「久しぶりね。元気にしてた?」
「元気なわけないじゃないですかぁっ。先輩がいないのに! あー、でも! 今日先輩の浴衣姿を見られたので一気にフル充電された気分です! 元気百倍アソパソマソです!」
幼児向けキャラクターのセリフを織り交ぜながら幻のしっぽをブンブン振る懇乃介に、大葉が「気安く俺の羽理を見んな!」と、羽理を懇乃介から遠ざけて……。仁子がそんな大葉のセリフに被せるように「まぁ! 私と杏子がいつもニコニコ笑顔で対応してあげてるっていうのに、なんて可愛げのないことを言う子でしょうね!?」と言い放った。
自分を恋しがる懇乃介に、幻の犬耳と尾っぽが見えた気がした羽理だったけれど、すぐさま仁子のスポーツバッグがバシッと彼のお尻にヒットして懇乃介が悲鳴を上げたと同時、立ちどころに消えてしまった。
「酷いですよ、法忍先輩!」
キャンキャン吠える懇乃介の眼前に、「酷いのはどっちよ!? いい加減新体制に慣れなさいよね!?」と、仁子が手にしていたスポーツバッグをグイッと突き出した。
「えっ?」
いきなり視界を奪った荷物に戸惑うワンコへ、 「私と杏子を蔑ろにした罰として、荷物持ちを命じます!」
ふふんっと鼻を鳴らして仁子が言い放って、大葉がそれに乗っかるように「五代よ、財務経理課を怒らせると働き辛いぞ?」とククッと笑う。
「なぁ、岳斗、そうだよな?」
同意を求めるように岳斗を見遣った大葉に、「確かにうちの可愛い部下たちを大切にしないのはいただけませんね」と岳斗がにこやかな腹黒スマイルを浮かべる。
「あっ……。とはいえ、僕の杏子ちゃんのことはそんなに気にしなくていいので、五代くんは法忍先輩のご機嫌を損ねないよう気を付けて下さいね?」
杏子と繋いだ手を意識しながら、岳斗は思う。
杏子と荒木羽理は何となく似ている。自分も元々は羽理に惹かれていたはずなのに、気が付けばいつの間にか荒木羽理に似た容姿を持つ杏子に惚れこんでしまっていた。
実感を伴ったその事実を失念していない岳斗は、今から羽理と大葉が入籍をすると言っていたことを思い出して、懇乃介の好意の矛先が、既婚者よりはハードルが低かろう自分の恋人へ向くことがないようしっかりと牽制しておく。
「なんか四面楚歌なんですけど!」
文句を言いながらも、しっかりと仁子の鞄を持つ懇乃介に、羽理はクスッと笑ってしまった。
「ところで……五代さんもこのお近くにお住まいなんですか?」
杏子の言葉にみんなして『確かに!』と思ったと同時、懇乃介が「まさか!」と言い放った。
「たまたま市報を眺めてたら居間猫神社のお祭りが今日あるって書かれてたから来てみただけですよ。僕の家はここから電車で二駅は離れてます」
「五代、お前そんなに祭りが好きだったのか」
懇乃介の言葉に羽理をギュッと腕の中へ抱き寄せたまま、大葉が問い掛けたのだけれど。
「え? お祭りはそんなに好きってわけじゃありませんよ? ただ……」
そこまで言って大葉に包み込まれた羽理をじっと見つめると、ワンコがにっこり笑って続けるのだ。
「荒木先輩は猫がお好きじゃないですか♪ 居間猫神社って書いてあったから、もしかしたらお会いできるんじゃないかなって思っただけだったんですけど……ビンゴでしたねー♪ 実は俺、前に荒木先輩がここの御守をお財布に付けてらしたの見たことがあるんですよ」
この辺の行動力と観察眼の鋭さが、懇乃介が営業向きだと思える所以なんだよね……と羽理が感心したと同時、「お、お前は羽理のストーカーか!」と大葉が羽理をますます深く抱き込んで、懇乃介の視界から遠ざけてしまう。
「もぉ、大葉苦しいです」
大葉のヤキモチを可愛らしく思いながらも一応に抗議して、羽理は懇乃介に向き直った。
「ここの神社ね、縁結びの力が凄いの。五代くんも素敵な出会いがあるよう、私たちとお参りしていかない?」
羽理の言葉に大葉が「おい、羽理!」と慌てたと同時、「私ね、ここの御守のお陰で大葉と結婚出来ることになったの」と続けて大葉の左手に自分の指を絡めると、きらりと光るペアリングを懇乃介に見せつけた。
「五代くんにもきっと、私たちみたいにかけがえのない相手が出来るって信じてる」
羽理の言葉に、大葉が「羽理っ」と感極まって、懇乃介が「荒木先輩。俺にはもう、絶対に脈はありませんか?」と眉根を寄せる。
羽理はそんな懇乃介にコクッとうなずいてみせると、「私、大葉以外の人を好きになれる気、しないから」と、なんの迷いもなく言い放った。
羽理の真っすぐなまなざしに、懇乃介は一瞬だけグッと唇を噛んでから、「屋久蓑副社長、荒木先輩。俺も……お二人の結婚式には招待してくださいますか?」とちょっぴり悲しそうな顔をして微笑んだ。
大葉がそんな懇乃介に「もちろんだ」と存外穏やかな気持ちで答えられたのは、きっと羽理の揺るぎない言動のお陰だろう。
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