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読み入ってしまいました。absk最高です、またかいてほしいです。
銭天堂みたい🥰こういうお話ほんっと大好きなんです✨️あべさく可愛すぎるぅぅ💚💗

これはこれは!!!面白かったです!
いらっしゃいまし。
薬舗、安楽堂でございます。
あなたの症状に合わせたお薬、処方いたします。
さて、本日のお客様は………。
「はぁぁぁぁ…」
重たいため息を吐きながら家路を歩く。
日常になりつつある嘆息を夜の街路に溶かしてみれば、悲しみはより一層募る。
見慣れた通りをトボトボと歩いていると、不意にスマホが振動した。画面を確認すると、今まさに俺を悩ませている人物から、シンプルなメッセージが届いていた。
「阿部ちゃんお土産ありがとね!大事に食べる!」
つい先日、 数多の世界遺産をゆとりあるスケジュールの限りに見て回ってきた。
その時に購入したお菓子を今日やっと彼に渡すことができたのだが、あわよくばと期待していたことは何一つ叶わなかった。
何の他意もなく買ってきたわけじゃない。
むしろ、他意はありすぎていた。
全員に用意はしていたが、そいつには大きなお菓子をまるまつ一つ渡して、後の七人には小分けになったものをどかっと一箱だけ買うという、なかなかのエコ贔屓ぶりを発揮した。
「お前だけは特別」なんて気持ちをそれとなく伝えたくて、敢えて全員が集まったタイミングで渡したのだが、先述の通り成果は何も出なかった。
他のメンバーから非難の声を大量に浴びせかけられた一方で、本命のターゲットはといえば大きな口をぱかっと開けてその光景を楽しそうに眺めていた。
ブーブーと上がる苦情がひとしきり落ち着いたところで、彼は言った。
「ありがと。こんなにたくさん、すっごくうれしい…」
ふにゃっと笑う顔に胸がギュンと締め付けられては苦しくて、言葉に詰まった。
「ぁ…ぅうん…、佐久間が好きそうなやつ、たまたま売ってたから…」
なんて誤魔化したことを、今になって後悔しているのだ!!
もっと気の利いたことは言えなかったのかと、己の情けなさに今もなお打ちひしがれている。
片想いは孤独で苦しい。
失敗を繰り返して心は折れかけているのに、それでも諦められなくて、この痛苦にずっと悶え続けている。
もういっそのこと、強引に「好きだ」と伝えてみようか。
何かが変わるかもしれない。
…いや、どの口が言っているんだ。
その勇気がないから、いつまでも回りくどいことばかりしているというのに。
どこかに今の状況を打破するものはないだろうか。
藁にもすがるような思いで歩き続けていると、ビルとビルの隙間に見慣れない小道を見つけた。
人一人がやっと通れるくらいの幅のそれは、暗くどこまでも続いている。
一度気になってしまうと素通りすることも出来なくて、こんな道あったかなぁと訝しみながらも、恐る恐るその細道の方へと足を進めていった。
しばらくすると、突き当たりに暖かいオレンジ色の光が見えた。
それはどうやら古びた建物の中に灯っているようだった。
屋根の下に取り付けられた大きな看板は錆びがかっており、煤けた毛筆でもって、
「明治十年創業 薬舗 安楽堂」とあった。
ドラッグストアが主流になった現代では、こんなにレトロな薬局はかなり珍しい。
薬を買う予定はなかったが、歴史的情緒溢れる外観に惹かれるまま中へ入った。
店内も、店構えに負けず劣らず古めかしかった。
棚に所狭しと並べられた箱や瓶はどれもこれも見慣れないものばかりで、その端はいずれも黄ばんでいる。
どのくらい前からここに置かれているのか、使用期限は切れていないのか、など気になることはたくさんあれど、なんだか博物館にいるような心地もして、なかなかに楽しんでしまっていた。
ある程度見て回って帰ろうかという頃、奥の方から物音がした。
