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「月曜日のクォーターバックでしたっけ?」
 巻木幸太郎はそんな言葉を耳に車窓を流れる景色を見ていた。
 九十立方メートルの箱、つまりバスが時速四十キロで山道を走っている。
 人間と一緒に歌や笑顔も運ぶこの空間は別世界のようだ。
 アインシュタインはこんな光景を見て相対性理論を思いついたのか?
「ねえ先輩、聞いてます?」
 隣に座るショートボブの女子がしかめっ面をしている。
 高校二年生の同学年なのに先輩と呼んでくるこいつは香田海月。
「あんたって負けると現実逃避するよね」
「後輩さんはフットボールが好きなんだね」
 バスの後部座席で四人並んでカードゲームをしている状況だった。
「えっと……」
「こいつ、まだ名前を覚えてないんだよ」
 巻木幸太郎は窓から視線を戻した。
 林間教室というイベントへの移動の最中だった。
 様々な事情があり、修学旅行が林間教室というコンパクトなイベントに縮小された。
 本来ならばハワイか沖縄の夏のビーチのはずだった。
変更された理由として世間の情勢だとか教師が旅行会社にキックバックを貰っていたなどの噂が錯綜したが、真実はわからない。
 どこに行くかは知らないし、知る必要もなかった。
 山の中にそれほどの違いもないだろう。
 三十人の生徒たちは夏の制服に身を包んでバスで運ばれていた。
「これは神田直人。私は夜野美鈴。このイベントでゆっくり覚えていけばいいよ」
 美鈴がフレンドリーに接している海月は転入生だ。
 二学期から合流する予定を変更し、前倒しして参加をすることになった。
 そしてバスの後部座席を陣取ってカードゲームをやらされている理由は、海月の唯一の知り合いが巻木だからだ。
 海月は中学一年の頃に近所に住んでいた。
だがそのときは少年と認識しており、現在になってスカート姿の彼女と再会しても認知不能だった。
「女だったの?」という巻木の反応に海月は不快感を露わにし「女の子らしくなったね」というフォローがさらに火に水を注ぐ結果となった。
「でも会えてよかったよ」という適当な言葉で鎮火をしたのは、昔と変わらない切り替えのよさか。
「なんでマッキーのこと先輩って呼んでるの?」
 美鈴はゲームをしながら海月に探りを入れてくる。
「この人、私のこと少年と間違えた上に小学生だと思っていたらしいんですよ。それでネタバレするまで先輩って持ち上げてたんです。でも己の馬鹿さ加減を知らしめる前に引っ越しちゃいましてね。うちの親って転勤族で」
「名前は? 私たちも後輩って呼んだ方がいいの?」
 美鈴の質問に海月の視線が一瞬泳いだ。
「海に月でクラゲ」
「違います。かいるって読むんです」
「でもクラゲちゃんのほうが可愛いくない? あだ名呼びはマッキー入れて今は三人だけだし」
「このクラスは連帯感が強いから、すぐに名前だって憶えてくれるよ」
 美鈴と神田の言うとおり仲の良いクラスだ。
 空を飛んで俯瞰すればそう見えるだろう。
 音楽が流れ、誰かが歌い、ジャンクフードを食べながら笑顔を交換するこの空間。
「アメフトファンなら巻木より俺と話が合うよ」
 告白経験が二桁はあるという神田がアプローチしている。成功率はもちろんゼロだ。
「僕はアメフトに興味ないんですよ。スーパーボウルは知ってますけど」
「でも、さっきクォーターバックとか言ってたじゃん」
「あれって格言のようなものですよ」
 神田と美鈴が「格言」と顔を見合わせる。
「このゲームは二人用だからペアを組んで四人でやってますよね。さっきは僕と先輩のペアから僕が出て負けたじゃないですか」
 バスの中でゲームする生徒もいるが、ほとんどがスマホ通信だ。
 カードのようなレトロ遊具を使っているグループはここだけだ。
「うっさいんすよね。終わってからああすればよかったとか、あそこでこうだったとか」
「マッキーってそんなタイプだったっけ?」
「僕だけには先輩面するんですよ」
「あー、だから月曜日のクォーターバックか。日曜の試合の負けをクォーターバックが反省するんだね」
「正しくはファンがクォーターバック目線で批判するって意味なんすよ。他にたとえるなら月曜日のジャイアンツの監督とか、競馬終わりで飲む府中市民とか。でもアメフトも野球も競馬もルールすら知りません。スーパーボウルは知ってますけど」
「スーパーボウルって洋画観てると時々セリフに出てくるもんね」
 海月はもうこの二人と馴染んでいる。転校を繰り返したぶん人の懐に入るのはうまい。
 ただその副作用でキャパオーバーしたのか、人の顔と名前を覚えることは苦手らしい。
「マッキーはゲーム好きだけど弱いからねえ」
 美鈴がマイルドに巻木を煽ってくる。
 そんな言葉に「えっ?」と海月が反応した。
「どうした後輩?」
「弱いわけないじゃないですか。十三歳の僕を完膚なきまでに凌辱し続けた先輩じゃないですか。未だにあの暴行事件はトラウマっすよ」
「ゲームの敗北ごときでそんな強い言葉を使うな」
「振り返ってみればイカサマでしたけど。先輩はある程度負けて、重要なときにイカサマして勝つのがすごいんですよね」
「へー、そうなんだ……」
 ふと美鈴と神田が顔を見合わせた。
「ねえ、マッキーって席替えのくじ係だったよね」
 巻木は小さく息を吐き海月に向く。
