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わあ…嬉しいです😭 続きも心を込めて書きます!最後まで見守ってもらえたら嬉しいです💐
もうほんとに感動です✨ HappyEndも最高な予感しかないし今の時点で最高です✨続きが楽しみすぎます!
until you want to go back(第2話) の続き
海辺の街に滞在して、三ヶ月が経った。
SHOOTの暮らす小さなアパートの部屋には、毎朝決まった時間に、東の窓からやわらかな陽射しが差し込む。
レースのカーテンが、海風にゆるやかに揺れていた。
潮の香りがほんのりと部屋の奥まで入り込み、まるで波の気配が布団の端を撫でているようだった。
ベッドの上に座ったまま、SHOOTはスマートフォンを見つめていた。
MORRIEから届いた、たった一言の「おはよう」のメッセージ。
それだけなのに、心の奥に火が灯るような、確かな温度がそこにあった。
彼は静かに指を動かす。
返信を打つ手は、以前のように重くない。
深く沈んでいた時期には、何度もこの手を動かすことさえ億劫で、画面を見ることすら怖かった。
けれど今は、こうして、朝の光を感じながら、誰かの言葉に応えることができる。
スマホをベッドサイドに置き、SHOOTはゆっくりと身体を起こした。
床に足をつける。冷たい木の感触が心地よい。
立ち上がって、窓辺へと歩み寄ると、風がカーテンの隙間をすり抜けて、頬を撫でた。
レース越しに見える空は、澄んだ青。
どこまでも広くて、どこまでも続いている。
その下に、今日も変わらぬ海があった。
優しく、静かで、深くて、すべてを包み込むような広がりを見せている。
(……今日は、ちょっと歩いてみようかな)
その衝動は、不意に訪れた。
でも、抗わず、ただ受け入れることにした。
――
スニーカーではなく、素足にサンダルを選んだのは、海のそばを歩きたかったから。
白いTシャツに、薄手のシャツを羽織る。
風はまだ肌寒いけれど、その冷たさが気持ちよかった。
外に出ると、ふわりと潮風が舞い、髪を揺らした。
街は朝の光に染まり、まだ静かだった。
小さなカフェの前を通り過ぎると、パンの焼ける香りが漂ってくる。
ゆっくりと海岸へ向かって歩く。
SHOOTの足音と、波の音だけが、世界の音になっていた。
やがて、目の前に広がる海。
水面はきらきらと光を反射して、まるで宝石のようだった。
足元の砂は、陽射しに温められていて、ところどころに流木や貝殻が転がっている。
サンダルが、さらさらと砂を押し分けるたびに、やわらかな音が鳴った。
一歩ごとに、心の奥の何かがほどけていくような感覚があった。
海岸線を歩くSHOOTの表情は、これまでの数ヶ月にはなかった穏やかさを湛えていた。
ふと、波打ち際にしゃがみこむ。
小さな石をひとつ拾い、指先でゆっくりと撫でる。
その石は、まるで自分のようだった。
波に揉まれて、角が取れて、少し丸くなって、けれどちゃんとここにある。
SHOOTは、小さく、呟いた。
「……帰りたいな」
それは独り言のようでいて、どこかに届いてほしい祈りでもあった。
その瞬間だった。
胸の奥で、“何か”が音を立てたような気がした。
長く止まっていた歯車が、ほんの少しだけ動いたような――そんな感覚。
心の深い場所で、静かに、確かに、何かが始まろうとしていた。
それから数日後、SHOOTは静かに、東京へ戻ってきた。
久しぶりの街は、人も車も多く、空気はせわしない。
けれど、それがどこか懐かしくもあった。
窓の外に流れる景色。高層ビルの隙間から覗く空は狭くて、灰色がかっていたが、不思議と嫌ではなかった。
車窓に映る自分の顔を見て、SHOOTはふと微笑んだ。
(……少しは、戻ってこれたかな)
まだ、ファンの前に姿を見せる日は決まっていない。
スタッフにも、正式な連絡はしていなかった。
でも、自分が帰るべき場所は、ここしかなかった。
久しぶりにメンバーに会う日の朝。
