テラーノベル
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「俺は40になりました、まあ昔は色々ありまして、若い頃に生まれた子供です」
「ご、ご結婚されてたのですね……」
「いえ、今はしていません。息子は元妻と暮らしています、恐らく今も」
サラリと返されて、真衣香は息を飲んだ。なんて無神経な言葉を選んだんだろう。
イコール結婚している、としか認識できない狭い視野が恥ずかしくなった。
「す、すみません……。余計なことを言ってしまいました」
「ああ、気にしないで下さい。離婚自体はかなり前のことですから」
うなだれていると「何で自分はこんなに視野が狭いんだう。って顔してますね」そう言って、またもや高柳が、真衣香の心を読んだかのような発言をした。
「え!?」
「当たりましたか。では、この流れでひとつ」
驚く真衣香を視線だけで捉えた高柳。
そこから、なかなか次の言葉が続いてこない。
車の走行音ばかりが、高柳の声を待つ真衣香の耳を刺激した。
やがて聞こえてきたものは、ゆっくりと、言い聞かせるような穏やかな声。だけど少し悲しい声。
「八木くんの優しさは、もちろん君を守ってくれるでしょう」
「え?や、八木さんですか?」
突然八木の名前が出て驚いた真衣香は、高柳の表情をちらりとうかがうけれど。そこからは何も読み取れなかった。
「ですが、俺は、守るべきは“今“の君ではないと考えます。ぶつける先がなくなってしまった言葉ほど虚しいものはありません」
「……虚しい?」
「はい、拗れていくと本当に言葉にしたかったことが薄れてしまって、見つけ出せなくなることもありますから」
(これは、多分……坪井くんを絡ませての言葉じゃない)
高柳は真衣香の現状など、もちろん詳しくは知らないだろう。なのに、胸の中のモヤモヤとしたかたまりを見透かされているような気持ちになった。
見透かした上で、初めて“真衣香自身“に、声をかけてくれたような気がした。
「……高柳部長は優しい方なんですね。少し誤解していたかもしれません」
人の心に敏感な人には、優しいイメージがある。
「いえいえ、誤解したままで正解ですよ」
しかし、大袈裟に首を振って、高柳は否定した。
「俺は関係のない君に酷いことを言って、困らせている人間です。陰湿な物言いの、嫌な奴だと認識していて下さい」
諭すような雰囲気が一転して、いつもの……と言うほど知らないのかもしれないが。真衣香の知る限りでの高柳の声色に戻った。
「……どうしてですか?」
「君が怯えた顔で……そうですね、涙でも浮かべてくれていれば。さすがに目を覚ましてくれるでしょうから」
「め、目を覚ます?」
そう言った高柳は、ほんの少し。いつもとは違う、イタズラな笑顔を見せた。
「はい、ある種の賭けですね。君を使った」
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