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早朝、目が覚めるとまだ少しうっすらとした日差しが壁や天井の至るところから差し込んでいることに気付いた。
早めに修理しないといけないことを確信してしまい、顔をしかめながらめんどくせぇ~と掠れた声で呟き、気だるげに体を起こしてギシギシと軋む床の上を裸足でペタペタと歩く。
眠気に負けそうな顔がこちらを見ているのを余所に、 顔に冷たい水をかけながら今日の授業の予定表を頭の中から捻り出す。
久しぶりに外出届を出して街で食べ歩きしたり出来ないかなと思いながら、買った歯ブラシに貰った歯みがき粉を付けてシャコシャコと磨く。
そのままの状態でダラダラと部屋に戻り、案の定ベッドを独占している猫に、聞き取りにくいであろう声をかける。
しかし中々起きないので面倒臭くなって放っておくことにした。
洗面所に戻るといつものようにエースが顔を洗っていたので、順番待ちをした後に朝の支度を終わらせる。
そこでようやく適当な挨拶を交わし、エースは朝ごはんを作り出したので、俺は学校の準備を軽くした後にソファでくつろいでいた。
階段を下りる音が聞こえたので、そちらの方に視線を向けると、 まだ半分夢の中でお散歩しながら寝ぼけているデュースが、のそのそとキッチンの方へ向かっている。
「ん、起きたぁ?」
「……おぁよぉ……」
舌足らずな話し方が可愛らしくて思わず笑っていると、美味しそうな香りがしてきたので記憶を探って当ててみる。
「ふはっ、はぁ~……んっ……この匂いはぁコンポタ系かな~」
「食いしん坊じゃんw良く分かったなww」
見事当たったようで、エースに食いしん坊と言われてしまった。
「エースゥ~……」
「んー?……どしたぁ?」
急に甘えた声になるデュースと、いつもは子供っぽいのに、この時だけママ感が強いエースのギャップに少しドキドキしながら見守る。
「あぇがとぉ……ギュゥ」
「へいへい、卵多めに入れるわ」
エースは上手く誤魔化せてると思っているかもしれないが、これは完全に喜んでるなと丸分かりだ。
「おぉ、ご満悦みたいだねぇ……てか俺にはぎゅうしてくんないの?」
「する。」
「即答ww」
デュースが顔を洗って戻って来る頃には朝食は完成していて、並べるところだった。
「え、うまそ」
「語彙力w」
「マジで凄いなエースお前……」
朝食はプレートになっており、コンポタのリゾットと野菜多めのスープにウインナーが入っていて、サラダと甘めの卵焼きと蓮根や人参などの根菜の炒め物の隣に小さめの器にヨーグルトバナナが添えられている。
手を合わせて……
『いただきま~す!』
「……にしても作るの大変じゃなかった?」
「んーん、大体時短レシピだし、根菜とかのサラダ系は昨日の夜作って置いといたヤツだから時間もかからないし……」
『エース……嫁に来ない?』
「……行かねぇわw」
ご飯を食べ終わってちょっとした後にエースを見に行くと、自分の顔にメイクを施している最中だった。
何気に久しぶりじゃない?と思い、隣に座って声をかける。
「ねぇ、毎朝メイクしてんの?」
「んー?……あぁ……これね、いつもは魔法でチャチャっとやるんだけど……」
鏡から目を離して、チェリーレッドの瞳がこちらを見る。
「きょーは自分でやる気分なの」
「ふーん……フロイド先輩みたい」
ダイジョブ……そういう誘惑には慣れた。
「げっ、一緒にすんなよ……はぁ萎えたわ」
メイク道具を置いて、すっかりだらけているエースに、ちょっとわくわくしながら提案した。
「じゃあ……俺がしてあげる、貸して」
「……はいよ……」
ガチャッ…ギィィ~ッ
「よし、そろそろ行くか~?っと……おい!何二人でイチャイチャしてるんだ」
「おぁっ、とバレちゃった♡」
「うるせぇなぁ、w」
上手に出来たメイクを前に、上機嫌になった俺にそろそろ行くぞと声がかかって、急いで寮の外に出た。
「あれ?グリムは?」
「知らね、寝てんじゃね」
「何かしたのか……アイツ」
三人で並んで歩きながらも他愛もない会話を続ける。
「んーん、今日は気分なだけ」
「ww……お前の方がよっぽどじゃん」
「?、何の話だ?」
「んーん、w……てか今日の日誌って俺じゃね?ダル~」
