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「お疲れ様。凄い雨だけど傘ある? 送っていくよ?」
19時。日高さんが暖簾を下ろしながら土砂降りの空を見上げて私に心配そうに尋ねてくれた。
「全然大丈夫です。それよりお菓子の名前、メモしてから帰って良いですか」
土砂降りの雨のように、私も今にも泣いてしまいたい気持ちでいっぱいだ。
熨斗に字を書いたりするのは父のおかげで何とかなる。
でも電話番なんてまだ任せられない私には、接客や倉庫の掃除や在庫管理を教えて貰うだけなのにいっぱいいっぱいで。
和菓子の種類と値段と何をモチーフにやら練り餡なのか粒餡なのか栗餡だとき中身の説明も要る。
そんな説明だけで私の頭は回らなくなってしまった。
只さえ人と接するのは苦手なのに、これらを緊張しながら言うなら死に物狂いで覚えなきゃ。
「あーね。写メっちゃいなよ。お歳暮カタログにも色々書いてるから持って帰っていいよ。初日だからそんなに気にしなくて良いけどね」
休憩室へ向かいながら、日高さんに肩をバンバン叩かれて、よろけてしまう。
綺麗だけど豪快な人だ。
「……何してんだ。早くしろ」
休憩室前の廊下に、不機嫌そうな幹太さんが立っていた。
作業衣にパーカーを羽織っただけの出で立ちで、私と日高さんを睨み付けている。
「ごめんごめん。鹿取さんもいいよね?」
「最初からそのつもりだ」
深くため息を吐かれると、嫌々送るなら遠慮したいなって思う。
「お腹張っちゃったり悪阻が酷い時期からずっと幹大が送ってくれてるのよ。ラッキーよね」
「うるせぇ」
始終不機嫌そうな幹太さんと始終ご機嫌な日高さんの温度差に戸惑いつつも急いで着替えて、裏口から日高さんに続いて出ていく。
これから毎回、幹太さんが送ってくれるのだろうか。
裏口から出ると、白い砂利が敷かれた従業員用の駐車場に出る。
その道を傘を射し、二人の後ろをとぼとぼと歩いていく。
その時だった。
「すみません。――美麗さん?」
幹太さんが車のドアを開け傘を差して、日高さんが乗り込もうとしていた時だった。
私と二人は声がする方を振り返った。
「あ……」
土砂降りだった雨の音が止む。いや、止んだように感じた。
びっくりするぐらい私は、二人の視線の先の彼に釘付けになった。
「美麗さん、お仕事お疲れ様です」
優しく笑うその顔と、後ろに止められていた車を私は知っていた。雨の色より優しい紺色のその瞳も。
「美麗さんを迎えに来たとお店の方に伝えたら、この駐車場で待ってて良いと許可を頂きまして。貴女が出てくるのを今か今かと待ち焦がれていましたよ」
「デイビットさん……」
ウインクして、胸をトントンと叩きアピールするデイビットさんは、差していた傘を閉じる。そして私の元へ歩いてくると私が差していた傘を奪い、一緒の傘へ入ってきた。
「送ります。車に乗ってくれますね」
「あ、えっと」
ちらりと二人を見ると、すぐに日高さんがパッと笑う。
「王子様に傅かれて素敵! 良いよ。王子様に送ってもらいなよ。行くよ、幹太」
日高さんも車に乗り込むと、幹太さんはデイビットさんを一瞥しただけでさっさと車へ乗り込んだ。
「じゃあ、行きましょうか」
篠原愛紀