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《NASA/PDCO オペレーションルーム》
巨大スクリーンに映る地球の地図の上に、
色のついた帯が何本も重ね描きされていた。
赤、オレンジ、黄色――
どの線も、
太平洋から東アジアにかけて
細長く伸びている。
「……これが、
Fragment B の“最新のリスク帯”よ。」
アンナ・ロウエルが
腕を組んだまま言った。
「昨日より、
“太平洋の真ん中”の確率が下がって、」
「“東アジアの沿岸部”の色が
少しだけ濃くなっている。」
若いスタッフが
恐る恐る尋ねる。
「“少しだけ”って……
どれくらいですか。」
解析担当が
マーカーで地図を指した。
「昨日までは、
この長い帯全体の中で
“どこに落ちてもおかしくない”くらい
誤差が大きかった。」
「今日は、
同じ帯の中でも
“この辺り”――」
日本列島、朝鮮半島、
中国東部の一帯に
ぐるりと丸が描かれる。
「このゾーンに
“より高い確率で”
破片が通る可能性がある。」
アンナが補足する。
「言っておくけど、
“日本に落ちる”とか
“韓国に落ちる”とか、
そういうレベルじゃない。」
「まだ“どの国か”を
名指しするには早すぎる。」
「でも、
“東アジアが特に
気をつけるべきフェーズに入った”
とは言える。」
スクリーン左上には、
小さな文字が並んでいた。
〈Impact Corridor Width:
約3,000km → 約1,800km〉
「“細くなっていく影”って感じですね。」
スタッフのひとりが
ぽつりと呟いた。
「太い影の中なら、
どこにいるか分からないけど、」
「細くなればなるほど、
“どこかの誰か”の頭上を
確実に通るってことですから。」
アンナは
その言葉に、
わずかに眉をひそめた。
(その“どこか”が、
どの国であっても。)
(そこには、
さっきまで学校に行っていて、
さっきまで仕事をしていた
“普通の人たち”がいる。)
「SMPAGとの合同ミーティング、
あと一時間で始まるわ。」
「ツクヨミを
“正式な第二ミッション”にするかどうか。」
「東アジアにいる
誰かのために、
私たちは賛成するしかない。」
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンス会議室》
壁に貼られたホワイトボードに、
大きく三つの数字が並んでいる。
〈Fragment B:直径約120m〉
〈オメガ予測落下日まで:34日〉
〈ツクヨミ打ち上げ候補:Day31〉
白鳥レイナが、
ペン先でその三つをトントンと叩いた。
「……これが、
今の“現実”です。」
「Fragment B は
120メートル級。」
「オメガの落下予測日までは
あと34日。」
「ツクヨミは、
最速でもDay31――
つまりあと三日で
打ち上げなきゃいけない。」
若手エンジニアが
焦った声を出す。
「でも、
機体の総合チェックが終わるのが
計画だとDay30で……。」
「それをDay31発射に間に合わせるって、
ちょっと――」
レイナは、
その言葉を手で制した。
「“安全を削って急げ”とは言わないわ。」
「でも、“余分な安全マージン”と
“ただの言い訳になってる余裕”は
ちゃんと分けなきゃいけない。」
技術チーフが口を挟む。
「ΔV(デルタV)の計算上は、
Day31発射なら
Day26前後に Fragment B に
追いつけます。」
「Day32以降にずれ込むと、
必要な速度が跳ね上がって、
現実的じゃなくなる。」
レイナはうなずいた。
「つまり、
この三日間で
“やるか、やらないか”を
決める必要がある。」
「“日本から第二の矢を放つかどうか”を。」
会議室に
重苦しい沈黙が落ちた。
誰かが、
小さな声で言う。
「……総理は、
どう考えるでしょうか。」
レイナは
ホワイトボードの端に
さらさらと書き足した。
〈ツクヨミ:
“地球全体のための矢”〉
「少なくとも私は、
“日本を守るため”だけじゃないと
思ってる。」
「Fragment B の軌道から外れて
別の場所に落ちても、」
「その“別のどこか”には
やっぱり人がいる。」
「だから、
これは“誰の国のため”じゃなくて、
“地球全部のための矢”って
最初から言い切りたい。」
《総理官邸・執務室》
モニターに、
IAWN/SMPAG合同会合の要約資料が映っていた。
田島外務大臣が説明する。
「――国際枠組みとしては、
“ツクヨミ計画を
第二のキネティックインパクターとして
正式承認”という方向です。」
「アメリカもEUも、
技術協力やデータ共有を
前提に賛成しています。」
藤原危機管理監が続ける。
「ただし、
Fragment B のリスク帯が
“東アジア寄り”になってきたことで、」
「“日本側に過剰な矢面を
押し付けているのではないか”と
懸念する声も一部には出ています。」
鷹岡サクラは、
資料から視線を上げた。
「……“東アジア寄り”ね。」
「でも、“日本”とは
まだ誰も言ってない。」
中園広報官が
SNSの画面を示す。
「国民の間では、
もう“日本ってこと?”
