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第11話:インクの滲み、恋の足音
「……できた。……これ、次の。……仮歌、入れてきた」
リビングのテーブルに置かれた一枚の歌詞カード。
ユズルは精根尽き果てたように、多聞の膝の上に頭を乗せて目を閉じています。
「お疲れ様、ユズルくん。……どんな曲かな……」
多聞が優しく歌詞を覗き込み、隣から桜利も 「どれ、見せろ」と強引に割り込みます。
そこには、ユズルらしい独特の言葉選びで、こんなフレーズが並んでいました。
『……君の、隣。……体温が、うるさい。……触れたいのに。……指先が、臆病で……』
『……目が合うたび。……僕の、世界が。……音を立てて、崩れる……』
「…………ッ!?」
静まり返るリビング。
多聞の顔が真っ赤になり、桜利は手に持っていたプロテインシェイカーを床に落としそうになります。
「おい……ユズル……! これ、どういうことだ!? 『触れたい』って……誰にだよ!!」
桜利がガバッとユズルの肩を揺さぶります。
「……んー。……坂口さん。……揺らさないで。……酔う。……誰って。……別に。……イメージ、だよ」
「嘘つけ! お前、イメージでこんな生々しいこと書けるタイプじゃねぇだろ! 吐け! どこの女だ!? それとも……っ、この中の誰かか!?」
桜利の言葉に、多聞の心臓も大きく跳ねます。
「ユズルくん……。もし、この『君』が……僕のことだったら、僕……どうすれば……」
多聞がユズルの手を握りしめ、ジメ原さんモード全開の重い視線を向けました。
「……あ。……多聞くん。……手が、震えてる。……怖い。……そんな、大層なもの……じゃない」
ユズルは、のっそりと上体を起こしました。
ちょうどキッチンから「ユズル!今日のおやつはパンケーキ!」と駆け寄ってきたウタゲと目が合います。
「……あ。……姉さん。……それ。……多聞くんの、アクスタ、また増えてる」
「えっ!? ギクッ! これは……その……限定品で……」
ユズルは、呆れたように溜息をつきました。
「……歌詞の、『君』……。いつも、誰かを……必死に。……それこそ、命削って。……追いかけてる。……バカみたいに、真っ直ぐな……人。……それ見て。……なんか、胸が。……ギュッて、したから。……書いただけ」
「…………」
多聞と桜利は、同時にウタゲを見ました。
「……え。……私のこと!? 私、ユズルのラブソングのモデルになっちゃった!? ぎゃああああ! 尊い! 姉弟愛! 新しい扉が開いたわ!!」
鼻血を出しながらのたうち回るウタゲ。
しかし、多聞と桜利は気づいていました。
ユズルがその歌詞を書いている時、誰の背中を見ていたのか。
誰の「一生懸命な姿」に、心を動かされたのか。
「……ユズルくん。……次は、僕がその歌詞に『答え』を出すような曲を、一緒に作ろうね」
多聞が、今までで一番熱い、けれど静かな独占欲を瞳に宿して微笑みました。
「……え。……多聞くん。……また、難しいこと……言う。……でも。……いいよ。……焼肉、奢ってくれるなら」
無自覚にメンバー全員を翻弄するユズル。
恋の火花は、本人の知らないところで、ますます激しく散り始めていました。
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