テラーノベル
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翌日、セツは全身の筋肉痛と凄まじい喉の枯れ具合に驚きながら起床した。
ハント兄弟が手配した医者に全身くまなく診察されたが、枯れた喉以外は特に問題ないとのこと。体中にあったおびただしい数の情事の跡を見られ、羞恥で顔が真っ赤になった。
昨夜の煙草の煙による呼吸の乱れもすっかり治っている。セツは改めて自分の回復力の高さを実感した。
セツはこれから処刑の日までこんな豪華な部屋で過ごし続けるのだろうかと軽食を食べながら考えていると、エドガーが生地の良い衣服を持ってきた。
「今日はこれを着るの?」
「来客があるんだ。俺が着せようか」
「自分で着れるよ。少し席を外してくれれば」
何故かエドガーはセツに衣服を渡しながらセツのこめかみにキスをしてくるし、イザークは大きなソファにふんぞり返ったまま「俺はここから動かないぞ」と視線も寄越さずに紅茶を飲んでいた。
一度エドガーを見上げると、この三日間嫌という程見た苦笑をしていたので、セツは諦めてそのまま着替えることにした。
イザークがセツを見つめて嫌がらせをしてくるのはある程度予想通りだったが、着替えてる最中にふとエドガーを見ると深碧色の瞳と目が合った。
セツに話しかける時の微笑みがなく、まるで獣が捕食の瞬間を狙っているかのような視線に心臓が跳ねた。
「エ、エド。出来れば後ろを向いていて欲しいんだけど…」
「ん、分かったよ。ごめん」
いつもの微笑みに戻り、両手を上げて後ろを向いたのを確認し、セツは質の良いシャツに袖を通した。
貴族女性が乗馬などで履くパンツを上げると、イザークが足を組み直して堂々と話しかけてきた。
「懐かしいな」
この5年間、セツは皇太子にドレスを着せられていたので、これにはセツも同意だ。
肯定して暫し談笑していると、扉がノックされた。
エドガーが対応しに外へ出た。
セツはエドガーを待つ間、気になっていたことを聞いてみることにした。
「そういえば、ここはハント伯爵邸ではないみたいだけど、どこなんだろう?伯爵様とカミラ様は一緒に住んでいるの?」
「父上と母上は領地にいるぞ。ここは俺とエドガーの皇都にある屋敷だ」
自分は今皇都に居るのか。
ハント兄弟がおかしくなってしまったことをどうお二人に詫びれば良いか考えると胃が痛むので、二人が領地に居ると聞いてセツは少しほっとしてしまった。
「父上は爵位と責任を俺に全部押し付けて母上とよろしくやってるだろうから気にするな」
「爵位って…」
「ハント伯爵当主は俺だ」
「!」
どうやらセツが外界の情報を一切遮断されていた間に当主が変わっていたらしい。
他にも聞かねばならないことが山ほどあるが、まず確認するべきことはセツの処刑がいつ行われるのかだ。
セツが聞こうとすると、扉が開き、エドガーが帰ってきた。
エドガーの後ろにいる人物を見たイザークが読んでいた本を閉じ、座ったまま声をかける。
「予定よりお早いお出ましですな、殿下」
セツはイザークの言葉を聞いた瞬間、野生動物よりも早く床に膝をついて礼を尽くした。
「当たり前だよ!向かうところ敵なしの獅子兄弟の想い人だよ。ずっと話してみたいと思ってたんだ。三日間待ち遠しかったよ!」
見たことはないが、セツの勘が明らかに高貴な人だと訴えている。
見上げることも出来ずにひれ伏していると、優しく肩を叩かれ自ら立たせて貰った。
「こうして話すのは初めてだね。僕は廃太子の腹違いの弟だよ。ちょっと前から次期君主として皇城に住ませてもらってる」
セツは何とか口を動かして挨拶と自己紹介を返したが、その後口は開いたままだった。
元皇太子に弟がいることは知っていたが、生まれた時から病弱で、皇都から離れた領地で療養していると聞いていた。
母親が皇城の元侍女であるため、政治に関わらないよう配慮された幽霊のような存在だったはずだ。
恐れ多くも握手を求められ、ガチガチに固まったセツが両手を差し出すと優しく包まれた。
剣を扱う物の手だ。色白だ。しかし健康そうだ。暖かい…。
セツが目を剥いて皇太子と触れている手を見つめていると、エドガーが握手をやめさせてセツの両肩に手を置いた。
「セツ、緊張しなくて良いよ。殿下とは騎士学校で知り合った親しい仲なんだ」
「そうそう。偽の身分で入学したのに二人に一瞬でバレちゃって。謀反を持ちかけられた時はびっくりしたなぁ」
セツは驚きつつも元皇太子を殺した日の顛末をやっと理解した。
あの日、ハント兄弟と新皇太子は皇城で反逆を起こしたのか。
皇太子は絶句しているセツに説明を始める。
「君のことは長期間廃太子側に潜伏していた諜報員として扱われてる。あの日は君が廃太子をめった刺しにする所を大勢が見てるから、君が息の根を止めたことは隠せなかったけどね」
正直言うとかなり強烈だった、と笑いながら言う殿下にセツは愛想笑いもする余裕がなかった。
それではまるでセツが謀反の一員で、罪人ではないように聞こえる。
「その…。私の処刑は行われますよね?」
