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39
夜中。
阿部は喉の渇きで目を覚ました。
隣では目黒が眠っている。
起こさないように布団を抜け出し、水を取りに行こうとして足を止めた。
窓際。
まだ深澤がいた。
「……ふっか?」
「起きた?」
「うん。喉渇いて」
阿部は水を飲んでから、深澤の隣へ座った。
窓の外には、月明かりに照らされた山が見える。
「寝ないの?」
「もうちょっとしたら」
「さっきも言ってた」
「言ったっけ」
「言った」
深澤が少し笑う。
しばらく、二人で黙って外を眺めた。
「今日、楽しかった?」
「楽しかったよ」
「ほんと?」
「ほんと」
阿部は少し考える。
「ふっか、ずっとみんなのこと見てたから」
深澤がこちらを見る。
「自分が楽しむっていうより、みんなが楽しくなるようにしてる感じだった」
深澤は少しだけ目を逸らした。
「……よく見てるね」
「今はね。前は全然見えてなかったけど」
また静かになる。
阿部は無理に聞かなかった。
すると、しばらくして深澤が口を開いた。
「俺さ」
「うん」
「あべちゃんが刺された時、泣けなかったんだよね」
「……泣かなかったんじゃなくて?」
「うん。泣けなかった」
「病院で、めめはあべちゃんのそばから動けなくて。佐久間も康二もラウールも泣いてた」
深澤は少しだけ笑う。
「翔太は泣いてんのか怒ってんのか分かんなかったし、館さんは静かすぎて怖かった」
「照は?」
「ずっと動いてた。連絡したり、スタッフと話したり」
深澤は手元を見る。
「それ見てたら、俺まで泣いたら駄目な気がした」
「……」
「誰か一人くらい、いつもの俺でいないとって」
声が少しずつ小さくなる。
「俺まで崩れたら、本当にみんな駄目になる気がした」
「だから泣けなかった?」
「うん」
深澤の指が浴衣の袖を握る。
「怖かったよ」
声が震えた。
「八人になるかもしれないって、考えたくなかった」
九人でいることが当たり前だった。
それが突然、なくなるかもしれない。
「だからみんなの前では普通にしてた。めめに水持ってったり、佐久間に落ち着けって言ったり、翔太にまあまあって言ったり」
少し息を吐く。
「照にも、大丈夫?って聞いた」
阿部は思わず聞く。
「ふっかには?」
「え?」
「ふっかには、誰が大丈夫って聞いたの?」
深澤は答えなかった。
それだけで分かった。
自分が大丈夫じゃないことを、誰にも見せなかったのだ。
「夢に来てからも同じ?」
「……多分」
深澤は苦く笑う。
「癖になってるのかも。みんなが楽しそうなら、それでいいやって」
「ふっかも楽しくないと駄目じゃん」
「楽しいよ」
「またそれ」
「何?」
「すぐ大丈夫な方の話する」
深澤が黙る。
「俺、天使に言われるまで、みんながこんなに傷ついてたの分かってなかった」
阿部は深澤を見る。
「だから、ふっかまで俺の前で普通にしなくていいよ」
「でも俺が泣いたら」
「泣けばいいじゃん」
「簡単に言うね」
「天使みたい?」
「それは嫌」
少しだけ笑ってから。
阿部は続けた。
「ふっかが泣いてても、別に九人は九人だよ」
深澤が止まる。
「面白いこと言わなくても、場を回さなくても」
阿部は静かに笑った。
「ふっかが泣いたって、八人になったりしないよ」
深澤の顔が歪む。
「……ずるくない?」
「何が?」
「そういうこと言うの」
声が震える。
「俺、本当に怖かったんだよ」
涙が落ちた。
「あべちゃんが起きないかと思った」
「うん」
「もう喋れないかと思った」
また九人で笑ったり。
ライブしたり。
ご飯を食べたり。
そんな当たり前のことが、もうできないかもしれないと思った。
「怖かった」
深澤は何度も繰り返した。
阿部は黙って背中に手を置く。
「うん。怖かったよね」
深澤は声を押し殺して泣いた。
阿部も、その隣で泣いた。
少しして、深澤の呼吸が落ち着く。
「……ごめん」
「俺から来たんだけど」
「そうだった」
二人で少し笑う。
「ふっか」
「ん?」
「泣いてても、ちゃんとふっかだよ」
深澤が黙る。
「面白いこと言わなくても?」
「うん」
「場回さなくても?」
「うん」
「ふっかだから」
深澤は、ようやく素直に笑った。
「じゃあ今日はもう何もしなくていい?」
「いいよ」
「明日の朝も?」
「別にいいんじゃない?」
「照に全部任せよ」
「それは駄目。九人でやって」
その時。
「俺に全部任せる話?」
後ろから声がした。
振り返ると、岩本が起きていた。
「起きてたの?」
「途中から」
「どこから?」
「ふっかが泣けなかったって話」
「ほぼ最初じゃん!」
深澤は慌てて顔を伏せる。
岩本は隣へ座ると、何も言わず深澤の肩を抱いた。
「泣けてよかったじゃん」
「……うん」
