SHOOTは今も、海辺の街にいた。
時折、近くの防波堤に腰かけて、遠くを眺めているという。
空は変わらず高く、波はいつも静かで優しい。
たまに立ち寄るカフェでは、店主と他愛のない話をして、近所の子どもたちに「お兄ちゃん」と呼ばれていた。
もうマイクは持っていなかった。
ステージの上にもいなかった。
けれど彼の中で、「生きること」は、少しずつ戻ってきていた。
夢を追いかけて壊れた心。
だけど今はただ、静かに呼吸をしながら、新しい光を待っている。
この物語の終わりに、派手なスポットライトはない。
あるのは、ただひとつ。
SHOOTというひとりの青年が、ちゃんと「自分」として、生きようとするその姿だけだった。
──そして、海の向こうには、まだ見ぬ朝が、静かに訪れようとしていた。
やっと叶った夢の東京ドームの天井は、遥か遠く、夜空のように高かった。
音の余韻がまだ空気を揺らし、ファンの歓声が幾重にも折り重なって反響していた。光の海が波打ち、ペンライトの揺れがまるで星のようにステージを包み込んでいた。
けれど、その中央に――彼の姿はなかった。
ステージの上、9人のメンバーが並んで立っている。
それぞれが自分のポジションに立ち、照明を浴びながら、心を込めてラストソングを届けていた。
だがその陣形の隙間。
ひとつ分だけ、空いている場所があった。
それは、SHOOTの場所だった。
演出上、誰もそこには立たない。
照明も当たらない。
ただ空白だけが、静かにそこに息を潜めていた。
ドームの天井に向けてレーザーが走るたび、ステージに浮かぶ光が、まるで“欠けた影”をなぞるように動いていた。
曲が終わる。
最後の音がフェードアウトしていく。
9人が頭を下げ、深く深く礼をする。
感謝と、祈りと、決意がその姿勢に込められていた。
歓声が割れんばかりに響く中、ファンの間から、誰かのすすり泣く声が微かに漏れた。
涙の音は聞こえない。
でも、きっと多くの人が泣いていた。
その理由は、ひとつではなかった。
「今日ここに立てたこと」への感動。
「SHOOTがいない」という現実。
そして――彼がもう、戻らないことへの、静かな喪失。
モニターに映るエンドロール。
映像の最後、デビュー当初の10人の集合写真が映し出された。
まだ幼さの残る笑顔たちの中に、SHOOTがいた。
笑っていた。
何も知らないような顔で、未来だけを見つめていた。
写真の中央、SHOOTの姿にだけ、ふわりと白い光が重なっていた。
編集ではない。
それは、誰かが思わず泣いたその瞬間、カメラに映った反射だったのかもしれない。
けれど、その光が、まるで彼の魂が“今もここにいる”と語っているようで、誰もが息を飲んだ。
ライブが終わったあとの東京ドーム。
観客のいないスタンドは静寂に包まれている。
ステージの機材は少しずつ片付けられ、照明は半分以上落とされていた。
スタッフが行き交う中、9人のメンバーはまだ控室には戻らず、客席に背を向けたステージに、しばらく立ち尽くしていた。
誰かが小さく呟いた。
「今日、SHOOT……見てくれてたかな」
それに誰も答えなかった。
ただひとり、FUMINORIがゆっくりとポケットから何かを取り出す。
それは、小さな銀色のピアス。
SHOOTがいつも右耳につけていたもの。
あの部屋からMORRIEがそっと拾ってきた、あのピアスだった。
FUMINORIは、それをステージの中央にそっと置いた。
照明がひと筋、そこにだけ当たっていた。
まるで、今だけSHOOTのために照らされているかのように。
9人は、もう一度だけ深く頭を下げた。
その先に、空席のSHOOTが、今も立っているかのように。
東京ドームは、夢の場所だった。
SHOOTと夢見たステージ。
誰よりもその景色を愛し、誰よりも恐れていた場所。
そして今、その光の中に彼はいない。
けれど彼が追いかけた夢は、確かにこの場所に存在していた。
その夢の名残が、舞台に刻まれていた。
空席となったポジション、置かれたピアス。
光と音に包まれながら、ただそこに静かに残された“欠片”。
それは、彼がこの世界にいたという証。
そして、この物語が、10人で紡がれたという真実。
東京ドームの天井には、今夜も無数のライトが瞬いていた。
そのひとつひとつが、彼を照らす祈りだった。
そしてきっと、誰かが願っている。
「SHOOT、また、どこかで幸せに生きていてほしい」と。
だが、それはもう、誰にも分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
この東京ドームが、永遠にSHOOTという少年の夢と存在を証明し続けること。
彼がいたことを、彼が夢を見ていたことを。
空は暗く、広かった。
けれど、どこかに微かな光があるような気がした。
SHOOTの祈りの先に、その光があることを願って。
そして、その願いは、永遠にこのステージに生き続ける。
end…
コメント
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めっちゃ感動しました! 3話一気に見て心がぐっとなりました!