店員さんだろうかと気になってその方へ進んでいくと、カウンターのような場所に着物を着たお婆さんが鎮座していた。
「いらっしゃいまし」
「あ、、どうも…。すみません、突然入ってしまって」
「あなたには、こちらでしょうかね」
「…え?」
お婆さんは目を閉じたまま、一つの箱を俺の前に差し出した。
どこも悪いところはないし、何も言っていないのに薬を処方される意味がわからなくて困惑していると、そこで初めてお婆さんは目を開けた。
「あなたのお困りごとに合わせてお出ししております」
「困りごと…ですか…」
「それも立派な病ですよ」
「は、はぁ…でも、これなんの薬ですか…?」
「説明書きをお読みになって?」
お婆さんはそれを最後に、また目を閉じてしまった。
「おいくらでしょうか?」と尋ねてみるも返事はなかったので、市販の薬と同じくらいのお金をカウンターに置いて店を後にした。
そのあとはどこにも寄らずに帰宅し、お風呂に入った。
明日のスケジュールも確認し終えた後で、先ほど渡されたあの薬を手に取った。
「キューピッド、A錠…?」
あの店の雰囲気にはそぐわないほどこの商品名は斬新すぎて、何もかもがちぐはぐだった。
中には柔らかいアルミのシートが二種類と、紙切れが一枚入っていた。
錠剤のシートを脇へ置いて、その紙に書いてある文言を上から順に読んでいった。
〜キューピッドA錠〜
【効能】
1)服用後、一番最初に見た相手のことを好きになります。
2)効果は24時間持続します。
3)服用中は瞳孔がハート状に変形しますので、瞳を見て効き目をお確かめください。
【用法・用量】
1)成人(15才以上)、1日1錠を限度としてください。
2)飲酒時も服用いただけます。
【成分】
脳の恋愛中枢に働きかける成分が含まれております。
「胡散臭…」
なんとも現実離れしている。
こんな薬が本当に存在するのだろうか。
半信半疑ではあったが大いに興味をそそられてしまってもいたので、文句は言いつつそのまま読み進めていった。
【こんな人に使って欲しい!】
1)意中の相手と想い合いたい人
2)告白する勇気が出ない人
3)片想いしている相手と疑似恋愛をしてみたい人
【おすすめの使用方法】
ラムネに酷似しています。誰かに飲ませたい場合は、「ラムネ食べる?」くらいのフランクな雰囲気で飲ませてみましょう。
※イチゴ風味の錠剤です。薬だと気付かれることはないハズです。
※世間話のついでを狙い、さりげなく盛りましょう!☆
「ポップだな!!!これ作った人イカれてんじゃないの!?」
説明書きの文章が砕けたものになっていけばいくほど、胡散臭さが強まった。
本当は危ない薬なんじゃないのか…?と思わないではいられないような覚束なささが、いつまでも消えなかった。
しかし、試したくなってしまってもいた。
もし、佐久間に飲ませられたら…。
そんな想像をしてみると、たちまち頭の中は都合の良い妄想で溢れ返った。
一回だけ試させてもらおう。
それで効果がなければ捨てよう。
そう結論づけてから錠剤を鞄の中に入れ、眠りについた。
あれから三日が経った。
今日は佐久間と同じ現場で仕事がある。
仕掛けるなら今だろうとリハーサルの待ち時間を狙って、 ハート型の錠剤が入ったシートを手に取り、プチッと一粒押し出してから佐久間に声をかけた。
「ねぇ佐久間、ラムネ食べる?」
「え、食べたい!ありがと!!」
佐久間はペカっと笑うと、すぐに近寄ってきてくれた。
少しの警戒心も持たず喜んでくれることに内心かなりの罪悪感を抱いたが、それでも踏みとどまれなかった。
味わってみたかったのだ。
好きな人に想ってもらえる感覚というものを。
躊躇いなくそれを口の中に放り込むと、佐久間は「いちごの味する、うま!」とまた笑った。
どのくらいで効き目が現れるのかがわからなかったので、保険をかけるように佐久間の視界に入る位置をずっとキープしておく。
そろそろか…?
