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【ACCESS GRANTED】
【STORAGE — B2 INNER】
表示が確定した瞬間、扉の奥の空気が“ひとつ分”増えた。
目に見えない膜が、押し広げられるみたいに。
ハレルはネックレスを握り直し、息を吸った。
「――行くぞ」
木崎が前に出る。
「待て。まず音。……来る」
耳を澄ませると、遠いはずの足音が“すぐ隣”で鳴った気がした。
距離が壊れている。
サキが小さく呟く。
「……ここ、息が冷たい……」
搬入口の奥、B2へ降りる階段。
踏むたび、コンクリートの感触が薄くなり、途中から“別の石”が混じり始めた。
色は黒、表面はざらついているのに、触れた気配だけがやけに滑らかだ。
そして――最奥。
丸い部屋。
天井の高い円形の空間の中心に、一本の柱が立っていた。
現実の建築ではありえない材質。黒い石の柱。
柱の根元に、装置が埋まっている。
装置の形は“現実の端末”に近いのに、スロットだけが異様に見覚えがある。
細い鎖。丸い意匠。
――ペンダントの形。
木崎が、唇を引き結ぶ。
「……当たりだな。旧本社地下の“内側”。ここが、扉の根だ」
ハレルは一歩、柱へ近づいた。
その瞬間、皮膚の上を風が撫でた。冷たいのに、どこか“乾いている”。
潮でも油でもない。
古い紙束の匂い。記録庫の匂い。
そして、柱の表面に――一瞬だけ“別の光”が映った。
銀色の編み込み。
青白い光を放つ腕輪。
剣を構えた女の影と、脇腹を庇う青年の影。
ハレルは目を見開いた。
「……アデル……? リオ……?」
◆ ◆ ◆
【異世界・ミラージュ・ホロウ/心臓室】
柱の装置が、勝手に点いた。
【LOCK:MAIN KEY REQUIRED】が、薄く消えかけている。
リオは息を呑む。
「……反応が変わった」
アデルの左腕――腕輪が淡く脈を打ち、空間の歪みがほんのわずか“真っすぐ”になる。
イヤーカフからノノの声が飛び込んだ。
『来た! 主鍵が近い! 同期率が跳ねる! 今、柱の“形”を保って!』
「わかっている」
黒ローブ三人が、同時に動いた。
狙いが変わる。
柱でもない。アデルの剣でもない。
――“装置のスロット”。
「呼ばせない、って顔だな」
リオが低く言い、腕輪に指を当てる。
青白い光が弾け、床の黒霧が一瞬だけ散った。
「アデル、来る」
「来させる。――そのためにここにいる」
◆ ◆ ◆
【境界融合点/同時刻】
現実の丸い部屋が、ぐにゃりと波打った。
壁が“別の壁”と重なる。
床の線が、異世界の座標杭の光と交差する。
空気の密度が変わり、音が二重になる。
――そして、ほんの一瞬。
同じ柱の前に、全員が“揃った”。
ハレルのすぐ横に、剣を構えた銀髪の女。アデル。
その向こうに、腕輪を光らせるリオ。
さらに奥に、黒ローブの影が三つ。空気の温度が落ちる。
サキが声を失う。
「……え……いま……同じ……」
木崎が即座に、サキの肩を引いた。
「見るな。立つ位置を変えるな。ここ、いま“薄すぎる”」
アデルがハレルを見て、短く叫んだ。
「ハレル! 主鍵を、柱の根元へ!」
リオも一歩前へ出る。脇腹の痛みを押し殺しながら。
「俺とアデルの腕輪が補正する。だから――迷うな!」
黒ローブの一人が、無機質に呟いた。
「……同期。遮断」
黒い糸が伸び、ハレルの手元――ネックレスを狙う。
アデルが剣を振る。
白い弧が走り、糸を叩き落とす。
同時に、アデルの左腕輪が強く発光した。
“補正”が一段階上がったように、空間がギュッと固定される。
リオの腕輪も呼応した。青白い光が濃くなる。