「このクラスはみんな係を持ってるんだ。俺はクラス副委員長、美鈴はイベント係、神田は号令係。『起立!』とかいうやつ」
「席替えでマッキーは結構な割合で窓際を取ってたような気がする」
「いや、全部窓際だった。席替えの度にイカサマしてたのか?」
 ついに勘の鈍いこの二人にも感づかれてしまった。
「あ、先輩、余計なこと言っちゃいました?」
 海月がまったく悪びれた様子を見せずペロッと舌を出す。
「いいよ、この二人以外にはだいたいバレてた」
 それでもクラスメイトは見逃してくれていた。
「この調子でマッキーの秘密を売ればクラスに溶け込めるよ」
 悪魔の囁きに海月が苦笑いをしている。
「このクラスはちょうど三十人。男子と女子が半々。この旅行で顔と名前を憶えていけばいいよ。絶対に仲良くなれる」
「びっくりするほどまとまったクラスですね」
「そう、十年後も同窓会をやって全員出席するクラス」
 夢のような言動。だがそれは実際にあり得る。
 このクラスは強固な集団だ。
 それは同じ秘密を抱えているから。そしてその秘密を海月が知ることはないだろう。
 つまり海月はこの集団に笑顔で迎え入れられるものの、真のクラスメイトにはなれない。
 ……だが、そのほうがいい。
「来てよかったです。僕って人見知りでして」
「釣りとか森林浴コースとかバーベキューとかイベントがあるから楽しもうぜ。俺がアメフトを教えてやれるし」
「あ、それは遠慮します。どっちにしろ天気が……」
 バスの窓には激しい雨粒が叩きつけられている。
「晴れるから大丈夫」
 振り向き微笑んだカラフルな女子がいた。
「愛沢ナナさん。出席番号一。番号で覚えたほうがいいぞ」
「人を家畜のように言わないの」
 巻木の暴言にもまったく笑顔を崩さない彼女はいつもクラスの中心にいる。
 常にテストの点数も上位で、それに美貌と笑顔とカラフルさがプラスされる。
 彼女は色とりどりのアクセサリーで装飾している。
「雨はやむから安心して、クラゲちゃん」
「でも天気予報だと……」
 空気を読めない神田がスマホで天気を検索している。
「その薄っぺらい板よりも、晴れ女の私を信じなさい」
 まるで光が散ったかのように眩しい笑顔。
「あ、歌わなきゃ」
 ナナに順番が回ってきた。前方の巨大モニターにカラオケ画面が映っている。
 接続したスマホをマイクにして歌うシステムだ。
 こうして機器は進化しても、バスでカラオケという文化は維持されている。
 巻木たちはしばしゲームを中断して歌を聞く。
 思うに愛沢ナナの一番の武器は声だ。
絵描きが一本の線に感情を込めるように、声にすべてを込める力がある。
彼女が楽しげな声を出せばクラスが華やぎ、悲しい声を出せば沈む。
 巻木も席替えのくじのイカサマの件でお叱りを受けたが、心臓が冷える体験だった。
 どうしても窓際がほしいと懇願したら笑って許してくれたが。
「先輩この歌知ってます?」
 海月がモニターに映る女性を指さす。
「興味ないよ」
「有名なあれだろ? 奇跡の生還者ってやつ」
 神田が強引に話に入ってくる。本当に海月が気に入ったのかもしれない。
 今のところ本性を出してないが、海月は小柄ながらも見た目はいいほうだ。
「そうです。私たちと同じようにクラスの修学旅行中に事故に遭ったって」
 南の島でのクルージングと、どこぞの山の中が同列とは思えないが問題はそこじゃない。
 それは多くの死者が出る大事件だった。
 ……生還者はたった二人。
 三年前に起こったその大事件は、不自然なほどにメディアが大騒ぎしなかった。
その理由として外交問題だとか船の所有者の圧力だとか、色んな説が錯綜した。
 そんな悲観的な背景で歌い始めた少女が四宮リッチー。もちろん芸名だ。
 リッチーはマルチタレントというはっきりと説明できない存在になった。
歌ったり映像配信したり本を書いたりと躍動し、そのすべてが成功をおさめた。
 きっかけは悲運な事故だったが、本人にも才能があったことは誰もが認めるところだ。
「でもさあ、あれってヤバいよね」
 美鈴の言うあれも巻木は知っていた。
 リッチーと一緒に生還した男子の話だ。
彼が言うにはクラス全員で別の世界に跳ばされ、そして自分はその世界で戦い、リッチーを助け出したとのことだった。
 さらにはリッチーがマルチタレントとなったのは才能の宝石を手にしたからであり、自分にその世界の記憶があるのは記憶の宝石を手にしたからだという、まるでネットに転がる創作小説のような主張をした。
 そして彼はリッチーのストーカーとして訴えられ、現在の消息は不明。
 恐らくそういった治療をする施設にいると思われる。
「たった二人生き残った者同士なのに、あれほど運命がわかれるなんてねえ」
「リッチーは歌詞を自分で考えてるんすよ。次々にイメージが頭に浮かんでくるって。先輩は信じられます? 僕はゴーストライターがいるって睨んでますが」
「信じるよ」
「じゃあ、あのストーカーの言い分は?」
「とりあえず信じる」
「先輩って大学に入ったらマルチとかヘンテコ宗教に騙されますよ」
「俺はとりあえずどんな話でも受け入れることから始めるって決めたんだ」
 巻木は歌を聴きながら思い出す。耳に焼きついてずっと消えない声がある。
 あのとき信じれば運命が変わったかもしれない。
 ――私の話を信じてくれる?
