テラーノベル
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ここが本当に新しい居場所になるのかはまだ分からない。
だが少なくとも、その可能性だけは確かに目の前にあった。
焚き火の火は静かに燃え続けている。
ぱちり、と薪が弾ける音がして、誰かが新しい薪を放り込んだ。先程までの話し合いで一つの区切りは付いたはずだったが、不思議と誰も席を立とうとはしない。
大和も同じだった。
焚き火の向こう側へ視線を向けたまま、何かを考えているように見える。
やがて、その視線が森の奥へ向いた。
「今回の件は良くない」
穏やかな声だった。
だが、その場にいた全員の表情が僅かに引き締まる。
誰もが同じことを考えていたのだろう。
先程の軍人達の存在は無視できる話ではない。
「迷い霧を抜けてきたからか?」
俺が尋ねると、大和は頷いた。
「正確には抜けてはいない」
そう言いながら焚き火の火を見つめる。
「だが辿り着きかけた」
その違いは大きいようで小さい。
少なくとも結果だけ見れば、夜哭きの森の存在へ近付かれているということだ。
今までなら迷い霧へ迷い込み、そのまま森の外へ出されて終わっていたはずなのだろう。
それが今回は違った。
偶然なのか。
何か理由があるのか。
誰にも分からない。
「気味が悪い話じゃの」
千代が腕を組む。
「迷い霧は森そのものじゃ。あれが人間を通そうとするとは思えぬ」
「同感だ」
大和も否定しなかった。
住人達も似たような反応をしている。
どうやら迷い霧は単なる現象ではないらしい。
その認識が共通していることだけは分かった。
しばらく沈黙が続いたあと、一人の半魔がぽつりと呟く。
「昔より増えてる気はするな」
視線が集まる。
その半魔は少し困ったように頭を掻いた。
「人間だよ」
「何がじゃ」
「森の周りをうろつく数」
その言葉に何人かが頷いた。
どうやら初めて聞く話ではないらしい。
「この十年くらいか」
別の住人が口を開く。
「前よりずっと増えた」
「軍も増えたな」
「冒険者もじゃ」
「商人まで来るぞ」
口々に話し始める。
その内容を聞いていると、一つだけ共通点があった。
夜哭きの森は昔より注目されている。
理由は分からない。
だが確実に人間達の関心を集め始めている。
その事実だけは全員が認識していた。
「迷い霧があるから大丈夫だと思ってたんだけどな」
誰かが苦笑する。
すると別の半魔が鼻を鳴らした。
「大丈夫だったんだよ」
その言葉には妙な重みがあった。
「今まではな」
再び静かになる。
焚き火の音だけが響いていた。
俺は住人達の顔を見回す。
人間を憎んでいる者もいるのだろう。
実際、人間社会から追われてここへ辿り着いた者達ばかりだ。
だが意外だったのは、その感情が単純な怒りだけではないことだった。
「別に人間が嫌いなわけじゃねぇんだ」
不意に一人の男が言う。
片方の角が折れた半魔だった。
「嫌いな奴もいるけどな」
周囲から笑いが漏れる。
その男も肩を竦めた。
「俺は元々人間の村で育った」
その言葉に少し驚く。
半魔が人間の村で育つ。
簡単な話ではないはずだ。
「まあ最後は追い出されたけどな」
男は苦笑する。
その表情はどこか諦めに似ていた。
「それでも全部が嫌いになったわけじゃない」
誰も口を挟まない。
焚き火を見つめながら話すその声には、妙な説得力があった。
「優しくしてくれた奴もいた」
静かな言葉だった。
「だから人間が嫌いなんじゃない」
少し間を置く。
「怖いだけだ」
その場の空気が重くなる。
反論する者はいなかった。
別の住人が頷く。
「分かる」
その一言から、少しずつ話が広がっていく。
人間に助けられたことがある者。
家族を失った者。
裏切られた者。
守られた者。
憎んでいる者。
今も忘れられない者。
半魔達の数だけ話があった。
だが誰一人として単純ではなかった。
人間が嫌いだから終わり。
そんな話ではない。
それぞれが何かを失い、何かを抱えたままここへ辿り着いたのだろう。
夜哭きの森は避難所だ。
さっき大和が言った言葉を思い出す。
居場所を失った者が辿り着く場所。
