テラーノベル
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蒸し暑い夏の夜だった。
杜王町の空を黒い暗雲が覆い尽くしたかと思うと、激しい雷鳴と共に、バケツをひっくり返したようなゲリラ豪雨が街を襲った。
「くそっ、マジかよ! 髪型が崩れるっつーの!」
濡れた上着を払いながら、東方仗助は通り沿いにあったレトロな喫茶店『カフェ・ドゥ・マゴ』の扉を押し開けた。
店内は控えめなジャズが流れ、数人の客が静かにコーヒーを味わっている。
安心したのも束の間、カランコロンとドアベルを鳴らして入ってきた「もう一人の客」の姿を見て、仗助の顔が瞬時に引きつった。
「……最悪だ。なんで君と同じ店に入らなきゃならないんだ」
「そっくりそのまま返すぜ、露伴の野郎……」
濡れた前髪を手で払いながら入ってきたのは、岸辺露伴だった。 お互いにあからさまに嫌そうな顔を浮かべ、できる限り離れたテーブル席へと腰を下ろす。
その時だった。
バリバリバリッ——ズドン!!
地響きのような激しい雷鳴が街に轟き、次の瞬間、店内の灯りとジャズの音が綺麗さっぱり消え去った。
「「……!」」
店内に響く、客たちの小さな悲鳴。 外の街灯も一斉に消えており、どうやら杜王町の一帯が大規模な停電に見舞われたらしい。店内は、窓を叩きつける雨音と、遠くで鳴り響く雷鳴だけの暗闇に包まれた。
マスターが慌てて各テーブルに小さなカンテラ(石油ランプ)を置いて回る。 ほの暗い橙色の光が照らし出したのは、店の隅で気まずそうに離れて座る、背の高い高校生と気位の高い漫画家だった。
他の客が雨の弱まりを待って早々に店を出ていき、気づけば店内に残されたのは仗助と露伴の二人だけになっていた。
静寂が支配する店内。雨音だけが不気味に響く。 スマホの電波も途絶え、暇を持て余した露伴が、カンテラの光の下でふっと不敵な笑みを漏らした。
「ふん……暇つぶしにもなりはしないな。仗助、君の顔を見ているだけで退屈で死にそうだ」
「あぁん? 誰のせいでこの重苦しい空気になってると思ってんだよ。文句があるなら先に帰ればいいだろ」
「この雨の中を出るわけがないだろう。僕の原稿が濡れたらどうする」
露伴はテーブルに肘をつき、細い指を組んだ。
「まあいい。せっかくの停電だ。退屈しのぎに、一つゲームでもしようじゃないか」
「ゲーム? あんたとやると、どうせロクなことにならねーから嫌だね」
「安心しろ、イカサマの余地がない心理戦だ。ルールは単純……『コイン当てゲーム』だよ」
露伴はポケットから一枚の百円玉を取り出し、カンテラの光にかざした。
「僕が手にコインを隠す。右手か左手か、君が当てるんだ。君が勝てば、今度の週末、僕が君に高級焼肉を奢ってやろう。……だが、僕が勝ったら、君のその自慢の髪型の『秘密(セットの方法と時間)』を僕に教え、取材させてもらう」
「なっ……! 俺の髪型のセット方法だと!?」
仗助の眉が跳ね上がった。 いつもなら絶対に断る誘いだが、相手はあの岸辺露伴である。ここで逃げたら「恐怖で逃げ出した」と一生煽られ続けるのは目に見えている。
(……だが、待てよ? たかが二択だ。露伴の野郎、心理学だのなんだので俺の視線を誘導してハメる気だな……!)
「いいぜ……乗ってやるよ、露伴!」
仗助は不敵に笑い、テーブル越しに露伴と向き合った。
露伴は両手を背中に回し、カンテラの揺らめく光の中でゆっくりと前に出した。左右の拳が、テーブルの上に並べられる。
「さあ、どっちだ? 仗助。君の単純な脳細胞なら、右を選ぶか……それとも捻くれて左を選ぶか?」
露伴の表情は完璧にコントロールされており、目線の動き一つ読めない。
(くそっ……! 観察力ならプロの漫画家である露伴の方が上だ。俺が迷っている仕草すら読まれてる……! 普通なら『右』だ。だが露伴は俺がそう考えることを見越して『左』に入れるか? いや、裏の裏をかいてやっぱり『右』か……!?)
