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次の日。
阿部と深澤と渡辺は。
朝風呂に入っていた。
まだ早い時間だからか。
大浴場には三人しかいない。
湯気の向こうに山が見える。
夜とは違って。
朝の光が水面に反射していた。
「気持ちいい」
阿部が肩まで湯に浸かる。
渡辺も隣で目を閉じた。
「朝風呂いいね」
「昨日も結構入ったじゃん」
深澤が言う。
「朝は別」
「そういうもん?」
「そういうもん」
阿部は少し笑った。
昨夜。
深澤と岩本が話してくれたことを思い出す。
泣けなかったこと。
九人で帰ると言わなければ。
八人になる未来を考えてしまいそうだったこと。
どちらも。
阿部が知らなかった傷だった。
少し黙っていると。
渡辺が口を開いた。
「あべちゃんさ」
「ん?」
「これからどうすんの?」
「何が?」
「みんなの話」
阿部は渡辺を見る。
「傷のこと?」
「うん」
渡辺は湯の中で腕を組む。
「このまま一人ずつ聞いてくの?」
阿部は。
すぐには答えなかった。
湯気の向こうを見る。
「……分かんない」
「分かんないんだ」
「うん」
少し考えてから。
言葉を続ける。
「でも」
「うん」
「傷は、みんなで支えながら治していきたいとは思ってる」
深澤が静かに阿部を見る。
「俺だけじゃなくて」
阿部は続ける。
「誰か一人が誰かを治すんじゃなくて」
「昨日、照にも言ったけど」
少し笑う。
「九人で九人を守るっていうか」
渡辺も。
少しだけ口元を緩めた。
「そこはいいんじゃない」
「でしょ?」
#❤️💙
みら

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「でも」
阿部は。
自分の手を湯の中で見る。
「俺が何も知らなかったら」
「……」
「支えようにも、支えられないと思う」
深澤が眉を下げる。
「だから聞く?」
「聞きたい」
阿部は正直に答えた。
「無理やりじゃないよ」
「話したくないなら待つけど」
「でも」
少しだけ声が小さくなる。
「みんなが俺のことで傷ついたのに」
「俺だけ知らないままなのは」
「なんか違う気がする」
渡辺は。
しばらく何も言わなかった。
「佐久間は」
深澤が言った。
阿部が見る。
「佐久間?」
深澤は。
少し迷ってから。
「……酷かったよ」
阿部の表情が変わる。
「いつ?」
「いつっていうか」
深澤は湯船の縁へ背中を預ける。
「あべちゃんが刺されたあとも」
「うん」
「この夢で、記憶なくしたあべちゃん見たあとも」
少し息を吐く。
「結構、酷かった」
阿部の胸がざわつく。
「どう酷かったの?」
深澤は答えようとして。
一度、渡辺を見る。
渡辺は小さく首を振った。
「ふっか」
「うん」
「そこまででいい」
阿部が二人を見る。
「何?」
渡辺は。
少しだけ真剣な顔になる。
「あべちゃん」
「うん」
「佐久間には」
一拍置く。
「まだ聞かない方がいいと思う」
「……なんで?」
「聞けば、多分話すよ」
渡辺は言う。
「佐久間だから」
阿部は黙る。
「でも」
渡辺は続ける。
「話すのと、話して楽になるのって別じゃん」
その言葉に。
阿部は何も返せなかった。
「昨日のふっかとか」
「涼太とか」
「照とか」
「話せるところまで来てたから話したんだと思う」
「……うん」
「佐久間は」
渡辺が少しだけ目を伏せる。
「まだ、そこまで来てない気がする」
深澤も頷いた。
「俺もそう思う」
阿部は。
胸の奥が重くなるのを感じる。
「そんなに?」
「うん」
深澤が答える。
「だから」
渡辺が阿部を見る。
「今は何も聞かなくていいよ」
「でも、俺が知らなかったら」
