テラーノベル
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それは、FORSAKENの長い歴史の中でも、最も破廉恥で、最も凄惨な「事件」だった。
スペクターによる吸血のお預けは、ついに一週間を超えていた。
肉体的な飢えと、精神的な「許可への渇望」が限界を迎えたノスフェラトゥの脳内は、完全にバグを起こしていた。
「血が……、スペクターの、あの甘美な血が……っ」
深夜のスペクターの書斎に、音もなく忍び込んだ古代の王は、完全に理性を失った獣の目で部屋を彷徨う。
もちろん、主は不在。許可を出してくれる者は、ここにはいない。
喉が焼けるように熱く、鋭い牙からは透明な生唾がじわりと溢れ出して止まらなかった。
「あいつの血が吸えないなら……っ、もう、これでいい……っ!」
極限状態のノスフェラトゥが掴み取ったのは、机の上に置かれていた、スペクターの私物。
彼が愛用している、濃縮された薔薇の香水が詰められた、美しいクリスタルのボトルだった。
主の匂いが、これでもかと強烈に染み付いた、大人の男の嗜み。
ノスフェラトゥは顔を耳の裏まで真っ赤に染めながら、そのボトルを両手で愛おしそうに包み込んだ。
そして、うっとりと瞳を潤ませながら、ボトルのキャップ部分に、ペロリと熱い舌を這わせた。
「あん……っ、ふ、うぅ……、スペクター……、お前の、匂いがする……っ」
完全に頭のネジが消し飛んだ吸血鬼は、ボトルをスペクターの身体そのものと錯覚している。
冷たいガラスの曲面を、 まるで主の首筋を愛撫するように、必死に、激しくペロペロと舐め上げ始めた。
「んむ……、ちゅ、……っ、は、あぁ……! おいしい、お前の、匂い……っ」
ガラスを舐める淫らな水音が、静かな書斎に響き渡る。
かつて世界を震撼させた古代の王が、主の香水瓶を相手に、ハァハァと激しい息を吐きながら悶絶している。
まさに、R-15指定の、どこに出しても恥ずかしい限界発情の光景だった。
その時。
カチャリ、と。
「……あの、主様、明日の予定なんですけど――」
書類を片手に、ホスフォラスが何気なく書斎の扉を開けた。
そして、固まった。
月明かりの下、スペクターの香水瓶を両手で大事そうに抱え、涙目で、恍惚とした表情のまま、ものすごい勢いでボトルをペロペロと舐め回しているノスフェラトゥの姿が、そこに否応なしに飛び込んできた。
「あ」
「あ」
完全なる、沈黙。
ノスフェラトゥは、ボトルを舐めた状態のまま、舌を出して完全にフリーズした。
ホスフォラスの目は、これ以上ないほど点になり、手にした書類がパサリと床に落ちた。
「……ノス、フェラトゥ……さん?」
「ち、違う……っ! これは、これは吸血鬼の本能的な、その、魔力の補給であって、決してあいつの匂いに興奮して、大人のオモチャ代わりに舐め回してなど……っ!!」
慌ててボトルを隠そうとするが、口の周りはヨダレと香水でベタベタのテカテカである。
言い訳をすればするほど、変態としての純度が上がっていく。
ホスフォラスはゆっくりと一歩後退し、心底ゴミを見るような、あるいは未知の猟奇的変質者を見るような、冷え切った目でノスフェラトゥを見つめた。
「……うわぁ。……ひくわー」
「待て!! 待つんだホスフォラス!! 誤解だ! 私の話を聞けェーッ!!」
「アズールーーー!! 大変!! ノスフェラトゥが主様の私物でめちゃくちゃエッチなことしてる!! 早く来て!! カメラ持ってきて!!」
「やめろォォォーーーッ!!」
静かな夜の領域に、古代の王の、魂の絶叫が響き渡る。
翌朝、FORSAKENロビーの掲示板に「香水瓶とノスフェラトゥ(接吻編)」の文字が躍り、彼の社会的な尊厳は、完全に消滅したのだった。
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