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いつもなら氷室と何気なく交わす視線や、小さな合図みたいな笑み――そのどれもが、今日はなかった。
(きっと……俺の気のせい、だよね)
そう自分に言い聞かせる。昨日あんな言い合いをしたあとだからこそ、少し距離があるのは普通なのかもしれない。けれど胸の奥では、どこか小さな警鐘が鳴り続けていた。
朝、昇降口で偶然見かけた氷室は、俺が廊下を歩いているのを確かに見たはずなのに、なにも言わず逃げるように別の階段へ消えてしまった。
休み時間に話しかけたときも、近づくどころか俺から遠のく感じで、絶対に視線を合わせないようにしていた。それでも、俺は彼の目を探した。けれど氷室は居心地の悪そうな表情で俺からの視線を外し、なにも言わずに去っていった。
(……やっぱり、避けられてる)
そう思った瞬間、昨夜感じた胸の中の小さな穴が、じわじわと縁を削られて広がっていくようだった。
どうしてこうなったのか、わからないわけじゃない。俺だってあのとき、もっと言い方を選べたハズなのに。けれど、氷室がこうして距離を置くなら――俺も、それ以上踏み込めなくなる。
机の上のペンケース。その中にしまってある、彼がくれた付箋が目に入る。以前は見るたびに胸が温かくなったのに、今日はまるで色を失ってしまったみたいに見えた。