暗闇の中、カンテラの炎がゆらりと揺れる。 雨音が二人の思考を加速させていく。
仗助は息を呑み、露伴の顔をジッと見つめた。
(待てよ……。露伴の野郎、さっき『単純な脳細胞なら右』って言ったな? こいつはわざと俺に『右は単純だと思われるから避けよう』と思わせる心理誘導だ! だったら……あえて!)
「……右だ! 右の手に入ってるぜ!」
仗助が指差した。 露伴の唇の端が、わずかに吊り上がる。
「……残念だったな、仗助」
露伴が右手を開く。
——空っぽだった。
「なっ……!?」
続いて露伴が左手を開くと、そこには百円玉が静かに光っていた。
「くっそ〜〜〜っ! 心理誘導にハメられたのかーっ!?」
悔しがる仗助を見て、露伴は満足そうに鼻で笑った。
「フン、心理誘導など使っていないよ。僕はただ……最初から両方の手にコインを入れていなかっただけさ」
「はあぁぁぁ!? お前それ、イカサマじゃあねーかっ!!」
ガバッと立ち上がる仗助。露伴は至極当然といった顔で、自分の胸ポケットから『もう一枚の百円玉』を取り出してみせた。
「何を怒っているんだ? 僕は『右手か左手か当てろ』と言ったが、『どちらかに必ず入っている』とは一言も言っていない。勝負が始まる前、両手を背中に回した瞬間に、コインをポケットに仕舞うのが僕の『ヘブンズ・ドアー』並みの素早さなら容易いこと。……君が『勝手に二択だと思い込んで悩んでいた』だけだよ」
「て、てめぇ……! どこが『イカサマの余地がない心理戦』なんだよ! 屁理屈だろーがッ!」
「知知(ちち)たるものだね。勝負とは、ルールが提示された瞬間から始まっているんだよ。さあ約束だ、髪型のセット時間を——」
その時。
パッと、店内の照明が一斉に灯った。
「あ、復旧したみたいですね」というマスターの声と同時に、エアコンがブーンと音を立てて動き出し、明るい光が店内を満たした。外の雨も、いつの間にか小降りになっている。
一瞬眩しそうに目を細めた露伴。 その隙を、仗助は見逃さなかった。
「あーあ! 停電直ったからゲームも終ーわり! ほら、外の雨も上がったぜ!」
「なっ……! 待て仗助! 勝負は僕の勝ちだ!」
「暗闇の中の勝負なんて、照明がついたら無効に決まってんだろーが! じゃあな露伴、二度と変なゲーム持ちかけるなよ!」
仗助はあっかんべーをすると、露伴が引き止める間もなく、疾風のように店のドアを押し開けて走り去っていった。
「あ……おい! 逃げるな仗助ッ!」
一人残された露伴は、店内にポツンと立ち尽くした。 手の中の百円玉を握り締め、盛大なため息をつく。
「……やれやれ。どこまでも調子のいいやつだ」
そう吐き捨てながらも、露伴の顔にはどこかわずかな可笑しさが浮かんでいた。 カンテラの消えたテーブルで、冷めかけたコーヒーを一口すする。
外に出ると、雨上がりの杜王町の夜空には、雲の切れ間から綺麗な月が顔を覗かせていた。
仮面ライダー中毒
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コメント
1件
あの露伴と仗助の絶妙な距離感、たまらないですね🤍 停電の暗闇っていう非日常が、二人のやり取りを一層引き締めてて。露伴の「最初から両方の手にコインを入れてなかった」ってイカサマ(?)には、思わず笑っちゃいました。仗助の「照明がついたら無効!」って反撃も、彼らしくて最高です。雨上がりの月のシーンで、二人の関係性がほんのり温かく見えたのも好きです。