 いつでも真実は見えにくい。
 月曜日のクォーターバック。
 外にいれば簡単に気づけることも、実際にフィールドで戦う人間には見えにくい。
 まるで白い紙に白い色鉛筆で書いたラブレターのようだ。
 愛沢ナナが映像のリッチーと合わせて踊り始めた。
 クラス全員が手拍子をする。
 巻木もそうした。きっとこのクラスは酔っていないと維持できない。
 だから今も歌に身を委ねろ……。
 愛沢ナナは画面のリッチーと合わせてタップを踏む。
彼女の笑顔はリッチーに劣っていない。
 歌も踊りも完ぺきだ。揺れるバスの中でまったく乱れがない。
 歌はサビのパートに入り車内が盛り上がる。
 世界が雨でもこの空間だけが晴れている、そんな表現を与えたい。
 画面のリッチーがスカートをひらめかせターンを決めた。
 ほんの少し遅れてナナがターンする。
 その愛沢ナナの頭が、ぐしゃっと弾けた。
 真っ赤に飛び散ったのがなんであるか理解することはできなかった。
衝撃を感じたのはその後すぐ。
まるで宇宙旅行のようにふわっとクラスメイトの体が浮かんだ。
 後部のガラスが割れ、巻木は隣にいた海月を抱きしめた。
 バスの中でボールのようにバウンドするクラスメイトたち。
 衝撃と浮遊感と真っ赤に染まる視界。
……音は聞こえなかった。
 月曜日のクォーターバックのように観客席から見ていれば「落石が直撃したバスが谷に落ちたんだよ。雨で地盤が緩んでたんだね」と冷静に説明してくれたことだろう。
 だが、中にいる人間にはそれは見えなかった。
 気づくとバスはトマトを投げ込んだミキサーのようになっていた。
 さきほどまで歌っていたクラスメイトは、もう人の形をとどめていない。
 巻木がその光景を見ることができた理由はたったひとつ。
 シートベルトをしていた。
 そのルールを守ったことで生き残れた。
だが、ほんの少しの延命だ。
 痛みは感じなかったが、自分の腹からどす黒い血が流れている。
「先輩?」
 声に感覚を取り戻し、生臭い血の匂いと痛みを感じた。
 巻木は海月を抱きしめながら、彼女のなくなった下半身を探した。
 だがもう、どのパーツが誰のものなのかも判別がつかない。
 何が起こったのかわからなかったが、海月も自分も死ぬことは理解できた。
 ライブの終わりだ。イベントは始まる前に終了した。
 海月は朦朧としながらも最期の言葉を探している。
「もしかして、助けてくれようとしました?」
 海月の瞳の光が消えていく。
 巻木の視界が暗転し感覚が失われる前に、海月の最期の言葉を聞いた。
「それとも僕をクッションにして自分だけ助かろうと?」
 ナイフで切ったように彼女の人生が終わった。
 巻木の意識が薄れていき、再びの墜落の感覚。
 この絶望感は自らの責任だ。体験する義務があった。
 ……これが死か。
 巻木幸太郎の感覚は確実に切断された。
 ……そして光。
 死者が光を与えられるのは宇宙のルールなのか?
「……先輩」
 それは香田海月の声だった。
「起きてください。ちょっとヤバいっす」
 死んだはずの自分が死んだはずの彼女の声を聞いている。
「変な場所にいます」
 どこにいるって?
「天国だかハワイかアマゾンか夏の高原か……もしくは異世界」

3分間のロングバケーション

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