「その、そろそろ聞いてもいいかしら? 私は今あなたが何をしているのかが、どうしても理解出来ないんだけれど?」
私の目の前で卵を握りつぶしているこの男は、いったい何を考えているのかしらね? いくらお金が余っているからってわざわざ食べ物を生ごみにする必要はないと思うのよ。
「何って、料理に決まってるだろ? 香津美はちゃんと目が見えているのか?」
ええ、ちゃんと見えているわよ。見えているからこそ聞いたんじゃないの、その惨状は何なのかってね。
私もあまり料理が上手な方ではないけれど、これはあまりにも酷すぎるわ。よく「朝食は俺が作ってやる」なんて言えたものね。
「そうね。少なくとも、私が育ってきた家ではこんな物を料理とは呼ばなかったわね」
聖壱さんから卵を取り上げて、慣れない手つきで割ってフライパンに落とす。簡単な料理くらいは家に来ていた家政婦から教えてもらっていたから出来るはず。
「香津美は料理が出来るのか? 俺はてっきり……」
出来ないと思ってた、って言いたそうね。確かに得意とは言えないけれど簡単なものくらいなら作れるわよ。
「少なくとも聖壱さんよりはましなものが作れると思うわよ? 味の補償はしないけどね」
「いや、香津美が作ってくれるとは思ってなかったからかなり嬉しい」
何よ、それ。聖壱さんはモテるんだから、今まで料理くらい沢山の女性に作ってきてもらってるでしょう? こんな子供が作るような料理で嬉しいなんて……
正直なところ、聖壱さんは変わった人だと思ってる。
背が高くてハンサムで……会社を経営しているのだから、きっと仕事も出来るんでしょう?
それなのに私みたいな捻くれた可愛くない女に「可愛い」とか「好きだ」と何度も伝えてくるの。貴方の方が視力は大丈夫って聞きたいくらいよ。
「ねえ、そこのお皿を取ってくれる?」
料理が出来上がったので、皿に盛り朝食の準備をする。聖壱さんは私が頼むと文句も言わずに手伝ってくれた。
聖壱さんって発言は俺様なのに、凄く優しいのよね。
「いただきます」
きっちりと躾けられたのだろう、行儀よく食べ始める聖壱さん。私も食事を始めると、作った料理が少ししょっぱい事に気付く。しまった、味付けを失敗したんだわ。
「聖壱さん、この料理失敗したみたい。無理に食べなくていいわ」
「そうか? 別に失敗なんてしてないだろ、俺は全部食べる」
どうして? はっきり失敗作って分かる味じゃないの。無理しなくていいって言ってるのに、どうして貴方はそんなに嬉しそうに私の料理を食べてくれるの?
「聖壱さんって、意外にも味覚音痴だったのね……」
「誰が味覚音痴だ。俺はいつもそれなりの店で食事をしてる、舌は肥えている方だ」
そうでしょうね、さっきの料理するところを見ていたら想像つくわよ。でも、それならなぜ……
「聖壱さんはどうして今朝は料理を作ろうと思ったの?」
聖壱さんは言いにくいのか、少し柔らかそうな髪をクシャッと掻き回した。あーあ、そんな事をしちゃったら……
「もう、髪がボサボサよ? 直してあげるからこっち向いて?」
そう言って聖壱さんの頭に触れようとすると、彼は凄い勢いで後ろへと下がった。何が起こったのかと思って聖壱さんを見ると、彼は顔を真っ赤にしていて……
もしかして女性に慣れてない? いいえ、さっきまでべたべたと私に触れていたからそんなはずはない。
……じゃあ、いったいどうして?
「もしかして、私から聖壱さんに触れるのは駄目なの?」
「……悪いか?」
別に悪くはないわよ、ちょっと驚いただけで。いつも余裕綽々な顔をしていそうな聖壱さんのそんな顔を見れたのも楽しかったしね。
「そうね、ちょっとだけ聖壱さんを可愛いと思ったわ」
「香津美はそういう事、遠慮なく言うよな。俺が可愛いと言われて喜ぶわけないって分かってるくせに」
ふふふ、悔しそうな顔。聖壱さんはそういう顔も悪くないと思うわよ?
結婚してすぐに「好きになった」なんて聖壱さんは言っていたけれど、貴方は本当に性悪な私を丸ごと愛せるかしらね?
聖壱さんと二人で朝食の後片付けを終えると、出かける準備をしてから【ヒルズビレッジ】内にあるショッピングモールへ。
歩いて向かっている途中、そっと彼の腕に手を伸ばしてみたの。聖壱さんをちょっと揶揄おうかと思っただけよ。
だけど簡単に見破られて、私の手は彼の手に捕まってしまって……
恋人のように指を絡めた繋ぎ方に、緊張で汗をかいてしまいそうになる。
「香津美は初心者だから、こっちから。もっと慣れたら腕を組ませてやるよ」
ニヤリと笑った顔が憎らしいわ。だけどこうして手を繋いでいるだけでも、心臓がビックリするくらいドキドキもしてる。
「こんなの初心者レベルでしょ、別に何ともないわよ」
強がってみせると、聖壱さんにもっと笑われる。あまりに腹が立ったから、つま先で脛を蹴ってやったわ。
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