テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「はあー、午前の授業やっと終わったー!」
僕は両手を絡め、天井に掲げるようにして大きく伸びをする。
僕は勉強に関して割と真面目な方で、授業に集中してるからちょっと疲れた。中学では授業の時間が四十五分だったのに対して、高校だと六十分だし。たった十五分の差でしかないけど、集中していると、その短い時間差が僕の脳をより疲弊させる。
とりあえず、午前中の授業はこれで全部終わり。やっと人心地をつくことができる。そう。今から六十分間は癒やしの時間。疲れた脳を休ませる時間。つまりはお昼休みの時間だ。
ちなみに。これは学生あるあるだけど、僕は体が結構細い方なのに、これでも大食漢なのだ。どうしてそんなことをいきなり説明したのかって? それは寝坊したせいで朝ご飯を食べてないからであり、つまりは空腹だからに他ならない。
端的に言うと、とにかくお腹が空いて仕方がないんだ。
そんなわけで。僕はお昼休みに入るや否や、即座にお弁当箱をリュックから取り出した。いつもの様に屋上まで行って、そこで食べるために向かおうと準備を始めた。やっぱり青空の下で食べるお弁当は格別なのだ。
「ね、ねえ但木くん? あの、その……お昼ご飯……」
僕のお隣の席に座る心野さん。最近にしてはちょっと珍しく、緊張気味というかなんというか、言葉に少しの申し訳なさを含ませていた。
と、思ったんだけれど、これ違うや。よく見たら心野さんの耳が真っ赤になってるし。分かりやすすぎるから逐一チェックする癖がついちゃったよ。耳の赤さをチェックとか、ちょっと変態さんっぽいけど。
「うん、お昼ご飯がどうしたの?」
「あ、あのですね……それ、お弁当箱ですよね? 食べるんですよね?」
「う、うん、そうだけど……」
これがお弁当箱ではなかったら一体何に見えると言うんだろう。筆箱かな? いや、僕もお腹が空いているとはいえ、さすがに鉛筆やらは食べられない。そこまで悪食ではない。……悪食でも鉛筆は食べないか。
「じ、実はですね……。わ、私、今日、但木くんにお、お弁当を作ってきちゃいまして……か、勝手に作ってきちゃって、ほ、本当にごめんなさい」
「お、お弁当!!」
これは嬉しい、嬉しすぎる。母さんには言ってないけど、実は僕ってこのお弁当だけではちょっと足りないのだ。だからもう願ったり叶ったりというか。それに心野さんの手作りお弁当だ。嬉しくないわけがない。
「嬉しい! 嬉しいよ心野さん! ぜひ食べたい! いや、どうか食べさせてください! 僕って午後の授業の途中でいつもすぐお腹が空いちゃって」
「ほ、本当に!? 本当に、た、食べてくれるんですか!? 微生物以下の私が作ったお弁当を!?」
心野さん、今まで自分のことをミジンコ以下だとかナメクジ以下だとか言ってたけど、ついに微生物以下ときましたか……。
自分を卑下する対象を、小さな生き物の総称で一括りにしちゃったよ。相変わらず、僕と同じく自己肯定感が低いなあ。と、思ったけど、ただ単にネタ切れしただけのような気がしないでもない。
まあいいか。
脱線しちゃったから話を戻そう。
僕は心野さんに向かってサムズアップと共に「もちろんだよ!」と返事を返す。すると心野さんも嬉しそうに破顔させた、はず。顔は見えないけれど口元が緩みに緩みきってる。ニマニマしてる。
「じゃあ今から準備しますね! よいしょっと」
あ、ずっと今朝から気になってたんだよね。今朝、僕が登校した時に気付いたんだけど、心野さんの学生カバンが置いてある隣に紙袋も一緒に置いてあったことが。
しかし、その紙袋から取り出したお弁当箱を見て、ちょっと驚いてしまった。
だってこれ――。
「こ、心野さん? これ、お弁当箱ではあるんだけど……」
「はい、今朝は早起きして一生懸命作ったんです!」
お弁当箱には違いない。違いないんだけど、これってどこからどう見ても……。
「さ、三段重の重箱、だよね」
「そうです、会心の出来です!」
心野さんが取り出したるは、お花見などでよく見かける重箱だった。漆塗りがとても美しい。美しいけど、重箱を学校で見ることになるとは。
でも、僕はそれがとても嬉しかった。三段重の重箱が嬉しかったんじゃない。それよりも、早起きしてこれだけの量を作ってくれた心野さんの気持ちが嬉しいんだ。まさか僕が女の子から手作りのお弁当を作ってもらえる日が来るなんて。
