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篠原愛紀
「行くってあの……」
「ご自宅まで送りますよ」
数日ぶりなのにデイビットさんの顔は涼しげだ。
この前会った日から時間が止まっているかと思うほど。
上着を脱いで、薄い灰色のベストを着込んでいるデイビットさんは、雨の日でも素敵で。
日高さんが王子様と言うのが納得できる。
「でもちょっとだけ、待って頂けますか? 乗って下さい」
デイビットさんに促され、助手席に座る。
するとデイビットさんは後ろに置いていた白い箱を持つと私に差し出してきた。
「これ、は?」
「貴女をイメージして選んだ服です」
「服!?」
白い箱とデイビットさんを交互に見ながら慌ててしまう。
白い箱にはリボンが巻かれ、金色の英字でブランド名が書かれていた。私でも聞いた事があるようなブランド。
こんな小娘が着るような物ではない。
「駄目です、わ私、無理です、こんな高価な物」
「安心して下さい。お揃いに靴もありました」
後ろの座席の足元から今度は三つ、靴が入った箱を持ってくる。
「貴女の靴のサイズが分からなくて、三つ用意しました。履いてみて下さい」
「三つも!?」
「素敵な女性には素敵な靴が必然ですからね」
当たり前だと言わんばかりの口調にたじろぎながらも、靴の入った箱も開けてみた。
(可愛い……)
ベビーピンク色のハイヒールだ。白いファーがもこもこしていて可愛い。サイズも恐る恐る履いてみたらぴったりだった。サイズを三つじゃなくてちょっと色合いが違うハイヒールが三つだ。
「足のサイズも賭けてみましたが矢張私の勘は当たりますね」
「あの! 大変素敵ですが、このような高価な物、私、その、払えません! ごめんなさいっ」
きっと想像がつかないぐらい高いであろう服や靴。
とてもじゃないが私には買えない。自由に使えるお金には限界がある。
「代金は頂きませんよ。私からの贈り物です」
デイビットさんは人の良さそうな笑顔で私を見ているけど、こんな高価な物、良心が痛む。
「高価な物を頂くなんて益々無理です」
「うーん」
私も負けじと断ると、デイビットさんは顎に手を置きながら考え込む。まるで名探偵シャーロックみたい。
外国人さんは絵になる。
高い鼻、長い手足、真っ直ぐ伸びた背筋に、私を簡単に見下ろす高身長。
和らげな物腰と口調に騙されそう……いや、流されそうになってしまう。
けれどこんな高価で私には不釣り合いなものはやはり頂けない。
「でも、私は貴方との賭けに勝ちました。一晩、貴方は私のモノですよね?」
「約束は守ります。お力になれないかもしれませんが」
「じゃぁ、私のモノならば、私の買った服と靴を着るのは至極当然のことですよね」
ふふ、と笑う。
その笑顔は優しそうで綺麗だけど、有無を言えないオーラがある。
賭けを持ち出されてしまうと、私は何も言えないんですけど。
「い、一日だけの為なのに、そんな」
「貴方はまだ、賭けの本当の意味に気付いていませんよね?」
「本当の、意味?」
途端にボンネットに当たる雨の音が大きくなった。何かを予兆するかのように、私の心に大きく、存在感を当ててくる。
デイビットさんの長い指が、私の前髪に触れた。
「私の運命を乗せた大事な賭けでした。――だから神様が味方したんですよ」
運命を乗せた?
「貴方は、私に会えない二日間、私でいっぱいになりましたか?」
デイビットさんは質問には答えず、質問に質問で返答してきた。
私も、もう嘘はつかずはっきりと言う。
「考えてはいました。けど、今日は仕事初日だったので途中からは仕事内容を覚えることしか頭になくて、――貴方が会いに来てくれるまで忘れていました」
ほんの数時間ではあるが、仕事の事で手一杯だった。
こんな素敵なモノを用意してくださっていたのに、私は。
「じゃあ、忘れなくしてあげます」
不敵に、自信に溢れた綺麗な瞳でデイビットさんは言う。
「言いわけなんて出来ないぐらい、貴方の中を私で一杯にします。賭けてもいいです。
私が負けたら、その服も靴も返品します。でも、私が勝ったならば、このプレゼントを受け取ってくださいね」
「――わかりました。今度は負けません!」
上手く誤魔化され、あしらわれた事にも気付かず私は同意してしまった。
「素直で可愛らしいです」
そんな言葉を鵜呑みにし、服の入った箱を抱きしめながら下を向いてしまう。
本当は、家に帰るのは憂鬱で、嫌なことばかり目に入って少し息苦しいから。
だから、仕事も嫌じゃない。ただ、帰路に着くのは嫌だった。
私が居た位置に妹が居る。私よりきっと要領よく居る。
そう思うと、私が我慢していた長い月日が本当に無駄で滑稽に思えてしまうから。
でもこうして、デイビットさんの車に乗りながら、家に帰ると少し気分が軽くなった。
0時になっても魔法が解けないドレスと魔法の靴があるからだろうか。
雨の音が大きくて、BGMに流していたジャズも消えていく。
雨が私の嫌な心を綺麗に洗い流そうとしてくれていた。
家に着くまでずっと。
家に着いてからもずっと。
魔法は私の中に溶け込んでいく。
すぐに押し入れに洋服と靴を隠したけれど、スリルにも似たこの胸の動悸は消えなかった。
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