テラーノベル
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その日、店はいつもより静かだった。
音楽は小さめ
グラスの音だけがやけに響く夜
りゅうきはカウンターの中で、淡々と手を動かしていた。
もう何度も繰り返した動作なのに、どこか落ち着かない。
(今日は……来るはずない)
そう思いながらも、入口を見る癖だけは抜けていなかった。
そのとき。
ドアベルが、軽く鳴った。
「いらっしゃいませ」
反射的に顔を上げる。
そこに立っていたのは――
「……こんばんは」
たくとだった。
りゅうきの手が、一瞬だけ止まる。
数週間ぶりなのに、空気は妙に自然で、でも確かに違っていた。
「たくとさん……」
「うん」
軽く手を上げて笑う。
でも、その笑い方が前より少しだけ静かだった。
りゅうきはすぐに視線を戻して、いつも通りの声を出す。
「お久しぶりです」
「ほんとだね。久しぶり」
たくとはカウンターに座る。
その動きは変わらないのに、なぜか“距離の取り方”が変わっていた。
「忙しかったんですか」
りゅうきがグラスを置きながら聞く。
「うん。ちょっとね」
「……そうですか」
それ以上は続かない。
前みたいに、軽く流す会話ができない。
その間が、少しだけ長い。
たくとはグラスを見つめながら、ぽつりと言った。
「来れなくなるとさ」
「はい」
「なんか、変な感じするね」
りゅうきはその言葉に一瞬だけ反応する。
でも、すぐに表情を戻した。
「お店、変わってないですよ」
「うん、それは分かってる」
たくとは少しだけ笑う。
「変わったのは、俺の方かも」
その言葉に、りゅうきの手がほんの少し止まった。
カウンターの間に、静かな空気が流れる。
いつもなら埋まっていた“間”が、今日はそのまま残っている。
りゅうきは視線を落としたまま言う。
「……仕事、落ち着いたんですか」
「まだバタついてる」
「じゃあ、無理して来なくても」
その言葉は、いつも通りのはずだった。
ただの店員の言葉。
なのに、
たくとは、少しだけ目を細める。
「無理してないよ」
一拍。
「来たくて来ただけ」
その一言で、空気が変わった。
りゅうきは反射的に顔を上げる。
たくとはいつもの軽さを残したままなのに、目だけが真っ直ぐだった。
「りゅうきくん」
「……はい」
「久しぶりに会ってさ」
グラスに軽く指を添えながら、たくとは続ける。
「ちょっと安心した」
「……安心?」
「うん。ちゃんとここにいるなって」
りゅうきは一瞬、言葉を失う。
そんなこと、言われると思っていなかった。
いつも通り働いていただけなのに。
ただそれだけなのに。
「……僕は、変わってないです」
「うん」
たくとは即答する。
「でも俺は、ちょっと変わったかも」
その言葉に、りゅうきの呼吸がほんの少しだけ乱れる。
しばらく、会話が途切れた。
でもその沈黙は、前とは違う。
気まずさじゃない。 逃げ場のない静けさ。
りゅうきはグラスを拭きながら、小さく言う。
「……前より、来ないかと思いました」
その言葉は、ほとんど無意識だった。
言ってから、自分で少し驚く。
たくとは一瞬だけ目を瞬かせて、それからゆっくり笑った。
「来ないと思ってた?」
「……はい」
「そっか」
たくとは少しだけ視線を落として、それからまたりゅうきを見る。
「でも来たよ」
その一言が、やけに重く残った。
閉店間際。
たくとはグラスを空にして立ち上がる。
「また来るね」
いつも通りの言葉。
なのに今日は少し違って聞こえた。
「……はい」
りゅうきは短く返す。
たくとはドアの方へ向かいかけて、ふと振り返る。
「りゅうきくん」
「はい」
「今度は、もうちょいちゃんと来る」
「……はい?」
軽く笑う。
「ちゃんと、ってやつ」
それだけ言って、店を出ていった。
ドアが閉まる音のあと。
りゅうきはしばらく、そのまま立っていた。
何も変わっていないはずなのに。
空気だけが、確実に変わっていた。
(……ちゃんと、って何ですか)
そう思いながらも、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
さっきまでなかった“何か”が、静かに残っていた
コメント
1件
おお…第4話、めちゃくちゃ空気感が繊細で刺さったわ。 「来たくて来ただけ」のところ、りゅうきが無意識に口にした「来ないと思ってた」、そして最後の「ちゃんと来る」——どの台詞も短いのに重みがあって、二人の距離の変化とか、それぞれの心境がじわじわ伝わってきた。沈黙の質が変わった感じ、すごく分かるし胸がぎゅっとなる。 毎回思うけど、🐶🐱 🍓🐿さんの「間」の書き方が本当にうまいなあ。この二人の話、まだまだ読んでたいです🔥