「よし、じゃあお弁当を持って屋上に行こうか。外の空気を吸いながら食べるお弁当って、すごく美味しいんだよ。一緒に行こう」
「はいっ!」
* * *
僕達はちょっと薄暗く、少し埃っぽい匂いを感じながら階段を上がり、開けた屋上に到着。空を見上げると、雲ひとつない青空が視界いっぱいに広がった。
そして、肺いっぱいに外の空気を肺に送り込むために深呼吸。午前の授業の疲れが一気に吹き飛ぶ、そんな心地良さを覚えた。
「私、屋上に来たの初めてです」
「そうなんだ。結構気持ち良いでしょ?」
「はい、とっても。ずっとボッチだったからちょっと来づらかったんです。でも今は但木くんが一緒にいてくれるから、すごく安心です」
なんだか気持ちがすごく分かる。確かに屋上に一人で来るのって躊躇しちゃうかも。昼休みの屋上って、ある意味リア充のたまり場でもあるし。僕はたまに友野と一緒に来ていたから今ではもう慣れっこだけど。
「じゃあ、あそこのフェンスの所にでも行こうか」
言って、僕と心野さんは持たれかかれるフェンス越しを選択。屋上から見えるグラウンド。見慣れているはずなのに、今日はとても新鮮に目に映った。
心野さんと一緒だからかな。
「でもすごいね、この三段重の重箱。たくさん作ってきてくれたんだね。さっそく開けて見てもいいかな?
「あ、えーっとですね……」
お腹が空ききった僕は心野さんの返事を待たずに一番上の重箱を開けた。そして、ちょっと感動。
「な、何これ! すごいね! 作るの大変だったでしょ?」
重箱の中身にはぎっしりとおかずが詰め込まれていた。ハンバーグにクリームコロッケ、卵焼き、ミートボール、などなど。子供が好きそうなおかずがいっぱい。子供舌の僕には嬉しさ百倍という感じだった。
「はい! 今朝は5時から気持ちを込めて一生懸命作りました。但木くんのお口に合えばいいんですけど……」
「本当に嬉しい。ありがとうね、心野さん。全部僕の好きなものばかりだよ。ちなみに他のも全部開けてみてもいいかな?」
「あ、そ、それがですね……」
空腹の僕はまた返事を待たずに二段目を開けた。
「おお! ご飯がいっぱい!」
二段目には白米がぎっしりと詰められていて、真ん中には梅干し。見事な日の丸弁当だった。そしてその勢いで、一番下の重箱も開けてみた。開けてみたんだけど。え、これって……。
「えーと、心野さん?」
「す、すみません。三段目に集中しすぎたせいで、時間が……」
一番下の重箱にも、白米。それもぎっしり。これ、重箱にする意味あったのかな……。いや、そんなの関係ない。だって心野さんが一生懸命作ってくれたんだ。白米の量が多すぎようと、絶対に僕は食べきってやる。
「そんなことないよ、心野さん。本当に嬉しいんだ。それに僕、すごい大食漢だからむしろちょうど良いよ」
「本当ですか! 良かったあー」
安堵したのか、心野さんはホッと胸を撫で下ろした。そして僕と心野さんはお箸を手に持ち、「いただきます」と挨拶。食材を作ってくれた人、食材を育ててくれた人、そしてこのお弁当を作ってくれた心野さんに感謝の気持ちを込めて。
「美味しい! この卵焼き、すごく美味しいよ! 心野さんって料理上手だったんだね。こんなに女子力が高かったなんてビックリだよ」
「じょ、女子力ですか!? え!? わ、私って女子力あったんだ……。微生物以下なので、そもそも私って女子なのか怪しいと思ってたんですけど」
凄まじいまでの自己肯定感のなさだな。女子なのか怪しいって……。女子じゃなければ一体何だと言うのだろうか。え? もしかして、本当に自分のことを微生物と同等に見ちゃってるの? 認識しちゃってるの?
ま、まあいいか。いや、本当は全然良くないんだけど。
とにかく、今はお弁当に集中しよう。
「うん、本当に美味しいんだ。それに僕、卵焼きが大好物で」
「そうなんですね、但木くんって卵焼きが好きなんだ。じゃあ今度は卵焼きをたくさん作って重箱いっぱいにしてきますね。三段全部、卵焼き」
「えーと……気持ちは嬉しいけど、適量でお願いしていいかな?」
そんなこんなで始まったお昼休みは、まだまだ続く。この時間が一生続けばいいのにな、と。お昼休みが終わらなければいいのにな、と。
そんなことを、心の底から思った。