短め。
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最近の葛葉には、なんとなく影があった。明るいし、配信でもいつも通り喋るし、ふざければローレンも普通に笑ってしまう。でも、
その笑顔の奥に、ふっと虚空を見るような瞬間が混じるのを、ローレンだけは見逃さなかった。
部屋の静けさの中、二人きりの時間。
ソファに並んで座りながら、画面をぼんやり眺めている葛葉の横顔はいつもより幼く見えた。
「なぁ葛葉。」
「ん。」
「なんかあった?」
肩が控えめにぶつかっただけで、葛葉は小さく身体を揺らす。
すぐに誤魔化すのはクセだ。だが今日は、すぐ返事が来ない。
「……いや。なんもねぇけど。」
「なんもない顔じゃねぇだろ。」
ローレンが覗き込むと、葛葉は少し目を逸らした。
その指先が、無意識みたいにローレンのパーカーの裾を摘む。
(……触りたいくせに、自分から言えねぇんだよな、こいつ。)
「んで?」
ローレンは、逃げる隙を与えないように声を低くする。
葛葉の睫毛が震える。
長い沈黙のあと、ぽつりと落とした。
「……なんか、足りねぇ。」
「足りねぇって何が?」
葛葉はまた黙る。
言いたくない、でも隠せない。
そんな迷いがぜんぶ顔に出ていて、ローレンはため息を吐く。
「俺、察するの苦手だって、言ってんだろ。
言ってくれないと、気づけるもんも気づけねぇよ。」
その言葉が、葛葉の一番弱い部分を正確に突く。
気持ちを説明するのが苦手で、言語化に時間がかかる。
それをローレンだけは責めずに、ただ「言え」と言ってくれる。
だから——逃げられない。
「……ローレンと一緒にいて……」
「うん。」
「なんか……もっと……近くいたいってなる。」
声は低くて、小さくて、素直じゃなくて。
でも、真剣だった。
ローレンは、心臓を掴まれたみたいに胸の奥が熱くなる。
「近くって、こういう?」
肩を寄せ、手を軽く握る。
すると葛葉は驚くほど素直にその胸へ体を寄せ、額を押し付けてきた。
「……もっと。」
「……っ、お前さ……」
葛葉の呼吸がローレンの胸にかかる。
こんなふうに、甘えてくる葛葉は珍しい。
不安とも寂しさとも言えない、よくわからない
感情に押されているようだった。
「最近ずっとこんな感じなんだよ……。
なんか、ローレンいんのに……まだ足りねぇって思う。」
静かな告白。
ローレンの手に力が入る。
「足りねぇなら言えって。
欲しがってんなら、俺に言ってくれ。」
「……言わせんなよ、そういうの……」
「言えよ。言ってくれた方が俺は嬉しい。」
葛葉はその言葉に不器用に耐えながら、ゆっくり顔を上げた。
ローレンの胸の上に置いた手が、ほんの少し震えている。
「……ローレンが、もっと欲しい。」
その一言。
ローレンの喉がつまる。
(そんな顔で言うなよ……無理だろ。)
「……わかったよ。」
葛葉を優しく抱き寄せ、後頭部を撫でる。
指が髪を梳くたびに葛葉の肩の力が抜けていく。
「最初から言えばいいのに。」
「言わせんなつったろ……」
「言わねぇと、伝わんねぇって。」
「……ん、わかったよ。
ちゃんと……言うわ。」
その言葉は、葛葉にしては珍しく素直だった。
ローレンは微笑んで、背中をさすった。
そして、数分の静寂。
葛葉は胸に顔を埋めたまま、ぽつりと続ける。
「なんでだろな。
ローレンと付き合ってんのに……近くにいんのに……。もっと、って思う。」
「……それはさ。」
ローレンは葛葉の頭を軽く押して視線を合わせた。
「好きだからじゃねぇの?」
葛葉は一瞬きょとんとして、それから急に目を逸らす。
「そういうの……急に言うなよ……」
「急にじゃねぇよ。ずっと言いてぇと思ってたけど、お前照れるし。」
「……うっせ……」
赤い耳。
ローレンはその反応が可愛くて仕方がなかった。
「なぁ葛葉。」
「ん。」
「物足りねぇって思ったらさ、ちゃんと俺に言えよ。言われたら……俺、なんでもしてやるから。」
葛葉はその言葉にゆっくりと目を閉じた。
安心した子供みたいに、胸に身を預ける。
「……ローレンの声とか、匂いとか……全部。
聞いてると落ち着く。」
「……お前ほんと、今日は素直すぎ。」
「俺だって、ずっとこんなじゃねぇよ……
でも……なんか……ローレン足りねぇって……思うんだよ。」
ローレンは深く息を吸って、そっと彼を抱きしめた。
「……なら、足りるまでやる。」
葛葉の呼吸がゆっくりと整っていく。
腕の中で、ずっと探していた安心を見つけたように。
「ローレン。」
「ん?」
「好き。」
ローレンの心臓が跳ねる。
「……俺も。」
その言葉が落ちた瞬間、葛葉の硬さがすべて消えた。
満たされていくみたいに、ただ寄り添って、温度を共有する。
足りなかったのは、
「求めていい」 という確信。
それを埋めるように、二人は静かに、長い時間抱き合っていた。
コメント
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やっぱり見たことある作品だったので同一人物様だったのですね!!💕︎pixiv陰ながらいつも呼んでます🙇♂️いつも素敵な作品ありがとうございます🥹🥹