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もう迷わない。地道でもいい。強くなって絶対に夢を叶えてみせる。
「たのもーーー!」
「アリアちゃん、その掛け声はちょっと……普通にチャイム押そう」
「あ、うん」
ピン、ポーン……
「……」
死にそうなおじいちゃん、再び登場。
こんなおじいちゃ……師範代が武術界の重鎮なんて信じられないよね。お姉ちゃんやシズカさん達の方が何倍も強そうに見える。
「……今日も見学かね?」
「はい、見学しにきました」
「ほっほっほ、向上心のある者は眩しいの。残念じゃが、開始までまだ時間がある。居間でお茶でも飲んで待ってるといい」
「はい」
おじいちゃ……師範代って喋るときは普通に喋るんだよね……。
普段から普通に喋ればいいのに、なんで無言空間を作るんだろ?お年寄り過ぎて頭が追いつかないとかなのかな……。
「粗茶ですが、どうぞ」
「!? あ、ありがとうございます」
また驚かされた!
油断してた……ここには気配を消せるおばあちゃんもいたんだった。
……もしかして、このおばあちゃんも実は凄い人? 死にそうなおじいちゃんが武術界の重鎮で師範代なんだから、普通のおばあちゃんはもっと凄い可能性がある。
「あの、おばあちゃんって何者ですか?」
「……アリアちゃん、失礼だよ」
さっちゃんがジト目で見てくる。
ゴメンね。ついつい口に出ちゃう癖はしばらく治らないと思う。
「気にせんでよい。このおばあちゃんは儂のかみさん、奥さんじゃよ。今はそれ以上でもそれ以下でもない」
「そうなんですね」
よかった、普通のおばあちゃんで……。
武術界の重鎮よりすごい人だったら、武術の神様とかになっちゃうもんね。そんな人が子供にお茶を出してるとかありえないよ。
「ヤガミ師範代、時間になりました。お願いします」
ビックリした! また突然現れたよ! そうだこの人もいたんだ。
……ここは達人の集まりだってお姉ちゃんが言ってた。みんな気配を消せるに違いない。どこから声をかけられてもいいように周りに気を配って注意しよう。
「アウレーリア君、その意識を普段から持つといい。自然と殺気を感じられるようになる」
「は、はい」
……師範代も心を読めるの?
そうだよね、ユリ姉さんに出来るんだから、ここの人達はみんな出来ててもおかしくないか。
さっちゃんには付き合いが長いから読まれる、達人さんには経験の差で読まれる。
……何とかしないとダメだよね。
戦闘中とか、相手に心を読まれたら大変だもん。
ちょっと前までは仕方ない、諦めようって思ってたけど今は違う。
「さっちゃん、どうすれば心って読まれないかな?」
「それは難しいね。アリアちゃんは素直過ぎるから心を読まれるんだよ。防ぐにはアリアちゃんがひねくれ者にならないと無理だと思う。……私はひねくれて欲しくないかな。素直なのはアリアちゃんの長所の一つで、私はそんなアリアちゃんが好きだから」
「……そっか」
さっちゃんが好きなわたしの性格……変えたくないね。
変えても一緒にいてくれると思うけど、さっちゃんが好きなものは失くしたくない。
どうにか出来ないかな、性格を変えずに心を読まれなくする方法……。
「急ぐことはないよ。地道に強くなるんだよね? 一度に何でもやろうとすると混乱するし、身体が持たないよ。自分を大切にしてね」
「……うん」
「まずは出来ることをやろう。勉強に修行ノルマ。これが落ち着いたらまた考えればいいよ」
「うん。ありがとう、さっちゃん」
そうだよ、わたしは要領が悪いし頭も悪かった。
目の前の問題にいちいち悩んでたら前に進めなくなる。
「ほっほっほ。聞いていた通り、お主らは仲がいいのー。将来が楽しみじゃ、存分に鍛えてやろうぞ」
「あ、ありがとうございます」
達人の道場で存分に鍛えるって……わたし、生き残れるのかな?
お姉ちゃんが数回で逃げ出した稽古だよ、嫌な予感しかしない。
……師範代って、お姉ちゃんのこと覚えてるのかな? 覚えてたら当時のこととか聞けるかもしれない。
「あの、師範代、質問いいですか?」
「なんだね?」
「わたしのお姉ちゃんのことって覚えてます? 師範代に稽古をつけて貰ったことがあるって聞いたんですが?」
「ふむ? お姉ちゃんとな? ……おお、覚えておるよ。この気配、懐かしい気がしていたがあの娘の妹じゃったか。姉妹揃って儂の下に来るとは……これも何かの縁かの」
覚えてるんだ……。
あれ? でも名前言ってないよね? もしかして、ボケて適当言ってる?
