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新庄 駿
182
#文芸アクション
大正
4,228
#主人公最強
ウサギ様
396
常盤木(ときわぎ)中学校での一日は、遼太にとって精神的な拷問以外の何物でもなかった。右隣の席に座る転校生、雨河慶介(さめかわけいすけ)。彼が横にいるだけで、脳の奥で『キィィィン』という不快なハウリングが鳴り響き、おまけに周囲の『本音(こころの声)』が一切聞こえなくなる。授業中、プリントを回す手がかすりそうになるたび、互いに「チッ」と舌打ちを交わすような、最悪の空気のまま放課後を迎えた。
――夜。人間のフリという「窮屈な仮面」を脱ぎ捨てる時間が、ようやくやってきた。遼太は住宅街の薄暗い裏路地、街灯の鈍い光に照らされた、古びた赤色の「公衆電話ボックス」の重い扉を開けた。狭い空間に、古い煙草と雨の匂いがこもっている。受話器を持ち上げ、緑色のボタンが並ぶプッシュ式ダイヤルを、迷いなく指で弾いた。
『*』『8』『6』『4』
――ツーー、ツーー、ツーー。呼び出し音が三回。受話器の向こうから、人間の言葉ではない「ケケケ……」という妖(あやかし)の低い笑い声が聞こえた瞬間、足元の床が影のようにぐにゃりと歪んだ。重力が反転する感覚。視界が真っ暗になり、次の瞬間、生暖かい風が遼太の頬を撫でた。目を開ければ、そこはもう人間のいない「妖界(あやかしかい)」だ。頭上には怪しげな紫色の月が浮かび、不夜城のように赤提灯が連なる。一つ目の妖怪や、狐の面をつけた影たちが、ガヤガヤと楽しげに練り歩いている。
「ふぅ……。やっぱり、こっちの方が落ち着く」
ぶかぶかの常盤木の制服ではなく、実家である神代(かみしろ)の家紋が入った、仕立ての良い漆黒の和装。人間のくだらない雑音から解放され、遼太が大きく伸びをして、賑やかな大通りから一歩路地裏へ入った、その時だった。
「うおっと!」
角から、かなりの速度で飛び出してきた人影と、まともに肩がぶつかった。
「あ、わりぃ。急いでて――」
相手の声を聞いた瞬間、遼太の全身の毛が逆立った。昼間、右隣の席で、散々自分の脳を狂わせた、あの『キィィィン』という爆音のハウリングが、鼓膜を引き裂かんばかりに響き渡ったからだ。
「お前……っ!?」
遼太が飛び退きながら視線を上げると、そこに立っていたのは――高級な織物の羽織をラフに羽織り、常人を圧するほどの圧倒的な妖気を放っている男。昼間、1年2組の右隣の席で、すました顔をして教科書を開いていた、あの雨河慶介だった。
「「……………………は?」」
二人の声が、完璧に重なった。開いた口が塞がらない、とはまさにこのことだ。妖界の喧騒が、嘘のように遠のいていく。
「……は? な、んで……雨河……!? お前、なんでここに……っ!?」
遼太が指をさして絶叫すると、慶介もまた、その切れ長の目を見開いて完全に硬直している。
「は……? お前こそ何なんだよ、霧谷……!? なんで妖界に、しかもその格好……」
お互いに自分の目を疑い、数秒間、お互いの顔と服装を何度も往復して見つめ合った。昼間の「お利口な中学生」の面影はどこにもない。今ここにいるのは、どう見ても妖界の住人、それも一筋縄ではいかない強力な妖の気配を纏った者同士だ。その時、遼太の脳裏に、昼間の「お隣さんの無音(ノイズ)」の答えが、雷が落ちたような衝撃と共に突き刺さった。
(心が読めないんじゃない。お前も……『覚(さとり)』なのか!?)
互いの精神結界がぶつかり合い、バチバチと火花を散らす。「雨河」が、慶介の美しい顔を忌々しそうに歪め、一歩踏み出してきた。
「おい、霧谷。お前、その着物の紋章……まさか『東の神代』か?」
「だったら何だよ! お前こそ、その羽織の仕立て、ただの野良の妖怪じゃねぇな。……『西の如月(きさらぎ)』か!?」
偽名を使っていた二人の「お隣さん」の正体が、妖界最高峰の二大名門、『神代遼太』と『如月慶介』として完全に繋がった瞬間だった。慶介は頭を抱え、心底嫌そうに吐き捨てた。
「最悪だ……。よりによって神代の跡取りが隣の席だったなんて、どんな確率だよ」
「それはこっちのセリフだ如月! 人間の学校で『雨河』なんてマヌケな偽名使いやがって!」
「マヌケ言うな! 戸籍の関係だろ!」
「うるせぇ! 妖界でバッタリ会うとか、どんなホラーだよ!」
路地裏でギャーギャーと怒鳴り合う、圧倒的イケメンな二人の少年。昼間のクールな雰囲気はどこへやら、お互いが「心を読めない唯一の天敵(そして素を出せる相手)」だと知った二人の、騒がしすぎる夜が始まろうとしていた。
コメント
1件
わー、まさかの展開! 第1話で「心が読めない隣の席」って時点で何かあるとは思ってたけど、まさかお互い妖界の名門の跡取りで、しかもどちらも『覚(さとり)』同士だったとは。公衆電話ボックスから妖界に移動する演出も、古びた煙草と雨の匂いとかディテールが効いててすごく好みです。昼間のクールな態度とのギャップが面白くて、最後のギャーギャーした掛け合いには笑っちゃいました。「息が合いすぎてる」感じがこれからの関係性を予感させて、続きが気になります!