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事前に連絡して準備してもらっていたため、テラスはすでにバーベキューができる状態で整えられていた。



そのすぐ横には大きなテントがあって、中にはふかふかの大きなソファと、宿泊施設でもあるためベッドも見えた。



私はもう30歳だし、いい歳だと自覚しているけど、湊といる時そういうものを見ると、それだけでドキドキしてしまう。



私の誕生日、湊がコテージで料理を振る舞ってくれた時も、湊にコテージに行くと言われた瞬間、内心ドキドキした。



「もしかして」が頭をよぎって、湊の借りてくれたレンタカーでコテージに向かう道中も、一緒に食事の準備をしている時も、ごはんを食べている時も。



本当は「もしかして」がずっと頭の中をちらついていた。



けれど「もしかして」は実際に起こらなかったし、お父さんのことがあったからというだけじゃなくて、結局は私たちが一度もそういう雰囲気になったことがない、というのが要因だと思う。




私が湊を好きだと自覚したのは中学生の頃だ。



もうずいぶんと前なのに、ずっと好きだと伝える勇気がなかった。



湊と、湊にできた最初の彼女を見て、恋愛はうまくいかなかった場合には別れがくる、と学んだから。



「湊の彼女になりたい」と願うと同時に、「別れる日」がいつか来てしまったらどうしよう、と思うと怖くて仕方がなかった。



湊と離れる想像なんてできなかったし、それなら気持ちを隠して自分を偽るほうがよっぽどましだった。



恋愛に発展しなければ、「幼なじみ」という関係は一生壊れない。



湊といつか別れないといけないくらいなら、幼なじみがいい。



私も別の人と付き合えばいいとさえ思ったし、その気持ちだって全くの嘘じゃなかった。



そんなふうに考えてしまう私は、「しっかりしている」と昔から言われ続けてきたけど、本当はぜんぜんそうじゃない。



勉強は苦ではなかったし、今は仕事にも楽しさややりがいを感じているけど、でもずっとお姉さん風を吹かせていた相手―――湊よりも、逃げるようにしてここまできた私は、ずっと幼い。