「あ”?……あぁ~そんなのあったな」
「ギリ不良が見え隠れしとるわw」
教室に入っていつもの席を陣取ると、いつも騒いでいるクラスメイトが何故か集まって来た。
『二人とも”生きてて良かった”ぁ~』
「は?」
「ふはっ……wはぁ~……マジで?」
それは昨日の夜、マジカメに投稿された動画が原因だった。
暗くなり始めた頃に、投稿された動画を各寮の生徒は再生したのだ。
それがいけなかった……因みに、その日はマブダチ三人組はオンボロ寮でお泊まり会をすると言って、寮には居なかった。
問題児と呆れながらもほっとけない先輩達は勿論気になったので再生した。
かつては暴君だった女王も
その周りのトランプ兵も
ある王国の第二王子も
海に灯った慈悲のタコさんも
次期国王となるだろう人に仕える従者も
美しい寮の最高位に君臨する女王も
ネットを徘徊する青い炎の彼も
そして監督生と仲好しになり、珍妙なあだ名を付けられた茨の国の王も……
再生ボタンを押した。
数秒経つと、 そこにはエースがずぶ濡れの状態で立っていた。
目からは涙が流れているのかいつものハートのスートも滲んでいた。
何度もはくはくと口を動かして、ようやくそれに声が乗る。
「昨日、人殺しになったんだ」
それを聞いたデュースは驚きながらも、扉を開けたままタオルを取りに行った。
その間、エースは自分がしてしまったことを後悔しているのか、しゃがみ込んで小さな泣き声を響かせていた。
……その頭にタオルを被せて扉を閉める。
「何があったんだ?」
エースはそっと顔をあげて泣き顔を見られたくないのか、タオルを顔に当てて話し出した。
「俺さ……ずっと虐められてたんだ、だけどさ……それをずっと我慢してたけど……それがどうでも良かった訳じゃないんだ」
「このまま虐められ続けるんだって思ったら、嫌だなぁって……だから……」
苦しそうに静かに絶望したように話すエースにデュースは拳を握る。
「……止めて欲しくて……突き飛ばしちゃったんだよ……そしたら、打ち所が悪かったんだ」
「俺はもう、人殺しになったんだ」
視聴者はハラハラしていたが、その瞬間デュースは拳をほどいてエースと同じ目線になるが、 エースは気付かずに続ける。
「なりたくてなった訳じゃなくても……多分ここに残ることも出来ないし……迷惑かけるだけだから……どっか遠い所で死んでくるわ」
エースの震える手に触れて一言。
「それなら、俺も連れてってくれ」
視聴者は大混乱する。
この世界では……て、多分何度も聞いただろうが気持ちを歌にすることが当たり前の世界。
つまりこれはそういうSOSなのかもしれないと焦り出す。
ただし、見てしまったからには動画を止めることは出来ない。
鞄の中に財布とナイフそして携帯ゲームを詰めて、まるで修学旅行の前日のように……恐いことから目を反らすように、軽い荷物を入れていく。
アルバムに入った写真も日記も全部棄てて、エースの不安な瞳に答えるように全部全部……捨てて行こう。
「……いいの?」
「ん?……もう要らないだろ?」
当たり前だろという顔に、自然な声が乗る。
「ふはっ……バーカ、ホントに着いてくるんだ?」
視聴者の中でエースを知っている人は段々と現実なのかと錯覚してくる。
あまりにも会話が自然だから……
「人殺しとダメ人間の旅……だろ?」
ヴィラン顔で笑うデュースにエースはどう思ったのか……顔は映されず後ろ姿だけが映される。
画面が切り替わり、ルピナスの花の絵を描いていた監督生が、それをグシャグシャにして海に向かって投げた。
視聴者は大混乱、何で急に投げ捨てたの?突然監督生が出てきたんだけど?海に投げるな!!……と、ちなみに紙は魔法でコーティングしてあるのでご安心を。
暗転して綺麗な映像のルピナスの花が弾けると二人が映った。
そうやって俺達はこの狭い狭い 檻の中から逃げ出した、家族もクラスの奴らも何の役にも立たないし……それでいい。
全部棄ててしまおうよ?……全部捨てよう。
君と二人で逃げ出した世界はきっと天国も地獄も無いだろう。
遠い遠い誰もいない場所で二人で楽になろう。
この世界と価値観が合わないことぐらい分かっていたことだろう?……人殺しなんてそこら中湧いてるのに。
誰かの口元が映されて一言……
君はこの世界に価値《勝ち》があったと思うかい?