その瞬間を今か今かと待ち侘びていると、キィィ…と楽屋のドアが開き、流れるように佐久間は音のする方へと顔を向けた。
開け放たれた扉の先にいた人物を見るなり佐久間は一目散に駆け出し、思い切りよくその胸に飛び込んでいった。
「涼太!涼太っ!おはよぉ」
「すごい熱烈な歓迎だね、おはよう」
「今日もおしゃれ、かっこいい、、好き…」
「う、うん、ありがとう…?」
だてさまァァァァァァ!??!
あと一秒で良いから遅く入ってきて欲しかった…ッ!!!
ガチ効きじゃん…。
薬の凄さはわかった…。 わかったけど…っ!!
違うそうじゃないッ!!!
完全に失敗した。
「ねぇりょうたぁ、今日デートしない…?」
「え?デート?出かけようってこと?」
「うん、お買い物でもお散歩でもなんでも良いの、涼太とずっと一緒にいたい…だめ…?」
「…?確かに最近 二人で出かけられてなかったもんね。久しぶりにご飯でも行く?」
「!!んへ、うれし…涼太すきぃ…」
「あはは、くすぐったいよ。マーキングされてるみたい」
死ぬほど羨まじい“…ッ!!!!
唇噛みすぎて血出そう…!!! い“だい“!!!
佐久間は背伸びして舘様に抱き付き、その首に頬を擦り付けてはふにゃふにゃと笑っていた。
そして、その瞳孔はしっかりとハートの形になっていた。
今日の目論見が全て失敗に終わったことが悔しすぎて、先ほどまで確かに感じていた罪悪感などにはもう目を向けらていられそうになかった。
それに、誰かに恋をする佐久間はあそこまで甘く、可愛くなるのかと知ってしまった以上、もうなんとしてでもそれを手に入れたくて仕方がなくなった。
次こそ成功させてやると強く意気込んで、収録終わりの解散の場で舘様の腕を抱き締めながら楽屋を後にする佐久間の後ろ姿を、泣く泣くの思いで見送った。
大丈夫。まだチャンスはある。
幸運にも、明日も佐久間と現場が同じなのだ。
この機は逃せなかった。
二日連続でラムネだと偽って全く同じものを差し出すのは不自然じゃないか?と思いつつも、他に良い盛り方も思い付かなかったので、昨日と全く同じやり方でハート型の薬を佐久間に差し出した。
人の良い佐久間は、今日も何も疑うことなくその錠剤を口に入れた。
昨日の反省を活かし、今日は薬が効く一瞬間だけ誰も入ってこられないように、あらかじめ楽屋に鍵をかけておいた。
これで佐久間は俺を好きになってくれる…!
逸る期待を抑えながら、その瞳孔が変形していく様を見守ろうとしていた矢先のことだった。
「みんな見てーっ!組体操おおッ!」
最年少のはしゃぐ声に、ここにいた誰もが振り返った。
その先ではラウール、めめ、康二が楽屋のど真ん中で特大の扇を広げていた。
この弟どもは急にどうした。
突然のシュールな出来事はさておき。
すごく…ものすごく…嫌な予感がする……。
恐る恐る佐久間の方を見ると、案の定その表情はぽーっと惚けていた。
うっとりした視線はセンターを飾るめめに向かって一心に注がれている。
「さ…佐久間…?」
「……」
呼びかけてみるも返答はなく、まるで佐久間の世界からめめ以外の全員が消えてしまっているみたいだった。
「もうキツいねんけど!ギブギブギブ!!」
「きゃははッ!!みんなと長さ合わない!」
「さりげなく高身長自慢すな!」
「ぅぁははっ!両腕ちぎれそうなんだけど!!」
「れん…れん…っ…!!」
両腕を広げて立っているめめを眺めていたかと思うと、佐久間は突然熱に浮かされたような声を上げて、その真ん中に飛び込んでいった。
「ちょ!佐久間くん!今マジで無理!!」
「れんっ、うれしい、おいでって言ってくれた…」
「言ってない!いきなり何!?マジ離れろって!!」
…視覚にも影響が出るのだろうか。
佐久間の目には今、言葉通りめめしか写っていない。
そして、「扇を作るため」ではなく、「自分を抱き締めるため」に腕を広げてくれたのだと、彼の脳の恋愛中枢とやらが誤作動を起こしているらしかった。
両端に二人と、中心に一人の体重を支えているめめに対して申し訳ないとは思うが、それでも叫ばせていただきたい。
めぐろおおおおおおおおお!!!!
