昔から、自分が努力して得た結果は全て、周りから容姿のおかげと言われてきた。冷静に考えて、そういうのは全部ただの僻みでしかない。それでも、俺はみんなが思うより繊細でめんどくさい普通の人間なのだ。傷つくことには慣れない。
__高校入学後、俺はB組に編成された。
黒板に貼られている座席表をみて自分の席に着くと、クラスメイト達の声が耳に入った。
「あんたが話しかけてよ」とお互いに押し付け合いながらチラチラこっちを見て騒ぐ女子と、
「あー俺たちの青春終わった、勝てるわけない」と諦めたようにため息をつく男子。
小中と比べて、地元から遠く知り合いの少ない高校ではまた違ったスタートを切れるのではないかという期待も淡く散り、振り出しに戻っただけだった。溜息をつきたいのは俺の方だ。
友達づくりは早々に諦め、ブックカバーで表紙を隠した漫画を読んでいると、それはすぐに俺の手元から取り上げられた。
「え、これ読んでる人初めて出会ったわアツ!」
声のする方向を見上げると、ブレザーに2色構成のセーターを合わせ、クリーム色の髪を靡かせながらこちらを見つめる生徒がいた。
人懐っこい笑顔を浮かべたその顔は、男の自分から見ても綺麗だった。
「てかさ〜、よくこんな早く教室辿り着けたね」
平然と隣の席に座って会話を続けるこの男は、後に親友となるうちの一人、川瀬 瑠夏だった。
「…..マスクとメガネしてたから。」
初対面特有の気まずさをものともしない瑠夏に絆され、そう言った。
「あー!だからか!うわ俺もそうすればよかったな」
「…囲まれた?」
かつての自分の経験から絞り出した質問に、瑠夏は大きく頷いた。
「まーじで大変だったよ、駅のホームで話しかけられるわ、校門くぐった途端イワシの大群みたいな女子達が追っかけてくるわでさ!!」
艶のある髪を掻きながら苦しそうな顔でそう語るのを見ると、肩の力が抜け笑みが零れた。
「口悪いな」
「え〜、かげも思い当たる節あるっしょ」
かげ、と呼ばれたのは人生初だったので、反応せずにはいられなかった。
「かげって俺のこと?」
薄色のリップを塗り直してから、瑠夏は答えた。
「そー!影人って漢字から取った!かわいくね?!」
「かわいい、かは分からんけど新鮮」
自慢げにふんぞり返る瑠夏にグッドサインを出すと、瑠夏は微笑んだ後、教室前方のドアへと駆けた。
「奏おっせぇ〜」
そう言いながら瑠夏は、やけに整った凛々しい顔つきの男子をぐいぐい引っ張ってこちらに戻ってきた。
「かげ、コレ俺の幼馴染の奏!!仲良くしてやって!」
瑠夏にバシンっと背中を叩かれた奏は、耳に装着していたヘッドホンをずらし、俺に笑いかけた。
「倉井 奏。よろしく。」
瑠夏とは真逆の、同級生とは思えない程の落ち着きがある奏には、この頃から安心感を覚えていた。
「よろしく。」
差し出された手を握り握手を交わした直後、担任が教室に入ってきてHRが始まった。
これが俺の人生においてかけがえのない存在となる、瑠夏・奏との出会いだった。
そこからはほとんどの時間を3人で過ごし、毎日(特にイベント時は)連携して大勢の女子から逃げ回った。
そして11月。辺りをオレンジ色に染め上げ忙しなく吹く風に揺れていた紅葉はすっかり色褪せ、すっかり肌寒くなった頃。
大量のメイク用品を持ち歩いていることが生活指導教員にバレた瑠夏と、授業中にスマホゲームをしているところを担当教師に見られた奏は、放課後に教室で仲良く反省文を書いていた。
一生3行目に到達しない2人の作業を見ているのにも飽き、何か差し入れしてあげようと購買に出向いたときだった。
「….つーかさ!優光おまえ宇野影人って知ってる?」
自分の名前が耳に入り、咄嗟に曲がり角で隠れてしまった。バレないように様子を伺うと、男バレであろう4人が話していた。
問いかけられたその人は、質問者に目もくれずに、購入するジュースを選別しながら答えた。
「んー…?まぁうん」
「んだよその反応〜。ぶっちゃけ優光どうよ?俺あいつの噂めっちゃ知ってんだよね」
微塵も興味が無さそうなその人の反応を他所に、3人は俺への偏見や噂を口にした。
話したこともない人に言いがかりをつけられるのには慣れているつもりだったが、やはり良い気持ちではない。すぐに終わる話でもなさそうだったので、差し入れを諦めUターンしようとした時だった。
