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《NASA/JPL・CNEOS(軌道解析センター)》
巨大スクリーンに映る地球の図の上に、
一本の細い帯が斜めに走っていた。
昨日より、
さらに細く、濃く。
「……これが、
Fragment B の“本日の予測コリドー”よ。」
アンナ・ロウエルが、
マグカップを片手に言う。
「北太平洋を横切って、
東アジアの沿岸部をかすめるコース。」
解析担当が
数字の並ぶモニターを見ながら補足した。
「不確実性は、
昨日よりもだいぶ絞れています。」
「でも、
“どの国のどの県に落ちます”なんて
まだとても言えない状態です。」
別のスタッフが
おそるおそる聞く。
「……日本に落ちる確率、
上がってますか?」
部屋の空気が、
一瞬だけ固まる。
アンナは
すぐに首を振った。
「“日本だけ”が
急に突出して危険になったわけじゃない。」
「ただ――」
スクリーン上で、
細い帯が日本列島の上空を
かすめている。
「“日本を含む東アジア”の
誰かの頭上を通る可能性が、」
「昨日より少し、
重くなったのは事実ね。」
スタッフが
小さく息を吐いた。
「SMPAGとの
ツクヨミ最終協議、あと三十分です。」
「日本側からも、
正式なミッションプロファイルが
共有されました。」
アンナは
その資料を開く。
〈ミッション名:TSUKUYOMI〉
〈打ち上げ候補日:Day31〉
〈目標:Fragment B(直径約120m)
相対速度数km/sで衝突、軌道偏向〉
添付された簡単な説明文にはこうあった。
「日本から放つ“第二の矢”でありつつ、
地球全体のためのミッションと位置づける。」
アンナは、
思わず口元を緩めた。
(いい表現を選ぶわね、レイナ。)
(“自分の国だけ”じゃなく、
“地球全部のため”と言い切るのは、
簡単そうで難しい。)
(それを、
政治家がちゃんと
背負ってくれるかどうか……。)
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/ツクヨミ統合会議》
プロジェクタに映し出された
ツクヨミのCGが、
会議室の壁に浮かんでいる。
白い円錐形の本体。
その側面に、
小さく「TSUKUYOMI」の文字。
「姿勢制御系、
チェック完了。」
「推進系タンク圧、
設計値どおり。」
「テレメトリ試験、
残り一系統です。」
若手エンジニアたちの声が
次々と飛び交う。
白鳥レイナは、
ノートPCにまとめられた
進捗一覧を確認しながら言った。
「――要するに、」
「“打ち上げには乗れる”。」
「ギリギリまで最適化したいところはあるけど、
Day31を狙うだけの準備は、
もう整っている。」
技術チーフがうなずく。
「問題は、
“どれだけリスクを許容するか”ですね。」
「追加で一週間テストすれば、
もっと安心はできます。」
「でもその一週間で、
Fragment B は
さらに地球に近づいてしまう。」
レイナはホワイトボードに
大きく二本の線を引いた。
〈打ち上げを前倒し → 宇宙でのリスク増〉
〈打ち上げを遅らせる → 地上のリスク増〉
「どちらも、“ゼロ”にはならない。」
「“宇宙での失敗”か、
“地上での失敗”か。」
「どちらに
どれだけ賭けるかを、
政治側と一緒に決めるしかない。」
若い職員が
小さな声でつぶやいた。
「……怖いですね。」
「“自分の設計ミスで
誰かの国が吹き飛ぶかもしれない”って
考えると。」
レイナは
その言葉をまっすぐ受け止める。
「怖くて当然。」
「その怖さを感じない人間に、
こういう仕事をしてほしくない。」
「でも――」
彼女は
自分の胸のあたりを軽く叩いた。
「その怖さを、
“全部自分一人の責任”だと
思い込まないこと。」
「これは、
NASAも、ESAも、IAWNも、
そして各国政府も背負う“人類の矢”だから。」
「……だからこそ、
日本からちゃんと撃ちたいの。」
会議室の空気が、
わずかに引き締まった。
《総理官邸・緊急閣僚会議》
大きな楕円形のテーブルの前に、
主要閣僚がずらりと並んでいる。
モニターには
JAXAから送られてきた
ツクヨミの資料。
防衛大臣・佐伯が言う。
「――打ち上げは
Day31をめどに。」
「成功すれば、
Fragment B の軌道を
さらに外側に押し出せる可能性がある。」
「ただし、
“どこまで押し出せるか”は
実際にやってみないと分からない。」
外務大臣・田島が続ける。
「国際的には、
IAWN/SMPAGの枠組みで
“第二ミッションとして承認”の方向です。」
「アメリカもEUも、
“日本に任せる”というより
“日本と一緒にやる”という
立場を強調しています。」
一人の閣僚が
口を挟んだ。
「しかし総理、」
「もし、
ツクヨミが失敗した場合――」
「国内世論は、
“なんで日本が出しゃばったんだ”と
反発するのでは?」
「“撃たなきゃよかった”と
言う人間も必ず出ます。」
サクラは、