今じゃねええええええええ!!!!
腹いせに俺ものしかかってやろうか、なんて良くない気持ちが芽生えたが、ぐっと飲み込んで机を思い切りダンダンと叩いた。
「とりあえずお前ら手離せ…っ!」
「おっけー!佐久間くんどうしたんだろ」
「いっつもこんな感じちゃう?」
「佐久間くん?どうしたの?」
「れん、すき…ねぇ、ぎゅーして…?」
「怖い怖い怖い!!!」
「にゃ…なんでしてくれないの…?俺のこときらい…?」
「え“。いや…別に…嫌いじゃけど、、」
「じゃあぎゅぅして?」
「…ぅ“、ぇぇ…?…これでいい?」
「んん〜ッ!!うれし……すき…れん、すきぃ…」
「なんなのこれ…」
何“も“上“手“ぐい“がな“い“ッ“!!!
な“ん“でぇ“ぇ“ぇ“ぇ“ぇ“ぇ“ぇ“!!!
ぁっ…唇血出た…いたい…。
悔しさと嫉妬でどうにかなりそうだった。
机に突っ伏して「ん“ん“ん“〜ッ!!」と唸っていると、「今度は阿部ちゃんが壊れてしもうた!」と康二が焦った声を出した。
心の中で大号泣していると、楽屋の外から「え!?なんで鍵かかってんの!?」と、とても大きい翔太の声が聞こえてきた。
そういえば鍵閉めてたこと忘れてた。
開いてても閉まってても何も変わんねぇじゃねぇかァッ!!!
こうなったら意地でも一番最初にその目に映ってやる。
今度こそ、絶対失敗しないように…!!
偶然にも次のチャンスはすぐに訪れた。
撮影終わりのだらんとした空気が漂う楽屋の中で、誰かが「明日の夜飲みに行こう」と言い出したのだ。
佐久間はめめにぴったりとくっつきながら、「れんはどうする?」と尋ねた。
「あ、行けそう。たまたま空いてました」
「れんが行くなら俺も行く!」
「はいはい…勝手にして…」
「じゃ、めめと佐久間は決まりね。他は?」
もらったァッ!
出欠を確認するふっかの前までズカズカと距離を詰め、お腹の底から声を出した。
「俺も!!行く!!!絶っっっ対に…!!!」
「お、おぉ…、阿部ちゃんも参加ね…」
翌日、薬の効果が切れてケロッとしている佐久間と、ふっか、めめ、翔太、舘様との六人で仕事終わりに落ち合った。
テーブルの端に佐久間が座ったのを確認してから、すかさずその隣に陣取る。
お酒も会話もほどほどに進んできたところで、机にもたれて酔ったふりをした。
「阿部ちゃん、だいじょぶ?」
「んー、へーき」
「お水もらう?」
「いいー、まだ飲めるー」
「つっていっつも気付いたらベロベロじゃん!待ってて、お水頼むから」
「や、まって、さくま、」
「ん?どしたの?」
右手に忍ばせていた恋の一粒を、その口の中に放り込む。
「おかし、あげる。んふ」
「あ、またあのラムネ?めっちゃハマってんじゃん。ありがとね」
「んふふ…」
これで何もかも上手くいく、そう確信すれば自然と口角が上がっていった。
じっと佐久間の瞳を見つめ、効き目が現れるのを待つ。
早くその目に俺を映して?
