コウが泣いている。声も出さずに、ただ涙を流している。大の男がこうも大量に涙を流すのを見るのは、ドラマや映画の作られたモノ以外では初めてだった。
「なんでコウが泣いてるの?」
私は聞いた。別にどうでも良かったのだけれど、なんだか私のせいな気がして、よく分からない罪悪感のような物に後を押されて聞いた。
「・・・」
何も言わないコウ。いや、泣いてて声を出せないのか。かっこ悪。
顔も良いしスタイルも良い。見た目完璧な男が、こうもみっともなく泣いているのを見るのは、アンバランスが過ぎて滑稽だ。
「・・・泣いてねーし」
コウの口から掠れた小声が聞こえた。
いや泣いてるだろ。
コウはいつもこんなだ。イケメンに見せて側に来て、いざ近くに立つと途端にダサい。格好付けても全部外す。
本当、調子狂う。
思わず私は笑ってしまった。
この男は、何で私の側に居るんだろう。たまたまなのか、それとも誰かの意思なのか。大体何で今ここに居るのか。
「ミナトさん、償い終了お疲れ様です」
突然現れた事務員。初めて見る奴だ。新人かな。
「所有されている資産と『目』の扱いについて、相談に参りました」
死んだ時の相談だ。正直やってられない。
私は、ジェイに会うことが出来ないまま、終わりを迎えるのだろうか。
「ジェイに会いたい」
私は言った。ただそれだけ。私が望むのはずっと前からその一つだけ。
「償いを終了されましたので、今後は他の方の償い対象になられます。ミナトさんの所有されている資産と『目』の譲渡を望まれるのでしたら、それに対して条件を設けることが可能です」
「ジェイに会わせてくれたら、全部あげても良いよ?」
私はそう言った。事務員が困った顔をする。
「残念ながら、その条件は設定出来ません」
「・・・」
何で、出来ないんだろう。
「ジェイさんは現在、他の進行中の条件に組み込まれている為、どなたとも顔を合わせる事が不可能です」
「他の進行中の条件・・・?」
4週間近く経って、初めて掴めたジェイのヒント。
「ジェイは、生きてる?」
「はい、ご存命です」
生きてる・・・、生きてる!
なら、私は死ねない。
そう、私が意を決した時、横からコウが口を挟んで来た。
「あのさ、俺喋っていい?」
事務員に向かって話し掛ける。
「はい。進行中の条件に反しない限りは問題有りません」
事務員の言葉が引っかかる。
『進行中の条件』・・・。
「事務員さんと話す分には、何言っても構わない?」
「理論上は」
コウは、何か知ってるんだ。ジェイと、ジェイの関係している条件について。それを、私に教えようとしている?何の為かは分からないが。ならば私は、黙って聞こう。
「事務員さん達は、同じ名前が好きなの?」
・・・?
意味不明。何言ってんだよコイツ。
「・・・好きというのは、語弊が有ります。言い換えさせて頂けば、本能です」
「本能で、どうしたくなるの?」
「揃えたくなります」
「揃えて、どうするの?食べちゃう?」
「食べたりは致しません。魂を『まとめ』ます」
「まとめるんだ。まとめると、どうなるの?」
「・・・その先は、申し上げられません」
・・・何の、話なのだろうか・・・。
「じゃ、別の質問。同じ名前は、何でも同列?例えば漢字が同じで読み方が違うのと、違う漢字で読み方が同じのと、漢字も読み方も一緒、どれかが優先されるとかは?」
「優先順位は特にございません」
少し事務員の顔が歪む。コウを見ていた目がチラリと私を見る。
「無いんだ。ミナト『港』とミナト『湊』、コウ『港』とミナト『港』、どっちでも良いんだ」
「・・・」
指で漢字を宙に書きながら説明するコウに、答えられない事務員。額から一筋汗が流れる。
「ならさ、まとめるのは必ず二人?三人まとめるとかは無いの?」
「・・・偶数でございます。奇数はございません」
「改名されても、本能的には変わらない?」
「・・・はい」
額の汗が増える。事務員はハンカチを取り出して汗を拭う。
ジェイは、改名前『港』と書いて『ミナト』と読んだ。私と漢字違いで同じ読み方。それが、何かに引っかかる?
「俺はさ、保険だったのかな?」
「・・・」
「ジェイが出した条件を、達成出来なかった場合、前金が返せなくなったら、俺どうなるの?」
「・・・リセット、で、ございます」
事務員の汗が止まらない。ダラダラと流れ出る汗を、ハンカチで必死に拭う。
「リセットって、事務員さん達的には、償い終了で償われて消えるのと同じ?」
「・・・はい」
「ならさ、俺が行くよ。俺とジェイ、まとめろよ」
コウはそう言って、ポケットからキーホルダーの様なものを取り出した。
そして、私の目を見詰める。
「カナデ、逃げろよ」
言って、取り出した物を前に出して、私と事務員に見える様にした。何かの起動スイッチに見える。
待って。何をしているの?何が起こっているの?説明が足りない。
「・・・やだ」
「っんでだよ」
私の拒否に、コウがキレ気味に言う。
「勝手に話進めてんじゃないわよ」
私もキレ気味だ。腹が立つ。私の事とジェイの事、なんでコウが勝手に決めようとしてるのよ。
私はコウを睨み付けた。すると、コウは私に向かって歩いて来る。足並み荒く、ドシドシと音を立てて。
そして、私の前で立ち止まる。大きな体で私を見下ろして来る。両肩をがしっと掴まれた。何かと思った、その時、
私は、唇を奪われた・・・。
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