「俺に言えばよかったのに」
「照も大変そうだったから」
その言葉に、岩本の手が止まった。
阿部が見る。
「照は?」
「俺は大丈夫」
「それ、俺がずっと言ってたやつ」
岩本は黙る。
深澤も顔を上げた。
「照、それはずるい」
「本当に大丈夫だから」
「本当に?」
しばらくして。
岩本は小さく息を吐いた。
「……大丈夫じゃないよ」
「俺、九人なら何があっても何とかなるって思ってた」
誰かが苦しければ、残りが支える。
ずっとそう信じていた。
「今回も何かできると思ってた。でも止められなかった」
阿部が一人になりたいと言った時も。
心配しながら、その言葉を尊重した。
「それで刺された」
「照」
「俺たちのせいじゃないって分かってる」
それでも。
病院で一番怖かったことは消えない。
「八人になるかもしれないって」
岩本の声が揺れた。
「九人でいるのが当たり前だったから、その言葉が一番怖かった」
そして、夢の話を聞いた時。
岩本は迷わず言った。
九人で帰る。
「格好つけたんじゃない」
苦く笑う。
「そう言わないと、俺が無理だった」
九人で帰ると決めていなければ。
八人になる未来を考えてしまう。
「だから、絶対九人で帰るって自分に言い聞かせてた」
岩本の目から涙が落ちた。
「俺、みんなを守れてるつもりだった。でも全然守れてなかった」
「照」
「俺がもっとちゃんとしていれば」
阿部は遮った。
「一人で九人を守ろうとしないで」
岩本が顔を上げる。
「無理だよ。照、そんなに万能じゃないでしょ」
深澤が少し笑う。
「言うね」
「俺だって一人で何でもやろうとして失敗した。だから照まで同じことしなくていい」
阿部はまっすぐ岩本を見る。
「九人で九人を守ればいいじゃん」
「……」
「照がしんどい時は俺たちがいる。俺がしんどい時は、みんながいる」
深澤も頷く。
「俺もいるよ」
岩本は長く息を吐いた。
「九人で九人を守る」
「うん」
「一人よりは楽かもね」
「でしょ」
岩本が深澤を見る。
「さっき俺に全部任せようとしてた人が?」
「それは冗談」
「本当に?」
「本当に」
「二回聞く?」
「それ流行らせないで」
三人で少し笑った。
「照」
「ん?」
「守れなかったって言ったけど、俺、いっぱい守ってもらってたよ」
岩本の表情が揺れる。
「現実でも、ここでも。照がいたからみんながまとまってたこと、何度もあったと思う」
「……」
「だから全部駄目だったみたいに言わないで」
岩本は涙を拭いながら笑った。
「阿部って、こういう時だけすごいこと言うよね」
「こういう時だけ?」
深澤が笑う。
「じゃあ次からは、守ってもらうことも覚える」
「そうして」
「阿部もね」
阿部が一瞬黙る。
「自分だけ例外?」
「違うよ」
阿部は苦笑した。
「俺も守ってもらう」
「約束ね」
「約束」
三人は、しばらく窓の外を眺めた。
傷が消えたわけではない。
それでも。
深澤は、無理にいつもの自分でいなくていい。
岩本も、一人で九人を守らなくていい。
「そろそろ寝よっか」
岩本が言う。
深澤はまだ肩から離れない。
「今日は何もしなくていいって、あべちゃんが言った」
「そこだけ覚えてるの?」
「大事だから」
岩本は呆れながら深澤を立たせる。
「はい、寝るよ」
二人が布団へ戻っていく。
阿部も目黒の隣へ戻った。
すると。
眠っていると思っていた目黒が、そっと手を握る。
「……起きてた?」
「最後だけ」
「みんな起きてるじゃん」
目黒が笑う。
「話せた?」
「うん。ふっかも、照も」
阿部はその手を握り返した。
「二人とも大丈夫じゃなかった。でも、ちょっとだけ大丈夫になったかも」
「よかった」
阿部は目を閉じる。
九人で九人を守る。
簡単ではない。
それでも、一人で全部抱えるよりずっといい。
今度こそ。
誰か一人が「大丈夫」と言い続けなくてもいいように。
九人で支え合えたらいい。
そう思いながら。
阿部は、ゆっくり眠りに落ちた。
#❤️💙
みら

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コメント
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ふか、泣けなかったんだ……って胸がぎゅってなりました。「ふっかには誰が大丈夫って聞いたの?」の問いかけ、本当にグッときました。いつもみんなを支えてる人が、自分だけ支えてもらえてない切なさ。でも最後に照も自分の弱さを認めて、三人で「九人で九人を守る」って言えたのが本当に良かったです。泣いてもふっかはふっかだよって言葉、すごく温かかった。みんな大丈夫じゃなかったけど、ちょっとずつ大丈夫になっていく感じがとても丁寧に描かれていて、読後感が優しかったです。素敵なお話をありがとうございました🌷