少し酔っているのか、その頬はほんのりと赤く色付いていた。
効き目が現れる瞬間が待ち遠しくて仕方がない。
ウキウキと上擦る心臓が、満面の笑みを連れてくる。
ついに今日こそ、佐久間が俺を好きになってくれる…!
三度目の正直だ!!
そう思った瞬間、佐久間はぎゅっと何かを我慢するような表情になり、すぐに顔をふいっと逸らしてしまった。
「えっ……!?」
戸惑う声が思ったよりも大きく響き渡った。
一方で佐久間は、もう既に自身の正面に座るふっかに見惚れていた。
「ふっかぁ…」
「んー?どした?」
「佐久間さんのこと、どんくらい好き?」
「…はい?」
「だから、俺のことどれぐらい好き?」
「んー、ちょー大事」
「えへ…、俺もね、ふっかのこと、世界で一番だぁいすきっ」
「…佐久間酔わせたの誰ー。お母さん怒んないから出てきなさーい」
ふっかの呼びかけに、みんなは「知らなーい」と子供のような声を上げた。
「…ふっか、ちょっといい?」
「ん?」
「こっち、ちょっと…」
手招きしてこちら側まで呼び寄せては、「なんだなんだ?」と言いながら回り込んできてくれたふっかの胸ぐらを思い切り掴んだ。
「お前ふざけるなよ…!!!」
「何が何が!」
「…この野郎……ッ…!!」
「ちょ、なべ、助けて」
「んぁ?日頃の行いだろ」
「なんもしてねぇけど!?」
「舘さん!助けて!」
「ふっかB型なんだし、頑張って」
「血液型関係なくない!?待って味方いない!?」
「全部お前が悪い…お前のせいだ…!!」
「理不尽!!」
「ふっかぁ!構ってよーっ!寂しいのやだ…」
「佐久間、待て、今ここでお前が出てくるのはだいぶややこしい」
何が三度目の正直だ!!
そんな日本語作ったのはどこのどいつだよ!!
なぜこうも上手くいかないのだろう。
何もかも思い通りにならなくて、泣きたくなる。
あの時佐久間が目を逸らさなければ、今頃はその全てが俺の腕の中にあったのに…!
ふっかにこの気持ちをぶつけたって仕方がないことは百も承知だけれど、やり場のない歯痒さと、燃えるような嫉妬心とを抑えることなどできなかった。
明日だ、明日こそは。
今度こそ、絶対に失敗しないように。
翌日、手に汗握るような思いで佐久間を家飲みに誘った。
こんなに大胆なアプローチは今までにしたことがなく、大変に緊張しながら蚊の鳴くような声で申し出ると、意外にも佐久間は快く了承してくれた。
これは僥倖だと、自宅に帰るなり入念に家中の掃除をし、つまみをいくつか見繕った。
20時頃、スマホが振動したに気付いてアプリを開くと、佐久間からメッセージが来ていた。
「今終わった!これから行くねー!」
昨夜の効き目はすっかり切れていそうな様子に一安心して、佐久間の好きなチーズをこんもり盛ったお皿の上に、ハート型の錠剤を一粒乗せた。
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「阿部ちゃんは最近お仕事どう?」
「楽しいこととか、勉強になることとか、たくさんさせてもらえてる」
「そっか。俺も楽しい!」
「こんな風にいつまでもお仕事できたらいいね」
「うん、もっと頑張んないとね」
「そうだね。あ、缶空いちゃった。新しいの持ってくる。佐久間はまだ入ってる?」
「うん、まだ大丈夫、ありがと」
「はーい」
今日の俺は一味も二味も違う。
なんてったって、今ここには俺と佐久間しかいないのだから。
万が一でテレビにまで求愛されたらたまったものではないと、先ほどその電源も切っておいたし、余裕である。
邪魔者は誰もいない。
綽々と冷蔵庫から新たな缶チューハイを取り出しリビングへ戻ると、ちょうど佐久間は皿に乗せたあの薬を口の中に入れていた。
来た…、やっとだ…!