スタジオの前に立ったSHOOTは、深く息を吸った。
指先に微かに汗が滲む。緊張している――でも、それも悪くなかった。
ドアを開けた瞬間、ふわっと空気が変わった。
化粧品と衣装の布地が混ざり合った独特の香り。
壁に貼られたスケジュール表、床に無造作に置かれたスニーカーやペットボトル。
そこには確かに、自分がかつて毎日を過ごしていた“場所”があった。
そして、その真ん中にいたのは――MORRIEだった。
彼は、座ったまま、SHOOTを見上げて、ゆっくりと言った。
「……おかえり、SHOOT」
その言葉に、すべてが詰まっていた。
SHOOTの喉の奥が熱くなる。
でも泣かない。今は、ただ、しっかり返したい。
「……ただいま」
一歩、また一歩と、中へ踏み込む。
メンバーたちが一斉に顔を上げ、最初は驚いたような表情を見せる。
けれど次の瞬間には、温かな笑顔が咲いた。
誰かが手を伸ばして、肩を叩く。
誰かが「痩せたな」と笑いながら、ペットボトルの水を渡す。
音も言葉も全部、優しかった。
SHOOTは、そのすべてを噛みしめるように受け取った。
そして復帰ライブの日が来た。
久しぶりのステージ。
会場の控え室は、緊張と高揚で満ちていた。
モニター越しに聞こえる客席のざわめきが、SHOOTの胸の奥をじわじわとあたためていく。
会場の天井は高く、照明の熱が空気を少しだけ重くする。
ステージ裏の通路には、スタッフの声、機材の音、リハーサルの余韻がまだ残っていた。
衣装を身につけながら、SHOOTは自分の鼓動を感じていた。
ジャケットの袖を通すと、いつもより少しだけ体が軽い気がした。
そんなとき、後ろからFUMIYAがぴょんと現れた。
「しゅーとくん! おはよー‼︎」
いつもの、あの調子。変わらないテンポ。
SHOOTは反射的に応じる。
「……バカ、うるさい」
その言葉を発したとき、自分でも驚いた。
口が自然と動いた。声にちゃんと“力”があった。
FUMIYAは満足そうに笑った。
その笑顔に、どこか救われる。
続いて、FUMINORIがゆっくりと近づいてきた。
彼の手にはタブレット。だが、目線はSHOOTの瞳をしっかりと見つめていた。
「SHOOT、今日の最初の曲……全部、お前が決めていいからな」
その言葉に、SHOOTの胸が、すっと音を立てて揺れた。
「……え?」
FUMINORIは静かに言う。
「今日の構成、少し変えた。“あの曲”、お前のタイミングで始められるようにした」
(……あの曲)
「“OZ”、だろ?」
その言葉を聞いた瞬間、心の奥が、音を立てて震えた。
──「OZ」
それは、SHOOTにとって、特別すぎる一曲だった。
夢を見て、走って、傷ついて、それでも信じた“場所”を歌った歌。
理想と現実のはざまで迷っていた頃、何度も何度も自分を保つために歌った。
でも、当時の彼には──
その“夢”が、少し重すぎた。
歌うたびに、胸が締めつけられた。
“こんな自分じゃ、夢の中にはいられない”
そう思っていた時期もあった。
けれど今の彼は違う。
逃げたことも、泣いたことも、ぜんぶ抱えて、立っている。
今なら、この歌を、ちゃんと届けられる気がする。
自分の足で立ち、自分の声で歌う。
そう、夢を“続けている今”の自分として。
SHOOTは静かに頷いた。
「……うん。“OZ”、ちゃんと歌うよ」
FUMINORIは笑って、背中を軽く叩いた。
「お前の“魔法の国”、見せてこいよ」
SHOOTは、ふっと息を吸い込み、ステージの方を見つめた。
そこに広がる光は、もう、怖くなかった。
ステージへ向かうメンバーたちが、次々と背中を軽く叩いていく。
SHOOTは一人、最後に残る。
ふと、すぐ隣にMORRIEが立っていた。
彼はSHOOTの耳元に、そっとささやいた。
「……自分を信じて。お前なら、ちゃんと届くから」
その言葉は、どこまでも静かで、どこまでも力強かった。
SHOOTは目を閉じて、深く息を吸った。
そして、光の射すステージの方へ、一歩、また一歩と歩き出した。
――ついに、その時が来る。