「──そんなことしちゃ、ダメ」
私の言葉に土蜘蛛が反応した。
土蜘蛛が私の存在を確認して、身を震わせた。土蜘蛛が私を土蜘蛛のものだと言ったが、私はそれを否定して鷹夜様のもとへと駆け寄った。
そんな私を驚きながらも受け止めてくれた鷹夜様が、どうしようもなくて、愛しくて。抱きついてしまった。
私の旦那様。鷹夜様。
私を暗い蔵から、明るいところへ連れ出してくれた人。
九尾の狐だと告白したのに、全て受け止めてくれた優しい人。
そんなことを考えていると、胸の奥がジワリと温かくなった。
鷹夜様を守りたいという気持ちが、体から溢れそうだ。いや、いっそ溢れてしまえばいい。伝えたい。
鷹夜様の胸のなかで、静かに目を閉じて祈ると──ポッと私の手の中に金色の炎が現れたのを感じた。
私に宿った温かさに目を開くと、|蝋燭《ろうそく》のような|灯火《ともしび》の光は、みるみるうちに膨れ上がる。
あっという間に金色の炎は輝きを増して、竜巻のように渦を巻いて上昇した。
鷹夜様が「なんて神聖な炎……しかも力がみなぎってくる」と、感嘆の声を漏らした。
鷹夜様の隣にいた人も「これは体力が回復している!?」と声を上げた。
私にはこの炎はまるで、地上を駆け抜ける流星のように見えた。
この炎が傷付いた人達の癒やしになって欲しい。
穢れを全て浄化して欲しいと一心に願っただけ。
すると天高く舞う炎はぱあっと周囲に飛び散った。
それは十年前のあの日。
村を包み込んだ炎よりも、ずっと暖かく、ずっと強い光を放っていた。
ごうっと勢いよく、私から生まれた太陽のかけらのような炎。
私の耳に風とともに「傷が治った!」「意識が戻った」「瘴気が祓われたぞ」と言う人々の安堵の声が聞こえた。
良かった。
私の炎は人の役に立った。でも、まだ土蜘蛛まではこの炎は届いていない。
かっと目を見開いて、土蜘蛛に向かって叫んだ!
「お願い、皆を守って!!」
祈りを炎に託す。
知らぬ間に額から汗が流れる。
全身の血が巡っているのがわかる。
心臓が破裂しそうなくらいにドキドキした。
すると炎は指向性を持ったかのように、きゅんと、明るい|彗星《ほうきぼし》のように。一直線に土蜘蛛に向かって突き進んだ。
ごうっと勢いを増す炎。夜なのにとても明るくて、私自身も炎のきらめきに目を細める。
そして、あっという間に炎は土蜘蛛を包み込んだ。
ギィィィァァアアッッ──!!
土蜘蛛が炎に触れた瞬間、夜空を切り裂く絶叫を上げた。
鷹夜様も私を抱きしめたまま「環の炎が、土蜘蛛を焼き尽くそうとしているのか」と声を上げた。
誰も彼もが屋上で、炎に包まれる土蜘蛛を凝視していた。
屋根の上で炎を払うように土蜘蛛は脚をバタバタと動かす。その度にギシギシと建物が軋む。バリンと窓ガラスが幾つも割れる。
このまま土蜘蛛を燃やせると思った。そして、五人を救えると思った。
やったと小さく声に出そうと思った瞬間、口からこぽりと生暖かいものが溢れて、こほっと吐いてしまった。
こんなときに一体なんだと、自分の胸元を見ると真っ赤な鮮血だった。
意味がわからなくて目の前が真っ白になると、鷹夜様にガバッと抱きすくめられた。
「環っ! それは力の使い過ぎ──暴発寸前の証だっ! もう力を使うなっ」
『暴発寸前?』そう言いたかったのに、途端に体中の力が抜け落ちて行くのが分かった。
どっと押し寄せる疲労感と倦怠感。重くなる体。一気に湧き上がる汗。
そして、霞む目の前の景色。
──土蜘蛛を包み込む炎が、みるみる小さくなる。