四日!!四日もかかった!!
長かった…ッ!!
これで苦しかったあの日々ともさよならだ!!
小躍りしたくなる足をなんとか落ち着かせて、佐久間の隣へ腰を下ろす。
勝ちを確信して「佐久間」と呼びかけ、素直にこちらを向いてくれる大きな瞳を覗き込む。
瞳孔が変形するのを、固唾を飲んで待った。
が、しかしーー。
「…あれ……?」
結構時間経ってるけどハートにならない…!?
なんで?!
「あ、あべちゃ…?」
「なんで…」
「え?…あ、あの、、恥ずかしいよ…?そんな見ないで…」
そこまで飲んでいるようには見えなかったがもうアルコールが回ったのだろうか、佐久間の顔は茹蛸のように赤かった。
ただ、今気にするべきところはそこじゃない。
話し方もいつも通りなこと、これまで舘様やめめ、ふっかに見せていた「効き目」のような行動も見られないことに、焦り苛立った。
「佐久間ァッ!」
「っひゃい!な、なに…?」
「俺のこと好き?!」
「ぇっ!?…す、すきだよ……?」
……効いてなくない…?
え、なんで!?
場所も条件も、何もかも全部揃ってるよ!?
それに用法・用量だって守ったじゃん!!
そこまで考えた後で、一つの憶測に行き当たった。
今日まで、毎日佐久間にこの薬を飲ませ続けてきた。
通常の薬と同じ考え方でいけば、人体というのは接種すればするほどその効能に対して耐性ができると言われている。
だから、痛み止めなども飲み過ぎは良くないのだ。
いざという時に効き目が現れなくなってしまうから。
もし、それと同じ現象が今起こっているのだとしたら…。
佐久間にはもう「この量」じゃ足りない。
それなら…………。
「いけない」と制止してくる理性は、「どうしても」と食い下がる欲求に簡単に押し負けた。
アルミのシートから一粒のハートをプチッと突き破らせる。
左手で佐久間の後頭部を押さえ、右手に転がるそれを口の中へと強引に押し込んだ。
「ん“ん“っ!?」
「飲んで。大丈夫、ただのラムネだから…」
嘘吐きでごめんね。
今だけでいいから、こっち向いて…っ…。
あと一個飲んでくれさえすれば、全部上手くいくんだもん。
こうでもしなきゃ、苦しくて、痛くて、壊れちゃいそうなんだもん。
これさえあれば、ずっと欲しかったものにやっと手が届くんだもん。
だからお願い…お願いだから効いてよ…ッ!!
咄嗟のことに驚いたのか、割り入ってきたものをそのまま丸呑みしてしまった佐久間は小さく咳き込んだ。
「けほっ、どしたの、、ほんとに…」
耐えろ。もう少しの我慢だから。
そんな目で見ないで。
俺が欲しいのは、そんな戸惑うようなものじゃないの。
熱に浮かされたように溶けるそれがいい。
佐久間の全部で俺を見てよ。
佐久間の世界に俺だけを迎え入れてよ。
懇願するようにじっと成り行きを見守る。
すると佐久間は、急に膝を抱え込んで丸くなり、小刻みに震え始めた。
「…ァ…ヒ………ヌ…」
微かに聞こえてくる声は言葉ではなくて、ただの音のよう。
何が起きているのかと怖くなり、佐久間の体を揺すって呼びかけた。
「佐久間?佐久間?大丈夫?」
何度か背中を叩いて返答を待っていると、その体は突然バッと起き上がった。
「んぁー!」
「…さくま…?」
「あべちゃー!」
「う、うん?」
「チーズはどこの猫ちゃんかにゃ?」
「…え?」
「違います!わんっ!チーズはうさぎさんの背中だぴょん!」
「………」
「ちゅー、ネズミくんはリンゴの上でお昼寝するにゃー」
「……」
…佐久間が壊れた!!!!!!!
待って待って待って待って…っ!!!