リオは驚いたように目を細める。
(……魔力が、上がってる。主鍵が来たからだ)
ハレルは迷わなかった。
柱の根元の装置へ、ネックレスを差し込む。
カチ――と、静かな音。
装置の画面が一瞬真っ白になり、次に、文字が揃った。
【GATE SYNC:100】
【STORAGE UNLOCK】
柱の根元が“ほどける”ように開いた。
石が割れるのではない。
ずらりと並ぶ、五つの小さなスロットが姿を現す。
そこに収まっていたのは、結晶ともカプセルともつかない
《記録核(コア)》――五つ。
リオの呼吸が止まる。
五つのうち一つが、他より強く淡く脈打った。
「……ユナ……」
だが、黒ローブが動く。
奪うか、壊すか――どちらにせよ、触れさせる気がない。
「させない!」
リオが空中に紋を描く。
第三級の捕縛が、今までより“くっきり”形を持って走った。
光の縄が黒ローブの足元へ絡みつき、動きを止める。
アデルが重ねる。
「〈捕縛・上級〉――固定!」
白い縄が何重にも巻きつき、床の影ごと押さえつける。
ハレルは一瞬で判断し、木崎に叫んだ。
「ケース!」
木崎が即座に差し出す。
ハレルは五つのコアを、順にケースへ収めていく。
サキが震える声で、でも目は逸らさず言った。
「……お兄ちゃん、はやく……!」
最後の一つを収めた瞬間――柱の表示が赤く乱れた。
【SYNC DROP】
【FORCED CLOSE】
黒ローブが、押さえつけられたままでも“霧のように”輪郭を薄くする。
縄の隙間から抜ける気配。
ノノの声が、異世界側のイヤーカフから割れたように響いた。
『回収できた!? できたなら、すぐ退路! 同期が落ちる、部屋が閉じる!』
アデルが唇を噛む。
「ハレル、下がれ!」
リオも叫ぶ。
「ケースを離すな! それが“鍵”になる!」
その瞬間、融合がほどけ始めた。
全員の輪郭が、薄い膜に引き離される。
同じ場所にいたはずなのに、手が届かない距離へ。
ハレルは最後に、リオの目を見た。
リオが短く頷く。
――生きて戻れ。そう言っているみたいに。
次の瞬間、丸い部屋は“二つ”に割れた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・旧本社地下/B2内側】
ハレルはケースを抱えたまま、よろけて一歩下がった。
柱の根元の装置は、もう白いノイズしか映していない。
木崎が低く言う。
「……今の、見たな。揃った。……だから開いた」
サキは息を吐くのを忘れていたみたいに、ようやく吐いた。
「……ほんとに、いた……向こうの人たち……」
だが、安心する暇はなかった。
通路の向こうから、現実の無線音が近づいてくる。
ライトの光が揺れている。
さらに――床の黒い石の継ぎ目が、じわりと広がり始めた。
木崎が歯を食いしばる。
「封鎖が来る。出るぞ。今すぐだ」
ハレルはケースを抱き直す。
(回収した。……でも、ここからが勝負だ)
◆ ◆ ◆
【異世界・ミラージュ・ホロウ/心臓室】
アデルは剣を構え直し、杭の光を見た。
黒霧が、露骨に“退路”へ向かっている。
リオは脇腹を押さえ、短く息を吐く。
「……主鍵は届いた。回収もできた。……なら次は」
アデルが答える。
「――生きて帰る」
心臓室の表示が、赤いエラーを吐き続ける。
【FORCED CLOSE】
黒ローブ三人が、もう一度、同時に動いた。
今度は攻撃ではない。
“閉じる”ための動き。
アデルの左腕輪が脈を打つ。
リオの腕輪が呼応する。
二つの副鍵が揃ったまま、空間の縫い目を押し返す。
だが、閉鎖は始まった。
――退路を守り切れるか。
次の一手が、生死を決める。
◆ ◆ ◆