りんごジュースを購入し終えたその人は、段々と白熱する俺への陰口を切り裂くようにしてため息混じりに言った。
「あのなぁ….お前らそれ誰から聞いたんだよ?」
思いもよらない言葉に3人は目を丸くして言った。
「誰っ…ていうかまぁ…..みんな?」
「そうそう、風の噂的なね?」
「1人1人覚えてる訳じゃないけどさぁ」
目を泳がせながら答える3人に、今度は呆れたように微笑んで言った。
「てことはその…宇野?本人がお前らに言ったわけじゃないってのは確実なんだろ。」
3人が気まずそうに目を見合わせて頷いた。
「お前らな、そんな噂話信じてたらお前将来変な壺買わされるぞ、俺に。」
その人が冗談交じりにそう言うと、3人はほっとしたような顔をしたあとに爆笑した。
「なーんか、優光らしくて安心したわ」
「確かに今の俺らめっちゃ性格悪かったよな笑笑」
「てかもう戻んなきゃ!!!アップ始まる!!」
そうして、嵐のような4人は走って体育館へ向かっていった。
俺はじんわりと温まり次第に激しくなる鼓動を感じながら、購買で瑠夏が好きないちごミルク、奏が好きなアクエリ、そして自分用にりんごジュースを購入した。
浮つく心のままに、駆け足で教室に戻ると、反省文を諦め談笑する2人の姿があった。
「お、かげおかえり〜」
「見ろ、進んでないどころか後退した」
椅子をふたつ並べその上に寝転ぶ瑠夏と、1割書けていた文を何故か消し、まっさらになった原稿を得意げに見せてくる奏に差し入れを渡した。
「え!ないす!ありがとう!」
心底ありがたそうに飲む2人に尋ねた。
「……なぁ、優光って奴知ってる?多分、男バレの。」
突然の質問に2人は少しの間驚きの表情を見せたあと、応じてくれた。
「うーん俺は知らないかなぁ、奏は?」
「知ってるよ。来橋 優光だろ?」
「来橋……」
聞き出せた苗字を、記憶の顔に紐付けるようにして呟くと、瑠夏が目を輝かせて椅子に座り直した。
「なになになに、かげが他人に興味持つなんて珍しいじゃん!!!気になるの?かわいい?」
瑠夏の質問に先に答えたのは奏だった。
「確かめっちゃ上手いんだよなバレー。リベロだった気がする。女子より可愛い顔してるって騒がれてた奴だよ。」
「…….可愛い。」
思いのほか得られた来橋に関しての情報を脳に刻むと、自然に口に出ていた。
「待って、かげが人の事可愛いって言った。これガチじゃん。」
瑠夏はわざとらしく奏の肩を揺さぶった。
普段あまり表情が変わらない奏も、珍しく目を見開いた後、俺の背中を叩いて笑った。
「協力するよ、かげ。頑張れ。」
「俺も俺も!」
それから俺たちは反省文のことなんか忘れて、たくさん話をした。
「てかかげ、りんごジュースなんて珍しくない?1口ちょーだい!」
「…..これはダメ。」
…今思えば。男同士の恋愛になんの偏見もなく背中を押してくれたこの二人がいたからこそ、俺は来橋に迷いなくアタックできているのだと思う。
そこから2年に上がるまでは、男バレの活動日に体育館に行くも話しかける勇気が出なかったり、廊下で一人でいるところを見かけたときに限って女子に追われたりと散々なものだったが、その全てが今に至るまでの軌跡と思えば途端に愛しくなる。
何度も姿を目に焼き付けた好きな人が、絶交覚悟でした告白を真っ赤な顔で受け止め、小さな体で俺のハグに答えてくれている。
少し跳ねた柔らかい茶髪を撫でていると、耳まで赤く染っていくのが見える。本人も自覚があるのか、隠すように俺の肩に顔を埋める。
強くて、芯があって、優しくて、可愛い。膝に巻いているボロボロのサポーターを見れば、相当な努力家であることも一目瞭然で。
魅力しかないこの人を、絶対に手離したくない。
抱きしめる腕に力が入ったとき、遮るように野良猫が鳴いた。お互い我に返りそっと離れると、来橋は照れたように、嬉しそうに笑った。
「待つ」とは言ったが、俺には余裕がないしできる限り早く振り向いてほしいと思う。俺のことしか考えて欲しくないし、できるなら俺がいないと生きていけないようになってほしい。
「大好きだよ、来橋。」
必ず振り向かせると決心して、優しい手つきに愛しさを滲ませ、真っ赤に染まるその頬を撫でた。