説明書き!説明書きもう一回見ないと…!
大慌てで鞄をひっくり返して、箱の中に入れていた紙切れをもう一度読んだ。
初めて読んだ時にしっかり目を通していたか怪しい部分までじっくりと目を凝らしていくと、今知りたかった情報を見つけた。
【注意】
1)用法・用量は厳守してください。言語野に著しい異常をきたすことがあります。
これじゃん!!!!
やばいやばいやばいやばい!!!
どうしよう!!!
こんな時はどうしたらいいの!?
何度も裏返してはまた表にして、ワタワタと文字だらけの紙から必要な情報だけを拾おうと格闘する。
そして、その末にようやく得られたものは、一番欲しくない救済だった。
【注意】
:
2)異変が見られたときはすぐに使用をおやめください。
3)上記を感じた場合には同封の〈LOST錠〉を服用することで、脳への作用を無効化することができます。
4)〈LOST錠〉を服用した後は、〈キューピッドA錠〉を服用する・しないに関わらず、服用させた人に対して想いを寄せることは永久にありません。
あの箱の中には、二種類の錠剤が入っていた。
対になったもう片方は、使わないと思っていた。
でも、どうやらそうするより他に道はないようだ。
佐久間を騙して、こんなずるいやり方でその心を欲したバチが当たったんだろう。
楽しようとしたツケが回ってきたんだ。
床に転がったそれを拾って、 シートから一粒取り出した。
シーリングライトをポヤポヤとした表情で眺めながら「蛍光父さんッ!!」と、よくわからない雄叫びを上げている佐久間の口にバツの形をした錠剤を落とし入れる。
外気に触れる濡れた両頬が、どうしてかひどく冷たかった。
その体の中に嚥下されていく時間が、悠久のごとく感ぜられる。
もう二度と、佐久間は俺を好きにならない。
今までも、これからも。
絶対に。
こんなに皮肉なネーミングはないだろう。
これはまさしく、喪失。
決して手に入らなくなった。
佐久間の心も、視線も、何もかも。
最初から俺のものでもなんでもなかったけれど、それでも失うんだ。
まだ何も伝えられていなかった。
こんなことになるなら、真正面から告白すればよかった。
後悔したって遅い。
今から俺は、永遠に失恋する。
苦しいけれど、俺が好きだった佐久間がいなくなっちゃうくらいなら…。
そろそろ、さよならだね。
ずっとずっと、好きだったよ。
深い絶望の中でぼーっとしていると、いつの間にか佐久間の様子は落ち着いていた。
「んにゃ、阿部ちゃん?どうして泣いてるの?」
「…ぁ…、さくま…」
「どっか痛いの?大丈夫?」
「さくま…」
「ん?」
「ごめん…ごめんね…」
「え、、ぇ、ほんとにどうしたの…?」
「ごめん…っ…」
「あ、謝んないでよ…どうしよう…」
「…すき……」
「…へ……?」
「ごめん、好きなんだ…ずっとずっと好きだった…」
もう一生届かないのなら、いっそのこと今ここで全部吐き出してしまおうと思った。
その瞬間にはもう、今まで言えなかった気持ちが全て、口から一斉に飛び出していた。
やけくそだった。
今になって伝えられたのは、答えがわかっているから。
今まで言えなかったのは、見通しがつかなかったから。
どんな反応が返ってくるのか、次の日からどんな空気になってしまうのか、何もかも不透明で予測ができなかった。
クイズやテストとは訳が違う。
丸かバツかなんて、そんなシンプルなものじゃない。
複雑で難解だからこそ、解き明かすことが恐ろしかった。
長年溜め込んだ恋心を墓場まで持って行く根性なんてなくて、拒絶されてでもいいから言わせて欲しかった。
戸惑うように眉を寄せる佐久間はその瞳をあちこちに彷徨わせた後、 恐る恐るといった様子で俺の目を覗き込んだ。
「…それほんと…?」
「うん…ほんと…。ほんとに好き。今まで怖くて言えなかったけど、佐久間だけが好きだった。佐久間しか見えなかった」
「…どうしよう……」
その迷いには、どう断ろうかという意味でも含まれているのだろうか。
言ってしまった以上は、覚悟を決めて受け入れなければ。
えげつない罵詈雑言を浴びせかけられるかもしれない最悪の想定までしておいて、それよりはいくらかマシであってくれと願った。
バクバクと激しく動く心臓を感じながら佐久間の言葉を待っていると、その口は不意に小さく開かれた。
「……すっごくうれしい…」
…
……
………は?