「レリーティア君か……。柔術の才能に恵まれ努力もする女傑じゃったな」
「じょけつ?」
名前は合ってるからホントに覚えてるっぽい。
でも「じょけつ」ってなに?
「5回ほど稽古をつけてやって将来が楽しみな女傑だったが、違う道を見つけ、そちらに進んだと記憶しておる」
「お姉ちゃんはリタイアしたって言ってたんですけど……」
「リタイアか……姉がそう言ったのであれば、儂からは詳しくは言えんな」
お姉ちゃんがリタイアしたのって、修行が辛くて逃げ出したからじゃないの?
師範代の言い方だと十分通用してそうなんだけど……。
「お姉ちゃんって、ここで通用するくらい強かったんですか?」
「ふむ、姉の名誉の為にこれだけは言っておこうかの。レリーティア君は強かった。ここに入門しても十分やっていけるくらいにはの」
「……そうですか」
「それにしても、レリーティア君の妹じゃったか。すぐに気づかんとは、儂も耄碌したのー、ほっほっほ」
話してるうちに2階に着いた。
わたしとさっちゃんは前と同じ客席に座る。
「二人一組、はじめなさい」
前と同じ光景が広がった。
どうみても無言合戦だ。殺気? 微塵も感じないよ。
「お姉さん、ここに通ってたんだね」
「うん、そうみたい」
さっちゃんが小声で話しかけてくる。
「凄く強い人っていうのはわかってたけど、師範代にあそこまで言われるってことは普段は実力を隠してるんだね」
「隠してないと思うよ。昨日も思いっきり投げられたけどいつも通り1時間で起き上がれたし、さっちゃんのほうが強いよ」
「……いつも1時間で起き上がれるってことは、お姉さんが加減して調整してるんだよ。ここの人に交じって修行出来るってことは私より絶対強いし、相当だと思う」
「そんなことないと思うけどねー……」
お姉ちゃんが投げてくるのは怒りが限界突破した時だ。そんな状態で加減とか調整とか出来るかな?
ユリ姉さんとの模擬戦で見たさっちゃんの動きなら楽勝だと思うけどね……。
「二人とも、今日も体験してくかね?」
「!?」
油断してた! いちいち気配を消して近寄らないでほしい!
「ほっほっほ、油断大敵じゃよ。それで、どうするかね?」
「体験を受けたいです。お願いします」
さっちゃんは相変わらずやる気満々だね。
……強くなる為にはこれくらいじゃないとダメなんだよね、きっと。
「では、構えなさい」
「はい」
さっちゃんがいつも通りの木刀二刀流で構える。
……どこでこんな構えとか身に着けたのかな? 授業で習った? ……でも、こんな構えをしてる人なんていないよね。他にはユリ姉さんくらいだ。5、6年生の戦闘訓練を見学したことあるけど、みんな普通に1本だった気がする。
……ランニングと同じ、さっちゃんの知られざる努力があるのかな……。
「今回はレリーティア君に行っていた稽古の一部をやってみようかの。ザナーシャ君ならいい経験になると思うが、どうするかね?」
「……お願いします」
あ、ちょっと興味ある。
お姉ちゃんが言うには師範代は柔術は使えないって言ってた。そんな人が柔術バカのお姉ちゃんにどういう稽古をつけてたのか疑問だったんだよね……。
あの時はスリッパ折檻を避けるために深く聞かなかったけど気になってた。
「いくぞ」
「はい」
……無言で動かない。
何してるんだろ? さっちゃんも師範代も動かない。
前みたいに木刀を落としたりもしてない。
「ふむ、ここまでにしとこうかの」
「……ありがとうございました」
うん、なにがなんだか分かんない。
殺気でなにかしてたんだろうけど、わたしにはさっぱりだ。
「レリーティア君は、これをいなした上で自分の流れに持っていったのー。ザナーシャ君もよく頑張ったぞ。あの状況でいかに動けるかよく考えておった。本当に将来がたのしみじゃな、ほっほっほ」
「……ありがとうございます」
「そう自分を追い込みすぎるな。お主の長所であり短所のようじゃな。その勤勉さは評価するが、行き過ぎると自滅するぞ。既に様々な人から言われているのではないか? 根を詰めすぎるな、と。お主は既に学生の域を超えておる。後はゆっくり成長すればよい。お友達もそれを望んでいると思うがの」
さっちゃんと師範代がこっちを見てくる。
さっちゃんは悔し顔だけど今にも泣きそうな目だった。
「大丈夫だよ、さっちゃん!」
思いっきり抱きしめてあげる。
「わたしに地道にゆっくり強くなろうって言ってくれたよね。それはさっちゃんも一緒だよ。さっちゃんは天才で頑張り屋さんだけど、さっちゃんが頑張り過ぎて倒れたらわたしは悲しいよ。一緒に少しずつ強くなろう! ね!」
「……うん、ありがとうアリアちゃん」
さっちゃんが強く抱きしめ返してくれる。
凄く嬉しいけどちょっと痛い。
……さっちゃん! ギブギブ!! 力が強くなってる!!!