それは半魔も、人間も変わらないのかもしれない。
「だからこそ」
静かだった大和が口を開く。
全員の視線が集まった。
「この森を見つけさせるわけにはいかない」
その言葉に誰も異論を唱えない。
夜哭きの森は住処であり、故郷であり、最後の避難所でもある。
ここを失えば行き場がなくなる者も多いのだろう。
大和は焚き火の向こうを見つめたまま続けた。
「人間と争いたいわけじゃない」
その声は穏やかだった。
「だが守るべきものは守る」
その一言だけで十分だった。
住人達は静かに頷く。
千代も。
しゆらも。
俺も。
それぞれ違う立場にいるはずなのに、その時だけは同じ方向を見ていた気がした。
夜哭きの森の未来。
その言葉が出てから、焚き火の周囲はしばらく静かだった。
誰もが何かを考えている。
迷い霧を抜けかけた人間達。
夜哭きの森へ近付き始めた軍。
今までは考えなくてもよかった問題が、急に目の前へ現れたのだ。
炎の向こうでは魔獣達が眠っている。
子供達も家の中で寝息を立てている頃だろう。
この穏やかな時間が永遠に続く保証などどこにもない。
それは誰もが理解していた。
「結局」
不意に一人の半魔が口を開く。
壮年の男だった。
額の角は片方が欠けている。
「また逃げるしかないんじゃねぇのか」
その言葉に何人かが顔を伏せた。
反論できる者がいない。
夜哭きの森へ辿り着いた者達の多くは、何かから逃げてきた人間達だ。
人間の村から。
軍から。
研究施設から。
迫害から。
追われて。
隠れて。
居場所を変えて。
そうやって生き延びてきた。
「それは嫌じゃな」
千代が呟く。
その声は珍しく小さかった。
「せっかく築いた場所じゃ」
焚き火の火が揺れる。
住人達も同じ気持ちなのだろう。
誰も否定しない。
夜哭きの森は単なる森ではない。
家だ。
家族だ。
ようやく手に入れた居場所だ。
だから失いたくない。
その想いだけは皆同じだった。
「隠れる場所がなくなったらどうする」
別の半魔が尋ねる。
「もっと奥へ行くのか」
「また森を探すのか」
「子供達はどうする」
言葉が少しずつ重くなっていく。
誰も答えられない。
答えがないからだ。
今までは迷い霧が守ってくれた。
だが、その迷い霧ですら絶対ではないかもしれない。
そんな話をした直後だった。
「なら」
気付けば口を開いていた。
全員の視線が集まる。
少しだけ居心地が悪い。
だが言葉は止まらなかった。
「作ればいいんじゃないか」
「何をじゃ」
千代が聞き返す。
俺は少し考える。
上手く言葉にできない。
だが研究所を失ってからずっと考えていたことでもあった。
「逃げるための場所じゃなくて」
焚き火を見る。
炎は静かに燃えている。
「帰る場所だ」
誰も喋らない。
だから続ける。
「半魔も」
「魔獣も」
「追われた人間も」
しゆらの肩が僅かに揺れる。
「誰かに隠される場所じゃなくて、自分達で守る場所があってもいいだろ」
夜風が吹く。
森が静かに揺れた。
誰も笑わない。
冗談だとは思わなかったのだろう。
「国でも作る気か」
誰かが半ば呆れたように言う。
だが。
不思議だった。
否定する声が出ない。
むしろ住人達は真面目な顔で考えている。
大和も黙っていた。
その黒い瞳は焚き火の炎を映している。
やがて。
「面白い」
小さく呟いた。
その一言で、周囲の空気が変わる。
今まで誰も考えたことがなかった。
だからこそ。
初めて未来の話が始まった気がした。
コメント
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ゆめかだよ〜🌸 第22話読了ッ!! 焚き火を囲んでの住人達の会話、すごく沁みたな〜。「人間が嫌いなんじゃない、怖いだけだ」ってセリフが特に刺さった😭💔 みんなそれぞれ傷を抱えてて、でも守りたい場所があるからこそ未来を考え始めるっていう流れがエモすぎる…! 個人的に「帰る場所を作る」って発想がすごく好きだよ〜! 逃げるだけじゃなくて、自分達で守る場所をつくる決意、熱かった🔥 大和の「面白い」の一言でまた新しい物語が動き出す感じがたまらん…! 続き楽しみにしてるよ〜⋆♡