「…は?」
「俺もね、阿部ちゃんのこと好きだったよ。ずっと、ずっと前から」
「え…?ちょ、」
「でも、俺も怖くてずっと言えなかったの」
「あ、え…?」
「だから、今日誘ってもらえてすごく嬉しかったし、阿部ちゃんのお家で二人っきりでしょ?ほんとはすっごく緊張してたの…んへへ…」
待って。
追いついてない。
ちょ、誰か。
説明して。
今何が起こってる?
ていうか、ふにゃっと笑うな。
可愛いくて困る。
誰が「あざとい警察」だよ。
こっちが逮捕したいわ。
「あべちゃ、あべちゃ」
「ぁ、はいっ、なんで、しょう」
「ぎゅーってしてもいい…?」
「ん“ん“…お願いします…」
「やった…ん…ふへ……阿部ちゃんの匂いすき…」
じぬ“…。
息が出来ない…ッ…。
もしかしてこれ夢…?
いや、違う。
ここ数日で噛み締めすぎた下唇、今も噛んでるけどちゃんと痛いもん。
これからどうしたらいいのかは皆目見当もつかなかったが、ひとまずこの奇跡めいたものが幻になってしまわないように、離そうとはしてくれないその体を抱き上げて寝室へ向かった。
この幸せも、薬なんてなくても俺を見てくれる佐久間も、全て閉じ込めるようにそのドアを閉めた。
翌朝、仕事に行くための身支度をあらかた済ませたところで、最後に忘れ物はないかと確認していると、昨夜散らかしに散らかした鞄の中身が目に入った。
「あーあー…やっちゃった…」
焦っていたとはいえ、カーペットの上に転がったアイテムたちが寂しそうで少し申し訳なくなった。
その一つ一つを元の場所にしまい直していると、目を地走らせて読んでいたあの紙切れが目に入った。
「変なもの買っちゃったなぁ…」
なんて呟きながらその説明書きをもう一度ぼんやりと眺めていると、ミジンコ並みに小さく書かれた一文が目に飛び込んできた。
「はぁ!?嘘でしょ!?!!?」
こんなに小さい文字では見落とすに決まっている。
騙されたような気もするが、もう気にしないことにした。
「あべちゃんおはよ、どしたの?」
後ろから抱き締めてくれる恋人の体は、先ほどまで風呂に入っていたためかとても温かい。
「なんでもないよ」と返して佐久間の正面に向き直り、その体を包み込む。
「んへへ…しあわせ…」
蕩けた声が愛おしい。
ずっと、ずっと、こうしたかった。
まだ実感が湧かない。
昨日の今日では無理もないが、本当に夢みたいだ。
「そろそろ出よっか」
「うん!今日もがんばろーっ!」
薬の箱とアルミのシートを二枚、そして、あのイカれた説明書きも全部ゴミ箱に捨てて、玄関のドアを開けた。
ぐちゃぐちゃにしたついでに中身を整えた鞄を提げ、佐久間と手を繋ぎながら今日の現場まで続いている道をゆったりと歩いていった。
〜キューピッドA錠〜
【注意】
:
:
:
:
※盛った相手が元々あなたに想いを寄せている場合、〈キューピッド錠〉及び〈LOST錠〉の効果はありません!おめでとうございます!☆
※用法・用量をお守りいただけない使用をした場合は、上記の場合でも言語野に異常をきたすことがありますのでご注意ください。
EnD