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「ま、間に合った……」
寝坊してしまったせいで遅刻しそうになったけど、なんとかギリギリセーフ。だけど、朝から疲れた……。学校まで全力ダッシュをしたんだ、そりゃそうか。席に着いた今でもまだ息が荒い。完全に運動不足だな、こりゃ。体育の授業は割と頑張っている方だと思うんだけど、帰宅部の宿命かな。
「但木くん、大丈夫ですか? すごくハアハアしてますけど」
少し驚いた、心野さんから話しかけてくれるだなんて。このパターンって、確か初めてじゃないのかな? 今までは僕から話しかけないと喋ってくれなかったはず。
なんか嬉しいな。
「ううん、大丈夫。ちょっと寝坊しちゃってね。それで学校に遅刻しないようにここまでダッシュしてきただけだから」
「寝坊ですか? もしかして私と同じようになかなか寝付けなかったとかですか? 妄想の世界に入り込んじゃったりして興奮して」
「いや、そういうわけじゃないんだ。いつも通りの時間にしっかり寝たよ。というか、心野さん。妄想? 興奮? もしかして心野さんっていつもドスケベな妄想ばっかりしてるとか?」
「そ、そそそ、そんなことないです! そんな妄想なんかしてません! って、但木くん、完全に私のことをドスケべだとかムッツリスケベだとか思ってますよね?」
「うん、思ってるけど?」
「……え? 本当に? 本当にそう思ってるんですか? 本気と書いてマジですか?」
「うん、だって絶対にそうだもん。じゃあ昨日、一体どんな妄想いてたのか教えてもらっていいかな?」
「う……そ、そそそそ、それはですね。えーと……平和! そう! 世界平和についてです!」
相変わらず嘘をつくのが下手すぎる……。世界平和って……。そもそも耳を赤くしてるから一発で分かる。もう丸分かり。
まあ、これだけ焦ってるんだから。あまり突っ込んで訊かない方がいいかな。心野さんにだって人に言いたくないこともあるだろうし。うん。プライバシーは大切だよね。
というか、訊くのがちょっと怖いし。僕の想像の遥か上をいくR18的な内容だったら、僕の方が恥ずかしくなって鼻血を出しちゃうかも。ということを付け加え忘れる僕ではない。
「よう但木、珍しく遅刻ギリギリだったな」
もう毎朝の恒例となってしまった。友野がこちらにやって来ることが。しかしまあ、ほんと朝から元気なやつだな。朝早くから激しいであろう部活での練習をこなしてこれだもんな。体力のない僕にとっては羨ましい限りだ。
暑苦しいところは全然羨ましくないけど。
「ああ、少し寝坊しちゃってね――ってお前、なんでニヤニヤしてるんだ?」
「まあニヤニヤもするさ。女性恐怖症のお前が昨日、心野さんのことをおんぶしているのを見ちゃったからな」
「え!?」
僕は咄嗟に心野さんを見やった。さっきまでとは打って変わって、黙ったまま少し俯いて机を見つめている。でも嫌がっていると言うよりも、ただただ恥ずかしがってるだけみたいだけど。
「友野、お前……どうして見ることができたんだよ! 部活はどうしたんだよ!」
「ふっふっふ、何言ってるんだ。但木のことを把握するのは俺の責務だって言っただろ? 保護者なんだから当たり前だ。お前のことなら何でも知ってるぜ?」
「答えになってなし! それになあ、友野。お前は僕の保護者じゃないっていうの! というか怖いよ! ストーカーじゃないか!」
「まあ、それは冗談だ。たまたま部活帰りに見かけてな。邪魔しちゃ悪いと思って、ずっと柱の陰から見守っていただけだ」
「柱の陰からって、某スポ根漫画のあの姉さんかよ! 余計に怖いって! お前、実は僕のことをストーキングするのが趣味になってるんじゃないのか?」
「ふっふっふ。さて、それはどうかな?」
友野っていい奴なんだけど、掴みどころがないところがあるんだよあ。まあ昔からそんな感じだから、さすがにもう慣れたけど。
「女子をおんぶとか、今までのお前じゃ考えられないんだけどな。一体、どんな魔法を使ったんだよ。ねえ、心野さん」
「え!? あ、あ、あああああ、あの……」
いきなり話しかけられた心野さん、完全にキョドりモード。焦りに焦って言葉が出てこないみたいだ。理由は昨日話してくれたから知ってるけど。
「あっははは! 心野さんってやっぱり面白い人だな。但木とは普通に喋れるのに。俺なんかに気を遣う必要なんてないし、もっと気楽でいいんだぜ? でも別に無理して話そうとしなくてもいいから。話したい気分になったら話してくれればいいよ。って、もうこんな時間か。じゃあ俺、自分の席に戻るわ」
いつものように手をひらひらさせながら、友野は席へと戻っていった。あいつに気を遣う必要なんかないのは確かだけど。
「――友野くん、すごく優しいね」
ちょっとだけ俯きながら、心野さんは言った。その言葉には、少しの嬉しさが含まれていた。
「そうだね、まあ優しい奴だよ。僕みたいな奴にでも普通に話しかけてくれるし。だけど僕の保護者であることだけは絶対に認めないけどね」
「なんか羨ましいです、但木くんが。ごめんなさい、但木くんのお友達に失礼なことをしちゃって。本当は仲良くなりたいんですけど……」
「大丈夫、友野はそんなこと気にするような奴じゃないよ。それは僕が一番知っている。だから安心して。……て、もしかして心野さん、友野に惚れちゃったとか? あいつ、中学時代はクラスの女子のほとんどから告白されてるくらいだし。とにかくモテるんだよ、あいつは」
「ち、違うよ但木くん!」
少し驚いた。心野さんがここまで声を張り上げるだなんて。
「友野くんがモテるのはすごく分かります。でも、私はそんな簡単に男の子のことを好きになったりはしないです! そんな資格、私にはないし……」
最後の言葉がちょっと引っかかるけれど、不思議なことに、心野さんの言葉を聞いて安堵している自分に気が付いた。なんだろう、この感覚。
「ねえ、但木くん」
「うん、どうしたの心野さん?」
「私、頑張るね。頑張りますから。友野くんともちゃんと話せるように。だって、友野くんは但木くんのお友達だから。仲良くなってみたいです」
「――そっか。うん、僕も協力するよ」
僕達のお喋りを遮るように、思考をストップさせるように、担任の先生が入ってきた。でも、強く感じることがあった。
心野さんは変わりたいと心の底から思っているんだと。
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