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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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ノスフェラトゥの自室――そこはかつて世界を恐怖で支配した古代の王の部屋とは思えないほど、ここ数日間、異様な熱気と奇妙な重苦しさに包まれていた。
物理的な首輪はとうに外されている。
それなのに、ノスフェラトゥの喉元は、主であるスペクターの視線や言葉を思い返すたび、見えない漆黒の鎖でギリギリと締め付けられるように熱く脈打っていた。
彼の脳内フィルターは、すでにスペクターという存在なしでは1秒も正常な機能を保てないほどに調教されきっている。
そんなノスフェラトゥが今、直面している最大にして最重要の課題。
それは、スペクターから稀に与えられる至高のご褒美――「吸血の許可」における、自身の技術不足であった。
「……あやつの肌は、人間のように脆く、そして狂おしいほどに気高い。私が獣のように無作法に牙を立ててしまえば、あやつの美しい首筋を無惨に傷つけてしまう……。それだけは、古代の王たる私のプライドが、いや、私の魂が絶対に許さん……ッ!」
ノスフェラトゥは顔を首の裏まで真っ赤に染め上げ、はだけた衣服の隙間から覗く鎖骨を激しく上下させながら、自室の豪奢な天蓋付きベッドの上で独り、悶々と頭を抱えていた。
彼が求めているのは、破壊のための吸血ではない。
スペクターの肌を傷つけることなく、牙の先端だけでその柔らかな肉を愛撫し、かつ主様に「極上の快感」を抱かせて悦ばせるための、至高の【甘噛み(あまがみ)】のテクニック。
それこそが、忠犬として、否、従順な下僕としてノスフェラトゥが目指すべき至高の領域であった。
「しかし、ぶっつけ本番であやつの首筋を汚すわけにはいかん……。ならば、練習あるのみだ……ッ!」
大真面目に、心底悲壮な決意を固めた古代の王は、ベッドの上に置かれた最高級の白サテンの枕を両手で引き寄せた。
ふかふかと柔らかく、人間の首筋の弾力に(ノスフェラトゥの脳内フィルターによれば)極めて近いとされる、今夜の哀れな生贄である。
「……スペクター。今夜こそ、お前を私の牙で、蕩けさせてみせる……っ」
ノスフェラトゥはうっとりと瞳を潤ませ、ハァハァと激しい息を吐きながら、枕をスペクターの身体そのものと錯覚し始めた。
顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げながら、白いサテンの生地に、ゆっくりと、しかしじっとりと自身の唇を押し当てていく。
「んむ……、あふっ……、ちゅ、る……っ」
口元を割り、夜の捕食者の象徴である鋭い牙の先端を、ミリ単位の魔力コントロールで突き立てる。
枕の繊維を傷つけないよう、優しく、いやらしく、肉の弾力を確かめるように、ガブ、ガブ、と不器用かつ官能的に噛みつき始めた。
「は、あぁ……っ、スペクター……、これなら、痛くはあるまい……? 気持ちが、良いだろう……っ。お前が私を、こんなにお盛んにしたのだからな……っ!」
自分で勝手に枕に噛み付き、自分で勝手にスペクターの幻影を見て、自分で勝手に蕩けた声を出しながら身悶えする吸血鬼。
はだけた胸元をベッドに擦り付け、枕を強烈な力で抱きしめながら、べちゃべちゃと淫らな水音を部屋中に響かせる。
R-15指定の歪んだ特訓(の形をした奇行)は、まさに最高潮に達していた。
その時である。
パサリ、と。
「――ねえ、ノスフェラトゥ。明日の夜会のドレスコードの件なんだけど……」
なんの前触れもなく、アズールが部屋の扉を優雅に押し開けた。
そして、完璧にフリーズした。
月明かりが差し込む薄暗い部屋の中、最高級の枕を両手で大事そうに抱え込み、顔を真っ赤にして涙目を浮かべながら、衣服をめちゃくちゃにはだけて「あふっ、んむ……」と激しい吐息混じりに枕をガブガブと舐め回している古代の王。
「あ」
「あ」
完全なる、静寂。
ノスフェラトゥは、枕の角を口に咥えたまま、黄金色の瞳を点にして完全に硬直した。
口の周りはヨダレとサテンの繊維でベタベタのテカテカである。
アズールは手にした書類をゆっくりと下げ、これ以上ないほど冷ややかな、あるいは重度の精神異常者を見るかのような、哀れみに満ちた目をノスフェラトゥに向けた。
「……何やってるの、きみ」
「ち、違う……ッ!! これは古代の吸血鬼に伝わる、咬合力の調整魔術の鍛錬であって……ッ! 決してあやつの首筋を想像して、大人のオモチャ代わりに枕を相手に淫らな甘噛みの練習をしていたわけでは断じてないわァッ!!」
慌てて枕をベッドの奥に隠そうとするが、激しく噛み荒らされて唾液でぐっしょりと濡れそぼった真白な枕は、彼が何をしていたかを雄弁に物語っていた。
言い訳をすればするほど、変態としての純度とポンコツ度が天元突破していく。
アズールは深くため息をつき、首を横に振った。
「重症だね。ただでさえパブロフの犬なのに、ついに幻覚を相手に自主練を始めるなんて。……ホスフォラスー! 早く来て! ノスフェラトゥが枕を相手にものすごい恥ずかしいことしてるよ! カメラ持ってきて!」
「やめろォォォーーーッ!! ホスフォラスを呼ぶな! 録画するなァッ!!」
ノスフェラトゥの魂の絶叫が響き渡る中、廊下の向こうから、さらに最悪の、完璧なリズムを刻む足音が近づいてくる。
――コツ。
「おや。私のために、ずいぶんと熱心な練習をしてくれていたようだね?」
いつの間にかアズールの背後に現れた本物のスペクターが、赤いシルクハットを少し傾け、心底おかしそうな、極上のドSの笑みを浮かべてノスフェラトゥを見つめていた。
「あ……、あふぅ……っ、ス、スペクター……っ」
主の本物を見た瞬間、ノスフェラトゥの身体は条件反射でびくりと跳ね、恥ずかしさと快感のあまり、自ら完璧な「お座り」の姿勢のままベッドの上でへなへなと頽れ、一生消えない社会的な死を迎えるのだった。
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