「知らなくていい時間もあるでしょ」
阿部が止まる。
渡辺は。
少しだけ呆れたように言った。
「何でも知ればいいってもんじゃないし」
「……」
「それに」
「何?」
「佐久間」
渡辺は少し笑った。
「アニメイベントあるんでしょ」
「あ」
阿部も思い出す。
次の週。
佐久間が楽しみにしていたイベント。
以前から。
一緒に行こうと誘われていた。
「何も聞かずに」
渡辺が言う。
「一緒に行きなよ」
阿部は。
目を瞬く。
「アニメイベント?」
「うん」
「今?」
「今だから」
深澤も笑う。
「いいじゃん」
「でも」
「傷の話しに行くんじゃなくて」
渡辺が遮る。
「普通に遊びに行くの」
「……」
「佐久間が好きなもの見て」
「一緒に騒いで」
「楽しかったねって帰ってくればいいじゃん」
阿部は。
少し黙った。
天使が言っていた。
傷の話ばかりしなくてもいい。
遊んで。
食べて。
笑えばいい。
昨日。
自分たちはそれをやった。
温泉に入って。
卓球して。
ゲームして。
笑った。
そのあとだから。
話せたこともあった。
「……そっか」
阿部が小さく言う。
「うん」
渡辺が頷く。
「佐久間は、まずそっちでいいと思う」
深澤も。
静かに続ける。
「あべちゃんと普通に楽しく過ごす方が」
「今は必要かも」
阿部は。
湯気の向こうに目を向けた。
佐久間。
いつも大きな声で笑って。
自分を見つければ。
「あべちゃん」と呼んで。
この夢でも。
最初からずっと。
自分の近くにいた。
その佐久間が。
自分の知らないところで。
そんなに酷い状態になっていた。
知りたい。
何があったのか。
何を思っていたのか。
全部聞きたい。
でも。
知りたいからといって。
今すぐ聞く必要はないのかもしれない。
「じゃあ」
阿部が言う。
「聞かない」
渡辺が見る。
「うん」
「イベントでは」
少し笑う。
「普通に遊ぶ」
「それがいい」
「佐久間にバレないかな」
深澤が笑った。
「何が?」
「俺がなんか気にしてるの」
「バレるんじゃない?」
「駄目じゃん」
「でも」
渡辺が笑う。
「あべちゃんが変に気を遣うより」
「いつも通りの方が佐久間も嬉しいでしょ」
「いつも通りか」
阿部は少し考える。
それから。
小さく頷いた。
「分かった」
三人で。
しばらく朝の景色を眺める。
少しだけ。
心が軽くなっていた。
全部知ることだけが。
支えることではない。
聞かないことも。
待つことも。
一緒に楽しい時間を過ごすことも。
きっと。
支えることの一つなのだ。
「じゃあ」
深澤が伸びをする。
「そろそろ上がる?」
「うん」
渡辺も立ち上がる。
「朝ご飯食べたい」
阿部が笑う。
「昨日あんなに食べたのに?」
「朝は別」
「それ風呂と同じじゃん」
「全部別」
三人で笑いながら。
湯船を出る。
阿部は。
最後にもう一度だけ。
朝日に照らされた山を見た。
佐久間には。
まだ聞かない。
今は。
ただ一緒に遊ぶ。
それでいい。
そして。
いつか。
佐久間が話したくなった時に。
ちゃんと隣にいられればいい。
そう思った。
コメント
3件

一気に読みました。 皆んな自分が 自分のせい 守らなきゃ 支えなければ それで苦しくなっていってる。 🩷イベント楽しんで それで話せたら良いな。 続き待ってます♪
あべちゃんが「全部知らなきゃ」って思い詰めるところ、すごく分かる……でも渡辺が「知らなくていい時間もある」って優しく止めてくれたのが沁みました。佐久間くんの傷、まだ深そうで胸が痛いけど、「まずは一緒に遊ぶ」って決めたのが尊いです。傷の話だけが支えじゃないって、この話が教えてくれました。朝風呂のシーン、静かで温かくて好きです🩹