バックに冷たい批難を浴びせるコメントと、人殺しだと思われる人物が沢山流れると同時に、二人は手を繋いで逃げ出す。
「エース……」
君は何も 悪くないよ……
「ん?……何?」
「いや、何でもない」
言葉に一瞬の空白があったのを見て、迷っているんじゃないかと考察が始まる。
この時点でだいぶ参ってる人もいるが無情にも動画は止まらない。
それをストップさせる人もいない。
結局俺達は愛されたことが無かったんだ。
不器用な俺と何でも溜め込んで嘘で固めがちなお前。
愛されないことだけの嫌な共通点なのに簡単に信じ合って……ほら、君の手の震えも既に無くなっている。
「もう誰にも縛られないでいいんだよな」
そんなことを言って線路の上を歩いた。
マドルを盗んで二人で逃げながら馬鹿みたいに笑った日々を思い出す。
二人でならどこにでも行ける気がしたんだよ。
……今さら恐いものは無かったんだ。
額の汗も色も形も落ちたハートのスートも……どうだって良いよな!!
あぶれ者の問題児の逃避行の旅だ。
敵対していた誰にも優しくて誰にも好かれる”主人公”なら……ヴィランとして嫌われた俺達も見捨てずに救ってくれるのかな?
「そんなおとぎ話はプリンセス専用だろ?現実を見ろよシアワセの……四文字だって無かったじゃんか!」
言葉に詰まらせたデュースにエース顔を合わせずに前を向いて言った。
「今までの人生で思い知ったじゃん……」
エースは拳を強く握って……ようやく顔をこちらに向ける。
「自分は何も悪くねぇって……誰もがそうやって勘違いしてるんだよ」
その顔は泣き出しそうな……でも悔しい苦しい感情を吐き出せずにいるようだった。
夏の本当に普通の風景の中で、またひたすら走っていた足を止めてデュースは後ろを振り向く。
エースは手にナイフを持っていた。
待って待って!!展開が早い!追い付かないと焦りまくる生徒達と先生。
そう、先生も息抜きとして観ていたのだ。 担任であるクル先はbad booy……と力無く呟く。
「お前ってほんとに友達想いっていうか……誰かさんに似て、お人好しっていうか……」
「エース、?」
「お前が着いてきてくれたから恐くなかった……ここで死ぬのは俺一人でいいよ」
「もう……いいんだよ」
そしてエースは首を切った。
映画のワンシーンのようだった……俺はまた観客に戻ってしまった。
俺は狭い檻の中にまた戻されてしまったようだ。
君はどこにもいなくて……君の顔はどこにも 見当たらなくて……
やだぁぁぁぁ、!!!
絶叫が響き渡っても誰も注意しない。
誰もが次の展開を息を呑んで観ている。
そして時が過ぎていった、暑い夏も終わって捨てた筈の家族もクラスメイトも……誰も彼もいるのに君だけが何処にもいない。
君と逃げ出した逃避行の道を……線路の上を歩きながら今も歌い続ける。
あの夏の日の想い出を……すり減っていく記憶の中で君をずっと探している。
君に伝えたいことがあるんだよ……どうしても言いたいことがあるんだ。
え、?ハッピーエンドは?……え?
寮生達は混乱している。
リリア先輩も落ち着きなくソワソワしている。
デュースは思いっきり走り出す、声を張り上げて名前を呼ぶ。
君がいることで満たされ、飽和されていた心にぽっかりと穴が空いてしまった……君を探しているんだ。
隠れてないで出てこいよ。
落ちてしまったスペードのスートを触ってデュースは止まる。
俯いたまま顔は見えない。
「エース、お前は何にも悪くねぇから……もういいから投げ出してしまおう……」
「そう言って欲しかったんだろ?」
目の前には花が置いてあり……そこで死んだのだと分かる。
ソレを観て、見ながら……涙で震える声で嘆いた。
「……なぁ”!!」
動画が終わり涙でグシャグシャになった寮の先輩や寮長は気付いてしまった。
この動画にフィクションです……なんて言葉が一切書かれていないことに。
「っ、エース!デュース!!…………お前達!全員二人を探し出せ!!!」
『はい、寮長!!!』
こんな感じで探したけどオンボロ寮にいるので意味ないよ?
てか外泊届け出したよね??
あ、うん、皆探さないで???寝て?
「……って感じだったんだ」
「ほぇ~……てことはさ?……」
『エース!!デュース!!』
「え、寮長!?と、先輩方!?」
「うん、知ってた」
皆に泣かれて授業は遅れて 何故か過保護な先輩が増えた。
風の噂で聞いたけどRSAから招待状が届いたらしい。
ハハッ……ウケる
ちな、ヴィル先輩とルーク先輩には全肯定されました。
※『あ/の/夏/が/飽/和/す/る』
カンザキイオリ様