだ。」
「あっ…………あ、えっと……………こんにちは。」
ソラちゃんと呼ばれた少年は、1年生の視線を浴びるやいなや、みるみる赤くなっていった。
「ぼっ僕は、ほほ、星川、空って…………いい、ますっ!リクくんとは、えっと、前の学校からの友人で……僕が後輩なんだ、えっと、えっと……よろしくっ。」
「なーに緊張してんの、念願の後輩だよ!今の2年生で特待合格したのは、俺とソラちゃんだけなんだ。俺らの他に、奇跡の世代……ヒナタくんとかジュンちゃんがいる4年生に4人、影はうっすいけど3年生に3人の先輩がいて、君たち合わせて……えっと、4、7、9…………15人の特待生がいるんだ!」
「あっ……えっと、リクくん、14人だと思うよ……」
「え?あはは、間違えた!」
空は伸ばしっぱなしの長い前髪で片目を隠している。それは余計に、彼の内気な性格を強調していた。黙りっぱなしの1年生を見て、彼ははにかむ。頼りがいは無さそうだが、いい人そうだ。
「さて、寮にでも行きますか〜!うちの学校の寮は一軒家みたいな感じなんだけど、1つの家に4つしか部屋がないんよね〜。だから君たちには申し訳ないけど1人だけ、3年といっしょに生活してほしくてね〜。その1人を話し合いで決めてほしいんだ。」
「あー……ね。マジか!」
翔空が同級生を振り返った。今の1年生は、まだ自己紹介しかしていない。しかもその自己紹介ですらギスギスしたのだ、部屋決めなんて、いや、話し合いなんてできるはずもないだろう。
「なあなあ、リク、お前らも入学当初はこんな感じだったのか?」
翔空は小さい声で陸に訊く。
「うーん、俺たちは元々知り合いだったからなあ。あ、でも、3年生は今でもこんな感じだよ。ううん、正しくは、2人組ができちゃって、余った1人が4年生にくっついてる感じだけど。大丈夫大丈夫、トアくんがいればどうにでもなるよ〜!」
「いやいや、流石にこれはねえって。」
陸は面白そうに笑うと、1年生と、隣でトボトボとついてくる空を振り返った。
歩いていくうちに、いつの間に外に出たのだろうか、青空に光る緑が美しい。
「あそこに見えるのが、特待1年生の寮だよ。あ、一般生徒たちは普通のアパートで修学旅行みたいな感じで生活してるんだけど、特待生はまるまる一軒家で家族〜シェアハウス〜てきな感じで生活してるからさ、君たちもこれから、一般生徒に囲まれると思うけど、くれぐれも自慢とかはしちゃだめよ。
けどもし何もしてないのに、一般生徒からちょっかいかけられたら、俺じゃなくてジュンちゃんにチクるんだよ。そうすれば、3日後には退学になってるから。縷籟は法典の国、何よりも規律を重んじ、規律の下に従うのが縷籟警軍だから、この学校においてあの人の権力は生徒会をも凌駕する。」
それじゃまた、話し合って決まった1人はまた別の人が迎えに来るから……そう言って2年生の2人は、そそくさと道を引き返していった。
「……さて、どうする?」
翔空は面倒そうに、その場の同期たちに訊いた。
「ぼく、ミツルくんと同じ家がいいな……」
「おれも、サクラと同じがいい。悪いが、3人で決めてくれないか?」
「えぇ、それはずるくない?私だって1年生のみんなと同じがいいよ……!」
これは、自分が引かないといけないやつか。翔空は嘆いた。
(俺もこいつらとがいい……ってか、3年のセンパイと同じ部屋が嫌だ!)
「……いいよ、僕が行く。君たちは仲良く、4人で生活すればいい。」
「……え?いいのかミズナ、3年なんて、1番得体が知れねえぞ。」
「いいんだ、負い目を感じる必要も無いよ。僕が決めたことなんだから。じゃあね。」
「お、おう……サンキューな、ミズナ。」
みずなはくるっと背を向けて、どこかへ行ってしまった。
「良かったのかな、ミズナくん……」
「わっかんねえな、アイツ。ま、アイツが良いなら良いだろ。」
「それもそっか……ねえねえトアくん、トアくんはどんなウエポンを使えるの?」
4人はそれぞれ仲良し同士で会話しながら、みずなとは別方向に……これからの4年間、彼らの家となる場所を目指して、歩き始めた。
続く
ジュン、ヒナタ、ユウ
ソラ
ミツル、ミズナ、トア、サツキ
キャラ提供ありがとうございました🌸
まだまだ増えます。ぜひ今後ともよろしくお願いします。
(性格・口調を大きく変更してる子がいます。ご不満であればご相談ください、善処いたします。)
コメント
2件
新入り1年たちのギスギスしてる感じかわいい... これからの展開楽しみでございます!