「難しい柄?」
大葉の言葉に岳斗が小首を傾げて羽理の方を見て、杏子も同様に視線を動かすなりぱぁっと瞳を輝かせた。そうして「羽理ぃー! よく見たらこの浴衣、お野菜柄じゃないですかぁー! 凄いです、凄いです! めっちゃ土恵っぽいですよぅ!」と、羽理の手をりんご飴を持っていない方の手でギュッと握って上下に揺する。
「あぅっ、杏子ぅー、実は私、それがすっごく恥ずかしいの。だからお願い、指摘しないでぇー」
羽理の手を握ったままキュルンッとした愛らしい瞳で見つめてくる杏子からそっと視線を逸らしつつ、羽理が力なくゴニョゴニョ抗議したら杏子がキョトンとした。
「羽理、ひょっとしてこの浴衣、気に入ってないの?」
大葉の伯父でもある土井社長が用意してくれた浴衣だ。甥っ子の大葉の手前、肯定するのも憚られた羽理がモニョモニョと口ごもっていたら、杏子が「確かにすっごく斬新な柄だけど、私は羽理にめちゃくちゃ似合ってると思うんだけどな? 心配しなくてもちゃんと可愛く着こなせてるよ?」とニコッと微笑みかける。
そんな杏子にすかさず大葉が「だろ!?」と前のめりに肯定して、岳斗も恋人の見立てを認めるみたいに「荒木さん、僕もとても似合ってると思いますよ? 自信を持って?」と励ましてくれる。
みんなに「可愛い」「可愛い」と褒められまくった羽理は、奇抜な浴衣を着ているという羞恥心とは別の意味で恥ずかしくなった。
と、そこへ「きゃー、もしかしてそこにいるの、羽理と杏子じゃないのぉー!?」という声が飛んで来る。
ぴょんぴょん飛び跳ねながらこちらへ手を振っているのは、どうやら法忍仁子らしい。
休日にお出かけするにはやけに大きな荷物を提げた仁子に、杏子以外の三人が小首を傾げた。
「今日、ここの神社、お祭りだったんだねっ。たまたま通りかかったら賑やかだったからつい来ちゃった♪」
大きなスポーツバッグを肩から下げた仁子に、「ジムの帰りですか?」と杏子が意味深な笑みを向けて。
「しーっ!」
途端羽理と杏子を両腕で囲うようにして男性陣から離すと、仁子が「一時間なんてあっという間よ」とひそひそ声で囁いた。どうやら仁子、この近くのジムへ行ってきた帰りらしい。
それでやっとぴんときた羽理は「ねぇ仁子。例の彼、攻略は順調なの?」と仁子の顔を覗き込む。
「うっ」
羽理の問い掛けに声を詰まらせた仁子に、杏子が「そうだっ!」とりんご飴を揺らしながら手を打ち鳴らした。
「今からみんなでこの神社に住んでる猫ちゃんを探すんですけど……仁子も参加しませんか?」
羽理の方を見てウィンクする杏子に、「多分ね、裏手の方にいるんじゃないかと思うんだ」と羽理もうなずく。
「おい、お前ら。なに三人でコソコソやってんだよ」
そこへ大葉がしびれを切らしたみたいに仁子から羽理を奪取して、それに倣うみたいに岳斗も杏子の手を引いて自分の方へ引き寄せた。
「あのね、大葉、ここに棲みついてる猫ちゃんいるでしょ? 三毛の」
「ああ、あのデブ猫か」
「ちょっと、言い方! ふくよかちゃんって言ってあげて!」
居間猫神社の三毛猫と同じくらいの体格をした実家の愛猫〝毛皮〟をふと思い出した羽理は、「デブなんて失礼よ!」と付け加えた。
「あ、ああ、すまん。そうだな。あ、アレは……ふくよかな猫だ」
羽理の剣幕に押されたみたいに大葉がうなずくのを見て、岳斗と杏子がクスクス笑う。
「なに、なに、なんなの? ここ、そんな真ん丸な猫がいるの?」
何も知らない仁子がそうつぶやいたと同時、「わー、やっぱりいたぁー!」とやけに嬉しそうな声が喧噪を割り開くように届いてきて、四人一斉に声がした方を振り向いた。
そうして人混みに紛れながらも大きく手を振る長身の姿を認めるなり、大葉が「ゲッ」と漏らして羽理を抱く腕に力を込める。
「五代くん!?」
羽理がビックリしたようにやや釣り気味のアーモンドアイを見開いて後輩の名を呼んだら、「気のせいだ、羽理。こんなところにアイツがいるわけない」と大葉が即行で否定する。
そんな大葉に「いや、どう見てもあれ、五代くんですよ?」と仁子が余計なことを言うのをキッと睨みつけているうちに、声の主――五代懇乃介――が人波を掻き分けるようにして四人のそばへと辿り着いた。
「荒木先輩。俺、すっごくすっごく先輩にお会いしたかったですっ! っていうか浴衣じゃないですかぁー。めっちゃ可愛いです! 眼福です! 有難うございます!」
一気にあれこれまくし立てる懇乃介を見詰めながら、羽理はまたしても浴衣を話題に出されたことを居心地悪く感じてしまう。
そういえばこの後輩、月に一度は先輩の顔を見なければ息が詰まるとか言っていたことがあったな、と思い出した羽理だったけれど、浴衣の件もあってだろうか。三ヶ月以上会えなくても元気にしてるじゃない、と意地悪なことを思ってしまった。
コメント
1件