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警察が校門の前で会話をする。 アラカはそれへ可能な限り近付いて聞き耳を立てる。
「テロリストの要求は」
「……」
微かな音ではあるものの、アラカには聞こえた。
そして問い掛けられた方の刑事がアラカの方を痛ましそうに眺めてきた。
身体の欠損に、身体中に巻かれた包帯。
満身創痍の身体と、白い容姿はどこか物語の聖霊染みていた。
「今、ネットで話題の……例の動画に出ている人間を全員出せ、だそうです」
刑事が「そうか…」と呟いてからまたアラカを遠巻きに眺めた。
「……どうしますか」
「受け入れるわけにはいかないだろ。
どうなるか、予想できるのに」
例の動画。それはネットに流出したある一人の人間を破壊せしめた事件のことだ。
「例のあの子に協力要請を求めるとか……一応、動画にも出て…いますし、以前はそうし、て…」
若手の刑事が言葉を続けることもできず…声を止める。
そして、
「……すみません」
一言だけ、消えそうな声で呟いた。
「しかしどうするか……どうも敵さんは銃を持ってる。
近付くだけで実際に撃ってきやがった……相当、危険だぞありゃ」
救急車のライトを眺めて「長期戦になるな」と嘆息を吐く。
「————アリヤ、注射器持ってて」
「え、あ、はい…って、お嬢様?」
そんな中、彼女の声に誰もが注目をした。
空の注射器をアリヤに渡して、鈴のような声で……精霊のような軽やかな足取りで、校門へ近付く。
誰もが足を退ける。
その清廉な姿に着く義手に、その痛ましい義足に、身体を覆う包帯の白に。
そして少女は瞳を開けて、未だ虚無を宿す疲れ切った心地で。
「どうも、僕が発端の事件みたい。
だから僕が止めてみるよ」
————そう、宣言した。
しかしそれはいかん、と一人の少女が前へでる。
羽山アリヤ。住み込みメイドである彼女は主人が危険地帯に行くという現状を見過ごすわけがなかった。
「警察に任せれば大丈夫ですよ」
「さて、ね。それも分からないよ、人が数名死ぬかもしれない。
そうでなくとも、人生に後遺症が残る子も出るかもしれない」
「確かにそうですが、お嬢様が行く理由がありません」
今回は負けぬ、とアリヤも言葉で迎え撃つ。
一ヶ月以上、お世話をした彼女だからこそ許される進言だろう。
「簡単な価値の大きさの問題だよ」
だがしかし、アラカという存在を前にそれは無謀が過ぎた。
「壊れていない健常者が死ぬよりも
初めから壊れてるやつの方がまだマシなはずだよ。
社会全体から見ても、そちらの方がより人という資源をうまく活用できる良い世界だろう」
「……っ」
アリヤはその言葉に戸惑う。
周囲さえ、そのアラカの言葉に頭が真っ白になってしまう。
「お嬢様、は……。
お嬢様、は、……お嬢様の、命は……彼らより、〝価値が少ない〟と、そう言ってるのですか……?」
「? 何を当たり前のことを言っているの?」
————嗚呼、だめだ、聞きたくない。
「彼らは五体満足で、肉体労働に会社で十分に活躍できる人間」
————やめて、その先を言わないで。
「対して僕は、魔力も作れない、腕もない、脚もない……端的に言って社会貢献がもう出来ないゴミ」
————そんな、悲しすぎることを、どうか。
「————どっちが生かした方が良いかなんて、誰でも分かることじゃないか」
その言い草に、周囲はぼろぼろ、と涙を流してしまう。
罪悪感を覚えているから、過去に痛め付けてしまったからこそなのだ。
「人の情を……何も、何も……知らないの、ですか……?」
呆然、とアリヤの震える指が……そう問い掛けた。
「情というのは、人と人の間である〝貸し借り〟の関係であろう?
借りれるものがもう一つもないそこらの紙屑へ、何かを貸したいと思うわけがないじゃないか。とても普通で、当たり前のことだろう?」
「っっ!!」
あまりにも残酷で、あまりにも可哀想で、あまりにも……救いようがない彼女。
違う、と誰もが心の中で強く念じた。
「ちが……」
そして止めようと手を伸ばし……伸ばしてから、自分の手が余りにも汚いと気付いて……悔しさに歯噛みをして、涙を流すのだ。
「一生懸命に頑張った人が、報われないなんて結末……ないですよ、そんなの」
ぐちゃぐちゃに涙を流し、膝をつくアリヤにアラカは膝をついた。
「大丈夫だよ、アリヤ。一本ではあるものの、腕はあるし、脚もある。
瞳と、耳と、鼻と口と胴体は満足に残ってる。だから僕は大丈夫」
違う、そういうことが言いたいのではない。と周囲が思う。
そして、それをいうことだけは、どうしても出来ないのだ。
「(人間不信になるまで痛めつけたのは、俺なのに……今更、情とか……何様だよ、俺は)」
「(……どうして、まだ私生きてるんだろ)」
そして立ち上がり、ヨタヨタと義足でなんとかバランスをとりアラカは進み出した。
「お嬢様」
アリヤは涙を必死に拭い、止められないと確信した。
「それは、お嬢様の決断ですか」
ならばせめて、と声をかけた。
「ああ、そうだよ。
理性と…………ああ、僕の決断だ」
「……ならば、こちらを」
アリヤは鞄から一本のナイフを取り出した。
それは魔力が込められた品であり、怪異相手でも達人級の技術者なら数分は戦えるものだ。
「銃刀法違反では……?」
「知ったことか、です」
警察の目の前で平気で違反するアリヤ、パネエ。
「警察さん、そこいるけど……」
「見ないフリをしてくれます。
お嬢様が傷付いていた時に見ないフリをしていた方々なのでもう一つ二つの無視ぐらいは些事ですよ」
警察にクリティカルヒット。
刑事は苦虫を噛み潰した顔をして、地面へ向けたまま帽子を深く被った。
「じゃあ、借りるね」
ナイフを受け取り、装備する。
そのまま、何もいえず、罪悪感で動くことすらできない警察の間をすり抜けて前へ進んだ。
「(もう、止めれねえよ。
警察の責務と自分に言い聞かせたくもない……その責務を過去に、気分で投げ出したんだぞ、俺は……そんな自分勝手で、恥知らずなこと…………くそ……)」
胸を締めつける痛みを覚えたまま小さく「……俺ら、こんな惨めに生きてて、何がしたいんだろうな」と呟いた。