「私、絶対にアリアちゃんを悲しませないよ。ずっと一緒にいて、一緒に強くなる。私がアリアちゃんを幸せにする」
……う、嬉しいよ! でも、ちょっと、力を……。
「ほっほっほ、若いのー。お友達が苦しがっておるぞ、少し力を抜きなさい」
「!? アリアちゃん大丈夫! ゴメンね!」
「おぉぉ、うぅぅ……大丈夫だよ。さっちゃんの友情パワーをこの身に感じられて嬉しかったよ……」
さっちゃんの友情パワーは凄かった。
この想いにしっかりと答えられるようにならないとね!
「さて、アウレーリア君はどうする? 今日も体験してみるかね?」
「はい! お願いします!」
「元気があってよろしい。では、木刀を持って構えなさい」
わたしは前と同じような木刀を選んで構えた。
「ほう、自主稽古でもしとったか。1日で見違えたぞ」
「は、はい……」
お姉ちゃんゼリーを滅多切りにしてただけとは言えないね。
「ふむ……少し予定を変えるかの」
「へ?」
「これから放つ殺気の流れを少しでもいいので感じてみなさい。目を閉じて、周りの気配に集中するだけじゃ」
「……はい!」
わたしは目を閉じて構えた。
「では、いくぞ」
「はい」
気配、殺気を感じるだけに集中……。
……何も感じないね。ただの真っ暗だよ。わたしには早過ぎる修行なんじゃないの?
「……」
「……」
まずい! 無言空間だ!
師範代はきっと殺気を出しいてるはず。感じ取らなきゃ!
「……」
「……」
……おじいちゃん、ホントに殺気を出してる? わたしをからかってない?
一生懸命に殺気や気配を感じようとしてるけど、感じるのはさっちゃんの気配だけだ。
「……」
「……」
無言が長いせいか、さっちゃんの気配の他に数人の気配を感じ始めた。
……んん? おじいちゃんはどこ?
おじいちゃんの気配は感じない。確か、目の前にいたよね……。
「ここまでじゃな」
「ほえ?」
殺気を微塵も感じなかったよ? これで終わり?
もしかして、わたしって体験修行も満足に出来ないの?
「ほっほっほ、すまんの。儂は殺気を全く出しておらんよ。逆に気配も殺気も消しておった」
「ひどい!」
「そう怒るな、何事にも順序がある。お主はまず、気配を感じるところからじゃ。実際、儂の気配や殺気を感じようと周囲に気を配っておったじゃろ。その結果、数人の気配を感じたはず。今日はそれで十分じゃ」
「……はい」
なんか騙された気分だけど納得はしたよ。わたしに殺気どうこうは早過ぎるもん。
……地道に少しずつ強くなる、これはその一歩。気配を少しだけ感じることが出来るようになった、それで十分だよ。
「さて、儂も稽古に戻るとするかの。お主たちはどうするかね?」
「もう少し見学していきます」
「そうか、ゆっくりしていくといい。……アウレーリア君に助言じゃ。まずは目を閉じて周囲の気配を感じる練習をしなさい。目に映るものに囚われ過ぎてはいけないぞ。自然と気配を感じられるようになれば、目を開けても変わらず感じることが出来る」
「はい」
目を開けてても無言合戦にしか見えないからね、丁度いいよ。
わたしは目を閉じて、周りに意識を集中することにした。