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「遅延してるやん…」
俺はぶつくさと文句を言いながら暗くなった路上を歩く。急遽、渡さなければいけない書類があるとのことで事務所に行かなければいけなくなった。マネージャーが迎えに行こうか?とも言ってくれたが丁度近くで買い物をしていたため、電車で行くと言ってしまったのが運の付き。今日はもう電車が動くことはなさそうだ。
仕方ない、タクシーを拾おう(勿論請求はスターダスト宛)と、タクシーを止めようとしたとき、俺の耳に歌声が入った。
「…歌?いったいどこで…」
キョロキョロと辺りを見回すも歌っている人は近くにはいない。俺はタクシーの事なんて忘れて、その歌声の主を探す。すぐに目的の人はすぐ見つかった。
俺と同い年くらいだろうか。黒縁の眼鏡を付けた青年はギターを片手に必死に声を上げていた。しかし誰もその青年が見えていないのかと思うくらい誰も足を止めない。俺は何故かそれに無性に腹が立って、気が付いたら拍手とともに彼に声をかけていた。
「ねえ!君めっちゃ歌うまいね!」
「…っえ…俺、ですか?」
「君以外に誰がいるのさ!俺めっっちゃ感動した!あ、これCD?君が作ったの?一枚頂戴!」
彼の返事を待つことなく俺はマシンガンのように話しかける。彼はどこか慣れていない様子で俺の言葉に返事を返す。
「あ、ありがとうございます!」
「ずっとここで歌ってるん?こんだけ上手かったら事務所とか所属できそうなもんやけど…」
「事務所何て!路上ですら足を止めてくれる人もあんまりいないのに…夢のまた夢ですね…」
悲しみと諦めが入ったような顔でこちらに笑いかける。俺はしまった!と思ったと同時に、その顔を見たくなくてワザとらしく明るい声をだす。
「ねえ俺、塩﨑太智って言うんだ!お兄さんの名前も教えて?」
「えっ、あの、吉田仁人です。よろしくお願いします…?」
「なんで疑問形なん!吉田仁人…仁人ね!俺のことも呼び捨てでいいよ!敬語もなし!ねえ、俺もっと仁人の歌聴きたい!」
「…ハハッ、押し強いなぁ…もう終わろうかなって思ってたけそう言われたら歌わないわけにはいかないね」
「やったー!」
そうしてあまりにもやってこない俺を心配してマネージャーが電話をかけてくるまで仁人のライブは続いた。
「ねえ!次はいつやるの?」
「え、次も来てくれるの?」
「??当たり前じゃん!俺は仁人のファンやから」
「…ファン……そんなの言われたの初めてだ…」
「え!?なら俺がファン一号ってこと!?すっげえ嬉しい!!」
「…最近は毎週水曜日の八時から二時間くらいやってる。……まってる、から」
「~~!!うん!!!絶対来る!!また仁人の歌聴かせてや!」
少しハスキーで低い、けどどこか温かみがある仁人の歌声に俺は惚れてしまったんだろう。一枚のCDを抱えながら早く来週にならないかなと、柄にもないことを考えていた。