湊が傍にいる、私を理解してくれていると思えていることが心のよりどころだったし、そうしてくれているのは、ほかでもない湊なのだから。






管理棟で受け取った食材を、バーベキューテラスのテーブルに置くと、私はさっそくジャケットを脱いでお肉を焼き始めた。



いろいろ考えてしまうけど、今はとにかく湊に楽しんでほしいし、バーベキューはただ焼くだけだから難しいこともない。



そう思ってどんどん網にお肉を乗せていく私から、湊がトングを奪い取った。



「若菜はいいから座ってろ。俺がやるから」



「えっ、いいよ、やらせて」



「……気持ちは嬉しいけど、やっぱり俺がムリだわ。

俺がつくったものを若菜が食べるのが当たり前だったし、たとえ焼くだけでも俺がしないと気持ち悪い。

それに若菜には、やっぱ俺が作ったもの食べてほしいし」



私から奪ったトングに視線を落とすと、「まぁ、そういっても、ただ焼くだけなんだけど」と呟いた湊は、有無を言わせず私をイスに座らせた。



その後手際よくお肉や野菜を網の上に置き、火も上手に調節する湊を見ながら、胸が熱く詰まる。




湊はこういう人だ。わかっている。



今言った言葉以上の意味はないとわかっているのに―――どうしてこんなにも嬉しくて、胸が熱いんだろう。



「……湊にしてもらってたら、こないだの埋め合わせにはならないよ」



嬉しいと思っているくせに、口にできない上にこんなことを言う私は、自分でも可愛げがないと思う。



かつて「彼氏」だった人には、こういう時は素直に「ありがとう」と笑って言えていた。



素直な私と、素直じゃない私……どっちが本当の私なんだろう



「なるよ。俺がバーベキュー好きだから、若菜はここ予約してくれたんだろ。

準備とかいろいろ頼んでくれたんだろうし、それだけで充分じゃん。

それに焼きたいのは俺だし」



湊は網の上から目を離さず言う。



そして「あっ、皿は!?」とはっとしたように言った後、テーブルの上にあったお皿を掴んで、お肉や野菜を盛り付け、私に手渡した。



「ほら、出来たぞ」



「あっ、ありがとう」



反射的に差し出されたお皿を受け取ると、湊は目を細めてふっと笑った。



今日会ってから始めて見た湊の自然な笑顔に、嬉しくてほっとした私は、なんだか涙が出そうだった。




「ごめんね、湊。こないだ私の誕生日祝ってくれたのに、途中でダメにしちゃって」



やっと今日言いたかったことを言えると、湊は呆れたように「だから気にするなって」と笑った。



「前から言ってるけど、埋め合わせとかいらなかったし。


だけどせっかくこうして肉食わせてくれるっていうんだから、ありがたく食うけどな」



「もう! 最初から普通に「ありがとう」って言ってよ」



「まぁそうだな」



軽口を叩けるくらい、いつもの調子でやっと話せるようになってきて、不安と緊張がすこしだけほどけた。




私……湊が私の誕生日、祝ってくれたのがすごく嬉しかったんだよ。



途中でダメになっちゃって湊に申し訳なかったけど、本当に、本当に残念だったのは、きっと私だった。



だからどうしても仕切り直したかった。



湊が食事の途中で言いかけてくれたことって、なんだったの?



“10年前にお前が言った、お互い30歳になったら……って約束覚えてる?”



湊がそう話してくれて、本当は心臓が止まりそうだったんだ。



私の誕生日がどんな日か―――20歳の時の約束を意識してたのは、私だけじゃなかったんだって思えたから。



湊に今彼女がいないことも、まだ結婚していないことも。



私が意識していたように、あの時にした約束を、ずっと忘れていなかったんだって思えたから。



バーベキューはただ焼くだけだけど、焼いて食べるの繰り返しだから、なかなか込み入った話をするタイミングが掴めない。



湊は私のお皿が空になる前に、お肉や野菜、エビなんかの魚介も入れてくれるから、冷めないうちに食べようと思うと、食べるほうに一生懸命だった。



私は好き嫌いが多いから、苦手なものをお皿に入れられると、うっとなる。



今も本当は、湊が入れたエリンギは嫌いだし、残したい。



でも、それを本当は湊はわかっていることも、その上で私がなんとか食べられるくらいの量だけを入れてくれていることも、私は知っているから、私は口に運んだ。



“すこしでいいから、すこしずつ食え。ダメだったら俺が食べるから”



いつも給食で私の嫌いなものを食べてくれていた湊が、そう言うようになったのは、小学校高学年だっただろうか。



最初は「前みたいに黙って食べてくれたらいいのに」とむくれたし、自分が嫌いなものを食べるのはイヤだったけど、湊が真剣に言うから、すこしだけ食べるようになった。



今ではそれを感謝しているし、苦手だけどすこしは食べられるものだって増えた。



バーベキューは小学生の頃よくしていたからか、記憶がそのあたりのものばかり引っ張りだしてくる。



湊が「若菜が食べられるものを作る」と、私が好きなオムライスを作ってくれたのも、たしか小学生の時だった。



刻んだピーマンやしいたけを入れて出してくれた時のことを―――あの時の嬉しさは今でもはっきり残っていて、湊が作る料理は人を幸せにする、と本気で思った。



(湊……)



苦手なエリンギを食べながら、言えない気持ちが溜まっていく。



湊は原田くんが私を好きだって……知ってたの?



“清水……今さら多田さんを「いいな」なんて思うわけないって”



“家もとなりでずっと一緒だった「幼なじみ」って、清水には恋愛対象じゃないんだなって、その時思ったんだ”



原田くんの言葉を思い出し、私はよぎる不安を振りきるように、小さく首を横に振る。



今それを考えちゃダメだ。



今日は湊に20歳の時にした約束の話をしようと思っていたんだから。



いつもいつも、今に至るまで「彼氏」に振られてばかりの私が、あの時酔った勢いに任せて、「幼なじみ」としてじゃない本音を、初めて見せた日。



ぶっきらぼうでも、湊はいつも私に優しいから。



本当は湊が私のことが好きなんじゃないかって、思いたかったし、心の奥にある「もしかして」を信じたかった。



“私たちが30歳になってもお互いひとりなら……私たち、結婚しようか”



あの時、湊の気持ちが知りたかった。



本当は今すぐ湊と「幼なじみ以外」になりたかった。



「彼氏」を好きになろうとしても、相手が望むほど好きになれない理由なんて、自分がふられる理由なんて、最初から気づいていた。



気づいていながら、自分を変えることも、本気で自分を偽ることもできずに、湊に甘えた日。



あの日のことは忘れられないし、忘れられない日にしてくれたのは、湊でもあった。



「それもいいかもな」と笑った湊の顔も、あの声も。



雪で凍った道路も、空気の冷たさも、かじかんだ足も―――湊の返事で、全部忘れられなくなった。







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