セツの肩に置かれていたエドガーの手が重くなった。
皇太子は不思議そうに応える。
「いや?元々廃太子は殺す予定だったし、それが早まっただけだよ。君を処刑する理由がない」
そんな。
セツは足の力が抜けていくのを感じたが、殿下の前で座り込むわけにもいかず、歯を食いしばった。
「殿下…。私は死ぬべき人間なのです。生きている意味がありません。どうか処刑していただけませんか。自分では死ねない加護がかかってるんです。どうか」
セツは膝をつこうとしたが、エドガーに抱きすくめられてただ体重を任せるだけになった。
ハント兄弟は沈黙している。
「ちょ、ちょっと。二人とも、僕が何て言葉を返すか試してるな。場合によっては許さないって顔してるぞ」
皇太子はため息を吐いて不敬すぎる、と呟いていた。
「今日は令嬢に一つお願いがあってきたんだよ」
令嬢とは誰だ。セツか。セツしかないない。
セツは唾を飲み込んだ。
「セツ・ホワイト。僕の騎士になってくれないか」
セツは完全に腰が抜けた。
エドガーに子犬のように持ち上げられている。
「な、慰み者ですか?殿下の妾に…?」
「いや違う、違う。おい!なんで二人は僕を睨む!今のは彼女が言ったことだろう!」
皇太子は大きな咳払いを一つした。
「君の剣で、この帝国を一緒に守って欲しいということだよ」
「ですが殿下。私は騎士学校を卒業しておりませんから、入団試験も受けておりません…」
エドガーがセツの耳元に顔を寄せて囁いた。
「それに関しては、俺達が色々手を回しているから大丈夫だ。セツは殿下の剣になりたい?」
エドガーの腕の力が抜け、セツは自分で立ち直し、慌ててすぐに皇太子の前に跪いた。
「わ、私のような未熟者で宜しければ…!」
皇太子は帯刀していた剣を抜き、セツの肩にかざして騎士と主君の盟約の儀式を行った。
セツは唇を震えさせていた。
この瞬間が、自分に訪れる日がくるとは思いもしなかった。
父上を殺したあの御方を許した訳ではないが、すぐにでも死ねないのならば、殿下の為に命を燃やそう。
セツは死んだはずの心に熱を感じた。
簡素な儀式を終えてセツが立ち上がると、エドガーが書物の束を持ってきた。
セツが首を傾げると、イザークが近寄ってきて書物に手を伸ばし、パラパラとページをめくりながら口を開いた。
「今年の皇室騎士団の試験が例年通り四日後にある」
辞退者は多いだろうけどな、と付け足してセツに持っていた本を押し付けてきた。
確かに病に臥せった皇帝の代わりに政を任されていた皇族が死んだのだ。新体制となって皇城内は慌ただしいだろう。
イザークが言葉を続ける。
「お前なら三日もあれば充分だろう」
「筆記は出来るだろうけど、騎士学校卒業の条件が…」
「お前な、俺達を誰だと思ってる」
「うん?」
「新皇太子の右腕、逆らえる者は誰もいない獅子兄弟だぞ」
そんな肩書きがあるのか。ハント伯爵家の家紋にはライオンが描かれているから獅子兄弟なのだろうが、そう呼ばれるだけの影響力もあるのだろう。
「権力でどうにでもなる」
さも当然という顔でイザークが言うものだから、セツは笑った。
本当に笑うなんていつぶりだろう。
そうだ、セツはハント兄弟と共にいる時に笑うのだ。
セツは素朴な感情を思い出した。
「セツのその顔、久しぶりに見た」
エドガーが書物をテーブルに置くとセツを抱きしめ、頬擦りをしてきた。
エドガーの髭がセツの頬をじょりじょりと鳴らした。
「はいはい。僕の前でイチャイチャするのは控えてね」
皇太子の言葉に血の気が引いたセツは、凄まじい速さでエドガーを引き剥がした。
速さに伴って相当な力がエドガーの胸にかかったため、エドガーが呻いた。
「皇室騎士団の筆記試験は結構難しいと思うんだけどなぁ。倍率は低いにしても、騎士学校四年分の座学を三日で習得できるなんて本当かなぁ」
「俺達が三年で卒業できたから、セツなら三日もあれば充分だろ」
獅子兄弟と皇太子は本当に親しいようで、兄弟の無礼を皇太子は全く咎めない。
セツはテーブルの書物の量を目測で確認し、問題ないことを皇太子に伝えた。
セツはそれから三日間、与えられた書物全てに目を通し、過去問を二年分解き、庭の木人で体の感覚を戻した。
ハント兄弟は相当忙しかったのか、三日間屋敷に帰ってくることがなかったためセツは伸び伸びと過ごすことが出来た。
そうしてセツは入団試験に難なく合格し、貴族達の間で大きな話題となった。
コメント
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あ〜、もう第7話もめっちゃよかった…!セツの「生きる意味がありません」って言葉、胸がぎゅーってなったわ。でもそこから殿下に騎士に任命されて、エドガーに「その顔、久しぶりに見た」って言われるシーンで完全にやられた。セツが笑うの、本当に久しぶりなんだろうなって伝わってきて、私も一緒に泣きそうになったよ😭 獅子兄弟の権力フル活用スタイルも相変わらずで笑ったし、新体制でのセツの再出発、めっちゃ応援したくなる展開だった!次話も楽しみにしてる🔥
ある
28
柘榴とAI

270
花子