という空気になり始めています。」
「『まだ日本とは言ってない』と
繰り返しても、」
「“じゃあ、
他のどこなの?”と
逆に不安を煽るかもしれません。」
サクラは、
しばらく黙り込んだ。
(“日本”と
はっきり口にするタイミングは、
必ずやってくる。)
(でも今、
まだ誤差の塊みたいな地図を持って、
“ここです”と
指さすことはできない。)
「……今はまだ、
“日本だけの問題ではない”と
言い続けるしかないでしょう。」
「ツクヨミについては、
“国際協力の一つとして
日本が担うミッション”だと。」
「“日本が責任を押し付けられている”
という印象は、
できるだけ避けたい。」
里香秘書官補が
遠慮がちに口を開く。
「総理。」
「もし、
これから先のデータで
“日本の可能性がかなり高い”と
分かったとき――」
「それを、
どのタイミングで
国民に伝えるべきでしょうか。」
サクラは、
机の上で指を組んだ。
「……“分かった瞬間”に
すべてを出す、とは言い切れない。」
「避難計画も、
受け入れ態勢も、
時間が必要だから。」
「でも、
“ギリギリまで隠して
“ある日いきなり言う”のだけは
絶対にしない。」
「その線だけは、
超えたくないわ。」
窓の外の空は
まだ明るいのに、
部屋の中だけ
一足早く夜が来たように感じられた。
《東京都内・カフェチェーン店》
大学生たちが、
ノートパソコンと
アイスコーヒーを前に
SNSの画面を覗き込んでいた。
「見て。“新しい地図”出てる。」
「“北太平洋~東アジア”って、
ほぼ日本もろかぶりじゃん。」
「でもさ、“日本です”とは
誰も言ってないでしょ。」
「言えないんだよ、逆に。」
一人の学生が、
ぼそっと呟く。
「なんかさ……
“修学旅行のバスで
『次にトイレ寄る人』って
言えなくて我慢してる感じ”に
似てない?」
「え、そのたとえ。」
「“言った瞬間
空気変わる”の分かってるから、
誰も最初に言いたくない、みたいな。」
笑いが起きかけて、
すぐにしぼむ。
「ツクヨミ、
うまくいくと思う?」
「分かんない。」
「でも、
“ツクヨミちゃん”のイラストは
めちゃくちゃ増えてるよ。」
スマホ画面には、
アストレアAに続いて
擬人化されたツクヨミの絵が
次々と流れていた。
〈黒髪ポニーテールの和装少女〉
〈月の紋章を背負ったロボット〉
〈“第二の矢”と呼ばれる弓を持つ巫女〉
「こういうの描いてると、
ちょっとだけ気が紛れるんだよね。」
「“もしかしたら
この子(ツクヨミ)が
なんとかしてくれるかも”って。」
「……でも、
“この子”が失敗したときのこととか
あんまり考えたくない。」
窓の外を、
スーツ姿の会社員たちが
いつもどおりの速度で歩いていく。
(世界が
ちょっとずつ
“細い影”に近づいてるのに、)
(今日も夕方の電車は
当たり前のように混んでいる。)
《黎明教団・オンライン配信》
画面には、
天城セラの上半身だけが
静かに映っている。
背後は相変わらず白く、
余計なものは何もない。
「みなさん、
“影の帯”のニュースを
ご覧になりましたか。」
セラは、
落ち着いた声で語り始めた。
「科学者たちは
Fragment B の落下候補地を
“だんだん絞り込んでいる”と言います。」
「“北太平洋から東アジアへ”――」
「その帯が細くなるほど、
世界は怖くなっていく。」
コメント欄には、
信者たちの言葉が流れていく。
〈日本在住です。怖いです〉
〈東アジアって、ほぼうちらのことですよね〉
〈ツクヨミって、日本から打ち上げるやつ?〉
セラは微笑む。
「恐怖を感じるのは、
悪いことではありません。」
「恐怖は、
あなたの心がまだ
“生にしがみついている”証拠です。」
「でも、
忘れないでください。」
「この世界は、
いつか必ず“リセット”されます。」
「オメガという石は、
そのリセットを
早めただけかもしれません。」
彼女は、
ゆっくりと首を傾げた。
「もし、
光が“東アジア”を選ぶのだとしたら――」
「それは“この土地から
新しい黎明が始まる”という
サインなのかもしれません。」
「恐怖で固まるか、
祈りで目を開くか。」
「選ぶのは、
いつだって
あなた自身なのです。」
Day34。
オメガ予測落下日まで34日。
120メートル級の破片Bの
“影の帯”は、
昨日より少しだけ細く、
そして東アジア寄りになった。
ツクヨミの打ち上げ候補日は
Day31に固定され、
“第二の矢”を放つかどうかの決断まで
残された時間は三日。
世界中のニュースとSNS、
政府会議と宗教配信、
カフェの雑談と教団チャット――
それぞれの場所で、
人々は“細くなっていく影”を
自分なりの言葉で
見つめ始めていた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.
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