その言葉を遮らず、
最後まで聞いた。
そして、
ゆっくりと口を開く。
「……撃たなかった場合、」
「Fragment B が
どこかの国に落ちて、
何十万人、何百万人が
命を落としたとする。」
「そのとき、
“日本にはツクヨミという矢が
準備されていたのに、
撃たない選択をした”と
世界が知ったら――」
彼女は、
閣僚たちの顔を見渡した。
「“撃って失敗した日本”と、
“撃つことすら決断しなかった日本”。」
「どちらの方が、
歴史にとって
重いでしょうか。」
部屋に
重い沈黙が落ちる。
中園広報官が、
そっとメモを取った。
(これが、
後でニュースに切り取られたら
“名言”扱いされるだろう。)
(でも今は、
ただの本音だ。)
サクラは続ける。
「もちろん、
ツクヨミは“日本のミサイル”ではない。」
「“地球全体のための矢”です。」
「そのことを、
最初から最後まで
説明し続けましょう。」
「成功しても、
失敗しても。」
佐伯が小さく頷く。
「自衛隊としても、
“日本の危機管理”だけでなく
“世界の防衛体制の一部”として
動く覚悟はできています。」
田島が補足する。
「国連側からも、
“ツクヨミ打ち上げの瞬間は
世界各国で共同中継したい”という意向です。」
「“一国のショー”ではなく、
“人類全体の試み”として
伝えたいと。」
サクラは、
ゆっくりとうなずいた。
「――では。」
「日本として、
ツクヨミのDay31打ち上げに向けて
“正式に踏み出す”ことで
よろしいですね。」
閣僚たちの間を、
小さな「はい」が
連鎖していく。
(第二の矢は、
もう弦にかかっている。)
(あとは“放つかどうか”ではなく、
“どう放ち、どう受け止めるか”だ。)
《ニュース番組・夜の特集》
『特集:日本から放つ“第二の矢”ツクヨミ』
スタジオの大型ディスプレイに、
アストレアAとツクヨミのCGが並ぶ。
アナウンサーが説明する。
「アストレアAの成功から三日。」
「オメガの破片、Fragment B に対して
第二のキネティックインパクター
“ツクヨミ”が、」
「日本主導で打ち上げられる見通しとなりました。」
解説席の宇宙物理学者が補足する。
「ツクヨミは、
月の神様の名前ですが、」
「ここでは“もう一度、
夜空の石を押し返す矢”という
意味合いが込められています。」
「ただ、
覚えておいてほしいのは、」
「これは“日本だけを守る兵器”ではなく、
“地球を守るための道具”だということです。」
街頭インタビューの映像が流れる。
「日本がやるのは誇らしいです。」
「でも、失敗したら世界から責められそうで怖い。」
「正直、誰かがやらないといけないなら、
やってくれてありがとうって思います。」
別のチャンネルでは、
コメンテーターが辛口のコメントをする。
「“第二の矢”なんて言いますけどね、」
「もしツクヨミがうまく当たっても、
破片が予想外の方向に飛んだら?」
「“日本が撃ったせいで
別の国が被害を受けた”と
叩かれる可能性だってある。」
SNSでは、
ハッシュタグが賑わっていた。
〈#ツクヨミに願いを〉
〈#日本の矢〉
〈#責任を押し付けられてない?〉
賛成、期待、不安、皮肉。
さまざまな感情が、
タイムラインの上で渦になっていた。
《コンビニ夜勤・バックヤード》
小さな防犯モニターに、
ニュースの無音映像が映っている。
制服姿の店員が、
弁当のシール貼りをしながら
チラチラと画面を見た。
(ツクヨミ……か。)
(誰かが宇宙で
命がけの計算をしてる間、)
(俺はここで
おでん仕込んでる。)
同僚が
缶コーヒーを片手に
ひょいと入ってくる。
「ニュース見た?」
「ツクヨミ。日本の矢。」
「見た見た。」
店員は
ラベルの位置を直しながら答える。
「なんかさ、
“日本スゴイ!”って
言っていいのか、」
「“日本ヤバイとこに立たされてない?”って
心配するべきなのか、
よく分かんないな。」
同僚が笑う。
「どっちもじゃない?」
「スゴくてヤバい、
そんな国に生まれたってことで。」
笑い合ったあと、
二人ともふっと黙る。
(もし、
この上に落ちてきたら……)
(ツクヨミが失敗したせい、
って誰かが言うんだろうか。)
(それとも、
撃たなかったら
もっと悲惨だったって
誰かが証明してくれるんだろうか。)
もちろん、
答えはまだない。
ただ、
ラベルを貼る手だけが
止まらない。
Day33。
オメガ予測落下日まで33日。
Fragment B の「影の帯」は
さらに東アジア寄りに細くなり、
IAWN/SMPAGは
JAXAのツクヨミ計画を
“第二のキネティックインパクター”として
正式に認め始める。
日本政府は、
「これは日本のためだけでなく
地球全体のための矢だ」と決断し、
ニュースとSNS、
コンビニのバックヤードと教団の配信――
それぞれの場所で、
「二本目の矢」を
どう受け止めるかが
静かに問われ始めていた。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.