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それから、たくとは言葉通り“ちゃんと”来るようになった。週1か、2週に1回。
前みたいにふらっとではなく、どこか予定を調整しているようだった。
そして何より違ったのは、他の席にほとんど目を向けなくなったことだった。
以前なら、軽く笑って誰かに返していた視線も、今はカウンターの奥にだけ向いている。
「こんばんは」
ドアベルが鳴る。
「たくとさん、お疲れ様です」
りゅうきが顔を上げる。
そのやり取りだけで、前と同じはずなのに、少しだけ違う。
たくとはカウンターに座ると、いつものように軽く息を吐いた。
「今日、店長いない?」
「はい。奥の作業に入ってます」
「そっか」
その一言に、ほんの少しだけ安心したような間があった。
りゅうきは気づかないふりをして、グラスを置く。
「りゅうきくん」
「はい」
「最近さ」
たくとはグラスを指でなぞりながら言う。
「前よりちゃんと話せてる気がする」
「……そうですか?」
「うん」
少しだけ笑う。
でもその笑いは軽くない。
「前はさ、俺が一方的だった気がするんだよね」
りゅうきの手が止まる。
「……そうだったんですか」
「うん、たぶん」
たくとは視線を落とす。
「遊びっていうか、そういう軽いノリのまま行こうとしてた」
その言葉に、りゅうきの胸がほんの少しだけ引っかかる。
でもたくとは、そこで止めない。
「でも今はさ」
一拍。
「そういうの、あんまりやりたくない」
りゅうきは顔を上げる。
たくとはいつものように笑っているのに、その奥が違って見えた。
「どういう意味ですか」
りゅうきの声は少しだけ慎重だった。
たくとはすぐには答えない。
グラスを一口飲んで、それからゆっくり言う。
「りゅうきくんと会うの、別に暇つぶしじゃないなって思ってる」
その言葉に、空気が一段静かになる。
りゅうきの視線がわずかに揺れる。
「……暇つぶしだと思ってたんですか」
「最初はね」
たくとは素直に言う。
その正直さが逆に逃げ場をなくす。
「でも途中から違った」
「いつからですか」
りゅうきは、ほとんど無意識に聞いていた。
たくとは少しだけ笑ってから、軽く肩をすくめる。
「わかんない」
「……わからないんですか」
「うん。気づいたら、だった」
その言い方がずるいくらい自然だった。
カウンターの間に、少しだけ長い沈黙が落ちる。
いつもなら店の音で埋まる隙間が、今日はそのまま残る。
りゅうきは視線を落としながら、小さく言う。
「たくとさんって、そういうの……軽いと思ってました」
その言葉に、たくとは一瞬だけ目を細めた。
「軽かったよ、昔は」
即答。
でもそこから続く声が少しだけ低くなる。
「でも今は違う」
「何が違うんですか」
りゅうきは、思わず聞いてしまう。
たくとは少しだけ間を置いてから、まっすぐ言った。
「りゅうきくんに対しては、ちゃんと考えてる」
その一言で、空気が変わる。
りゅうきは言葉を失う。
ちゃんと考えてる。
その言葉の重さが、すぐに理解できない。
今までの“軽い誘い”とは明らかに違う温度だった。
たくとは続ける。
「前みたいに、適当に来て適当に終わるのは違うなって」
「……それは」
りゅうきは言葉を探す。
「僕が、そうさせたんですか」
その問いに、たくとは少しだけ困ったように笑った。
「違う」
即答。
「俺が勝手にそうした」
その言い方は、責任転嫁でもなく、逃げでもなかった。
ただ事実を置いているだけだった。
閉店が近づく。
たくとはいつも通り立ち上がる。
でも今日は、少しだけ違う。
「りゅうきくん」
「はい」
「今度さ」
少しだけ間を置く。
「仕事落ち着いたら、ちゃんと飯行こう」
「……いつもみたいなやつですか」
「うん、でもちゃんと」
その“ちゃんと”に、少しだけ力が入っていた。
りゅうきは一瞬だけ迷ってから、小さく頷く。
「……はい」
店を出る前、たくとは振り返らずに言う。
「俺、もうちょいちゃんと向き合うから」
ドアが閉まる。
その言葉だけが残る。
店内に静けさが戻ったあとも、りゅうきはしばらく動けなかった。
グラスを拭く手は止まっていないのに、意識だけが少し遅れている。
(ちゃんとって、何なんですか)
そう思うのに、さっきの声が頭から離れない。
軽くない。 でも重すぎもしない。
ただ、逃げ場のない“まっすぐさ”だけが残っていた。
コメント
1件
**寺島あおいです🤍** ああ、もう……この回、すごく好きです。何より「軽かったよ、昔は」の後の「今は違う」の温度差にやられました。りゅうきくんが「僕がそうさせたんですか」って聞くところ、胸がギュッとしましたね。自分から動いたわけじゃないのに、相手を変えてしまったことに対する戸惑いが滲んでいて……。でも「俺が勝手にそうした」と言い切るたくとさんの誠実さが刺さります。逃げ場のないまっすぐさって、こういうことなんだなあ。